第6話 初デート その2


「ふぅ。食べた、食べた」


 俺は栗枝が用意してくれた弁当を食べて満足そうにお腹を摩った。


「お粗末さまでした」


「それにしても結構余っちゃったね」


 量が量なだけに二人では食べきれなかった。

 残すのは悪いと思いつつもこれ以上は流石に厳しい。


「大丈夫。食べてくれるから」


「食べてくれる?」


「あ、いや。後で食べるから」


 栗枝はドキッとした表情を見せて言い直した。

 まただ。何かがおかしい。このモヤモヤの正体は何だろうか。 

 そういえば、今日の栗枝は左手で箸を持っていた。両利きとは言っていたが、毎回持つ手を変えるものだろうか。

 一つ言えることは今の栗枝にドキドキ感がないことだ。

 いつも昼食を共にしていることから自然と出た違和感である。

 ドキドキする時としない差は一体なんだ?


「あの、栗枝……」


「ご、ごめん。ちょっとトイレ行ってくるね」


 栗枝は食事を終えると重箱を抱えながらトイレに向かった。

 都合が悪いと感じたから席を外したのか、本当にトイレへ行きたいだけか判断がつかない。

 栗枝は俺に何かを隠している。それは交際してからずっとつきまとっているものだ。

 これを暴かない限り、俺は安心して栗枝と交際を続けられない。


「まぁ、チャンスはいくらでもある。その時が来るのを信じよう」


 椅子の前足を浮かせて身体を伸ばした。

お腹も膨れたし、行列に並ぶ体力が付いた。今は純粋にデートを楽しもうと自分に言い聞かせる。次は何を乗ろうかとぼんやり空を見上げていた。


「お待たせ」


 栗枝が俺の顔を見下ろすように顔を覗かせた。


「うおっ!」


 ガタンと俺は椅子を踏み外して転びそうになる。


「大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫。じゃ、次行こうか」


「うん」


 あれ? さっきまでドキドキがなかったが、再びドキドキが復活した。


「疲れていない? 大丈夫?」


「栗枝の弁当で体力満タンだよ」


「そう。それは良かった」


 栗枝の姿を見ると重箱は手元から消えていた。コインロッカーにでも預けたのかな。


「午前中は激しい系だったから午後からはゆったり系のやつに乗ろうよ」


「うん。いいよ」


 比較的に空いていたため、すぐに乗れた。

 栗枝との時間もゆったりと流れているようである。

 遊園地だと時間を忘れる。気が付けば辺りが暗くなり始めていた。


「もう、こんな時間かぁ。乗れるとしたら後一つか二つくらいだね。どうする?」


 と、俺は栗枝に選択を求める。


 閉園時間もあることだし、あまり悠長に時間を無駄にできない。


「じゃ、あれに乗ろうか」


 栗枝が指で示したのは観覧車である。

 うん。最後に乗るものとしては相応わしい。恋人同士の甘い時間を作る最適な乗り物と言える。一周十五分と丁度いいもので並ばずに乗車することができた。


「陽が落ちて涼しくなってきたね」


「うん。今日はいっぱい楽しめたよ。付き合ってくれてありがとう。神谷くん」


「こちらこそ。またこうしてデートできたらいいな」


「そうだね。次はどこに行こうか。山? 海?」


 疲れが気にならないくらい俺たちは盛り上がっていた。

 そんな中、栗枝はぼんやりと空を眺める。


「いい景色だね。夕焼けってこんなに景色いいんだ」


 栗枝の横顔は美しい。夕日に照らされて絵になっている。

 ドキドキしたりしなかったりするが、栗枝のことが好きなことは変わらない。

 だが、どうも付き合い始めてから不可解な感情があり、度重なる。

 それは今日だって感じたことだ。


「栗枝。君は本当に栗枝なのか?」


 この時ばかり思ったことを口にしていた。口に出すつもりなんてなかったのに。


「何? 本当の私って?」


「いや、ごめん。変なことだとは思うんだけど、どうも違うというか。俺、何を言っているんだろうね。あははは」


 本来であれば聞き流してくれてもいい場面であるが、栗枝を見ると青ざめているように見えた。


「く、栗枝?」


「ううん。何でもない。ほら、見て。遊園地内を一望できるよ」


 また話を逸らしている。


「栗枝。君は本当に栗枝なのか?」


 念を押すように俺は同じ質問を繰り返した。


「もう、何を言っているの? 私は私だってば。神谷くんも変なことを言うんだね」


 変はどっちだ。聞け。今は観覧車という逃げ場のない空間だ。これを逃すと一生モヤモヤは続く。そう思った俺はその場を立ち上がった。


「神谷くん。危ないよ? 座ったら?」


「栗枝。君はウソをついている」

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