第3話 指先と放課後

藤原院都子ふじわらいんみやこは、風紀委員長の仕事の最中であった。

「風紀委員」の腕章を制服の左腕につけ、数人のメンバーを引き連れている。

彼女は毎日、校舎内に風紀の乱れはないか昼休み中でも確認にまわっているのだ。


藤原院家は現在、男子の跡継ぎがない。

女の子が三人いる。藤原院家の三姉妹。

長女・摂子せつこは、大学を卒業したばかりの22歳。

藤原院家の全家督は、くはこの摂子が継ぐことになっている。

今、その勉強・修行中である。

また、摂子は現在この学院の理事長職に就いており、実質学院は摂子の監督下にある。彼女は、東京の藤原院家と、富士原市の旧市街にある別宅との間を隔週で往復する日々を続けている。藤原院家傘下の企業の規模をかんがみれば、数年内に婿養子むこようしを取らなければならないだろう。


次女・京子は、この学院の3年生で、現在生徒会長を務めている。

すばらしく学力優秀で、大学へ進学・卒業後は、長女の摂子に代わって学院の理事長に就任予定である。


さて、三女・都子はまだ将来のことは決まっていない。

藤原院家傘下のなにかの関連団体のポストに就くだろうが、不明である。

今は、生徒会長の京子のもとで生徒会役員の一つ・風紀委員長を務めている。

しっかりしているが真面目で几帳面にすぎ、融通の利かないところがある。

つねに校内の隅々に鋭い目を光らせており、生徒たちは挨拶を返しながらも、いつもそそくさと足早に彼女の横を通り過ぎていく。

都子は、三日月と同じ2年生であった。


都子はプライドが高い。

格式と伝統の旧大貴族の家に生まれ、その歴史に誇りを持っていた。

先祖が建てたこの美しい学院も誇りだった。守らなければならないと思っていた。

都子の立派なところは、行動が伴うことだった。

・・朝は6時に一人で登校し、校門を清掃。その後、校舎内もくまなくチェック。

昼休みになると真っ先に生徒会室に向かい、そこで用意してきたシリアルバーとサンドイッチを3分で食べ、すぐに風紀委員の務めに入る。

というのも、一時間半と長めの昼休みは生徒たちの気が抜ける時間でもあり、綱紀が乱れやすい。都子が聞いた話では何年も前に、些細なトラブルから生徒同士のケンカがあり、それぞれの仲間を巻き込んで大騒動に発展したことがあるらしい。

教師たちが何とかおさめたものの、近隣の町村に話が広まってしまった。

なんという醜聞か・・・こんなみっともないことはない。

都子はこの話を思い出すたびに、沸々ふつふつとはらわたが煮えくり返る思いをするのである。

・・入学して都子が感じたことなのだが、良家の子女といっても素行の良くない者は、少なからずいる。良家の体面という親からのプレッシャーで良いコを演じてたりもする。それがこわい。お嬢様学校の影の部分では、つねにピリピリとした空気が漂っているのだ。

繊細な都子は、学院の廊下を歩く時、なにやら薄氷はくひょうを踏むような感覚を覚えることがあった。学院の平和など、そんなものなのかもしれないのだ。


「ん? 」

都子の正面の廊下を横切る二人の生徒が見えた。

花岳寺清美と・・・もう一人は見たことのない長いポニーテールの生徒だった。

なんて目立つ髪なのかしら。

そういえば、今日清美のクラスに転校生が入ったと聞いている。

あれがその転校生に違いない・・・だけど、なぜ清美を抱きかかえるように歩いているのだろうか・・・?

廊下の角を曲がる二人の後を追ってみた。

「あっ・・・! 」

その時、都子は目撃した。

腰に回した転校生の手が伸び、清美のお尻をさすっているのを・・・

偶然に手が当たるという感じではない。明らかに転校生の手は、お尻を撫で回しているのである。だが、なぜか清美は嫌な顔を一つも見せない。

女同士と油断しているのだろうか。

あの転校生、まさか変質者なのかしら・・・女なのに。

注意してやろうと思ったが、二人はそのまま一階の食堂に入って、生徒たちの列に

まぎれてしまった。

今行けば、せっかくののんびりとした昼食時間を壊すかもしれない。

それに繊細な清美に、痴漢(?)されていたとしらせたらショックを受けるかもしれない。

放課後にでも転校生だけ呼び出して、厳重に注意してやるわ。

そう心に決めて、都子は風紀委員の務めに戻っていった。


食堂は広く、200人ぐらいは収容できそうなホールと、調理場を備えていた。

シックなレンガの柱と、木目の美しい壁。エボニーの黒光りする椅子と机。

ピカピカに磨かれた床。品の良い年代物の三段のシャンデリアが天井から下がる。

まるでヴィクトリア朝の宮廷のようだ。

ちなみにこの食堂は、県の指定文化財になっている。

料理は洋食を中心に、好きなメニューを食べられる。イチゴをふんだんに使った洒落たアイスケーキのデザートまである。生徒は入学時に学院専用のカードが支給され、食事だけでなく、購買部などの電子決済が出来る仕組みで、このカードが生徒手帳の代わりにもなっていた。


三日月と清美の二人は相席となって昼食を楽しんだ。

三日月は肉料理を中心に、清美は野菜を良く食べた。学食とはいえ、一流ホテルの料理長が監修している料理は絶品であった。食器もウェッジウッドの一級品、ティーカップもクリーム色の高級なボーンチャイナだった。

その後、清美は三日月を連れて校舎内を案内した。

案内されている間、三日月はれしく清美の右腕に抱きつき、わざと胸同士が当たるように体を揺らすように歩いた。

・・・清美は、思った。

羅城門さんはきっと、早くお友達を作りたいのだわ・・

こうして体を密着させてくるのも、北海道から引っ越してきたばかりで、心細いからなのかもしれないわね・・・と。


二人は、校舎1階をあらかた見て回った。

一番奥まった場所に、化粧室があった。

三日月はまたニンマリと笑った。

「花岳寺さん、私・・お手洗いに行きたいんだけれど・・ここなんだか怖いわ。お願い、一緒に入っていただけないかしら? 」

「え・・あ、はい。構いませんけど・・・」

二人は、化粧室に入った。誰もいないようだ。

10ほどある個室トイレのドアは、全て開け放たれている。

その一瞬のことであった。

「あっ・・」

三日月が清美の手を引っ張り、一番奥の個室に連れ込み、ドアを閉めた。

そして、清美の体をギュッと抱きしめた。

「ら・・羅城門さん、なにを・・・? 」

「いいこと、声を出しちゃ、ダメよ?」

体を硬くし、戸惑う清美。三日月は、清美の眼を見つめた。

清美は、ドキリとした。三日月の眼がとても澄んでいて、引き込まれるように綺麗だったからだ。

すると、三日月が清美の耳に顔を近づけ、ささやいた。

「大丈夫だから・・安心して。体の力を抜いて・・・楽にしてね」

いつの間にか清美の後頭部に回っていた三日月の右手が動き、その指先が清美のうなじをとらえ、軽く圧迫した。

その瞬間、その指先から「ピリッ」とかすかな音が聞こえた。

「ああああっ・・! 」

清美は思わず声が出た。

頭を突き抜けるような刺激が走った。

グッグッ・・三日月の指先は、そのまま何度もうなじの圧迫を繰り返した。

清美の脊椎を通って、しびれるような感覚が全身へ広がっていく。

「ああああっ・・! 」

「どお・・気持ちいいでしょう?  フフフ・・」

清美の耳元で囁きながら、三日月は指の圧迫を続ける。

グッグッグッ・・グイッ・・・

緩急をつけて、首の脊椎を上から下まで揉む。

「ピリッ・・ピリッ・・」と、指先が音を発し続ける。

「あっあっあっあっ・・ああんっ! 」

そのたびに清美は、背筋をらせてうめいた。

「あ・・あああっ・・あっあっ・・あっあっあっ・・っ!! 」

一体自分の体に何が起きているのか・・・考える余裕はなかった。

三日月の指が動くたびに、全身の筋肉が痙攣けいれんする。

三日月の指から発せられた何かの作用だと、すぐに清美は理解した。

清美の脚から力が抜け、ついに立っていられなくなった。

三日月はそんな清美を支えつつ、彼女のあえぎを楽しむ。

「あっあっあっあっ・・あああんっ・・! 」

「さて・・つぎは腕をイジっちゃおうかなぁ・・」

ニヤニヤが止まらない三日月。

「はううっ・・ダメ、羅城門さん・・何してるんですかぁ・・それ以上されたら私・・私・・んあああっ・・!!」

そんな清美の言葉などどこ吹く風。

三日月の左手の指は、清美の右の二の腕をとらえた。

「ああああぁぁぁぁぁっ・・・」

校舎1階の奥の化粧室に、清美の嬌声が響いた。


昼休みが終わって、5時限目の授業は古典だった。

たが、教室の最前列の真ん中の席に座る清美の様子が、なにやらおかしい。

両脚をグッとすくめるように前のめりになって縮こまり、震え、

「う・・はうっ・・・くっ・・くうぅぅっ・・」と、呻いている。

清美は声を殺して、呻きを他人に聞かれまいと口に手を当てているが、鼻から乱れたような吐息が漏れて、様子のおかしさが周囲にはバレてしまっていた。

「花岳寺さん、体調が悪いなら保健室へ行っても構いませんよ?」

教師が心配して声をかけるが、

「だ・・大丈夫です」と清美は健気けなげに言った。

清美の顔は真っ赤になり、両の太腿ふとももをキュッとすぼめて、ブルブルと震えていた。


そして休み時間。三日月と清美は二人で教室を出て行った。

そして数分後。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・」と、校舎1階の奥のほうから清美の叫び声が小さく響いた。そしてまた三日月と清美は二人で帰ってきた。

昼休みが終わった時と同じく、フラフラになっている清美を、三日月が支えながら帰ってきたのだ。

三日月は、清美の耳元でなにやらヒソヒソささやいていた。

それを聞いて、こく、こく・・と小さくうなずく清美。

何か言われているようだ。

「・・・? 」

教室にいた生徒たちは、怪しい雰囲気の二人を見て怪訝けげんそうに顔を見合わせた。


6時限目の美術史の授業が始まった。

清美は、机に突っ伏したまま肩で息をしていた。

耳の先まで真っ赤にして、震えている。

「はぁぁ・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・・」

熱くなまめかしい吐息を、清美はもう隠すことも出来なかった。

近くの生徒は、彼女の周囲の温度が上がっていることを感じ、それが清美の体の異常な火照ほてりによるものだと気付いた。

「フフフ・・・」

最後尾の席から、そんな清美の様子を三日月は嬉しそうに見ていた。


キーンコーンカーンコーン・・・


一日の授業が終了し、生徒たちは教室から散っていく。

帰る生徒もあるが、部活にいそしむ生徒もいる。

また放課後には、食堂の隣にある広い喫茶室が解放され、そこから富士山を眺めながら、仲間同士でティーパーティーを楽しむ者もいる。

2-Bの教室には、数人の生徒が残っていた。

清美の姿は無かった。しかし、カバンが残されているので帰ったわけではないらしい。どこかへいったようだ。

「フーーン、フンフン、フフフーーン・・・♪」

三日月は一人で席に座って鼻歌を歌っていた。すると、清美が教室に戻ってきた。

生徒たちは、その清美の姿に唖然あぜんとした。


清美は、白い半袖の体操着に、ブルマをはいていたのだ。

あの、「ブルマ」である。

ヒップに密着するような伸縮性のある、黒いブルマ。

昭和までの学校では当たり前にはかれていたが、露出が多いと問題提起され、もう見られなくなった女生徒の体操用パンツである。

おそらく体育館横の着替え室で着替えてきたのだろう。

胸・腰・お尻から太腿・・・清美のイイ感じの下半身のラインがクッキリとあらわれる。

それに黒い靴下と、赤いゴムのラインの入った白い上履きが子供っぽい雰囲気を漂わせ、そのアンバランスさがなんともイヤら・・いや、美しい。

それを見た三日月は、ニマニマと満足そうな笑みを浮かべた。

清美は少し恥ずかしいのか、モジモジしながら三日月の席までやってきた。

相変わらず顔が赤い。

「ら・・羅城門・・さん、言われたとおりに・・着替えてきましたよ」

「うほほ! これよこれ。私、花岳寺さんのブルマ姿が見たかったのよ。ああ、なんて可愛いのかしら」

三日月はそう言って、清美の体操着のお腹に顔をうずめて、グリグリと鼻ドリルをかます。なんとも嬉しそうだ。

「ひうううんっ・・羅城門・・さんっ 」

清美がくすぐったそうに呻いて、身をすくめる。

すると、三日月の左人差し指が清美の右尻のブルマ下へ侵入し、指の甲でブルマの布を軽くのばし、放した。するとのばされた布がピシッと音を立てて戻り、お尻をはじいた。

「あんっ・・! 」

清美がその軽い刺激に身悶みもだえする。

三日月の指先がブルマに侵入し、臀部でんぶをスリスリといやらしく這い回る。

「くううっ・・うっ・・ううんっ・・! 」

清美が口に手を当てて、声を押し殺す。でも抵抗はしない。

「フフフ、私がわざわざ北海道からこの学校に転入した理由の一つはね、体操着がブルマに変更されたと聞いたからなの。ハァ・・本当に可愛い。来た甲斐かいがあったというものよ。ウフフフ、やっぱり女の子はブルマでなくっちゃねぇ・・・」

三日月は、ウットリとした表情を浮かべて清美のお尻を愛撫し続ける。

そうなのだ。

昨年までは、この学院の体操着は赤い膝丈ひざたけのジャージであった。

それがどういうわけか、今年度から黒いブルマが採用されたのだ。

「肌を風雨にさらし、心身を鍛えるため」というのが理由? らしいが・・


三日月の愛撫に耐えられなくなった清美は、震えながら言った。

「ら・・羅城門さんのお願い聞いたんですから・・早く行きましょうっ・・ 」

「早くシて、と言ってごらん? 」

「あぁぁぁっ・・はや・・くぅ・・シ・・シ・・」

さすがに言いづらそうな清美。

「聞こえないけど・・?」

ちょっとイジワルしてみる三日月。

「は・・はやく・・シてくださ・・い・・」

「もうガマンできないのぉ、って言って欲しいなー」

三日月がさらにワルノリ。

すると清美は、涙を浮かべて愁訴しゅうそした。

「イ・・イジワルしないで、羅城門さん・・わたし、本当にもう・・ガマンできないのっ・・お昼休みから、ずっと体がうずいて・・気が変になりそうなの・・! ハァハァ・・羅城門さんのせいですよ・・責任とって・・下さい・・! はやくシてくださいっ・・ ふえええんっ・・!!」

体を震わせながら、清美は泣いてしまった。

三日月は立ち上がって、清美を抱き寄せた。

「ごめんね、花岳寺さんがとても可愛いから・・つい、ね。もうイジワルしないから許して・・ね? 」

すると清美は、三日月の肩口をポカポカッと軽く叩いて微笑する。

「グスン・・許しますぅ・・私も強く言ってごめんなさい、羅城門さぁん・・」

三日月も笑って清美を見つめて言う。

「二人きりになれる場所、あるかな・・できれば、ベッドがあるといいんだけど」

「ベッドではないですけど、心当たりがあります・・行きましょう」

そう言うと二人は仲良く腕を組み、教室から出て行った。

「・・・・・」

教室にいた女生徒たちは、唖然としていた。

今のは、何?

なにを見せられていたの・・・?

みんな、クジラを呑んだような表情をしていた。












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