第4話 探り
栗枝の様子がおかしい。
付き合い始めてからいくつものもどかしかを感じるようになった。
俺が知らないだけで栗枝には本当の姿があるのではないか。
ただ、それを素直に聞く勇気はない。
いつもの通り、恒例行事である栗枝と化学室で昼食を食べている時である。
今、目の前にいる栗枝は俺の中でドキドキさせる存在であることから本物だろう。
『本物』という言い方が正しいのか分からないが、少なからず先日までのドキドキがない栗枝ではなかった。
「ん? どうしたの? そんなに私の顔をジッと見ちゃって。何か付いていますか?」
「いや、何でもないです」
「そうですか。それより箸が進んでいないけど、食欲ないの?」
「いや、そんなことないよ。昼食前に体育だったから喉の渇きが優っちゃって」
気を紛らわすように俺はガブガブとペットボトルのお茶を流し込む。
喉は潤せても俺のモヤモヤは取り払えていない。
聞いてみよう。それとなく。
「あの、栗枝。ちょっと気になることがあるんだけど……」
「なぁに? 神谷くん」
「栗枝って姉妹っているのかな?」
「歳の離れた妹がいるよ」
「そうなんだ。妹はいくつくらいの子なの?」
「十離れているよ。七歳の小学生。どうしてそんなことを聞くの?」
「いや、何となく気になったと言うか」
しまった。今の場面は自然の流れで聞くべきだった。
変に改まって聞くと相手に悟られてしまう。しかも今の返答は間違いなく嘘だ。
口調から分かる。今のは校長先生の話を聞き流すような冷めたものである。
ダメだ。俺は何もされずとも栗枝に振り回されている。
「神谷くん。早く食べないと午後の授業に遅れちゃうよ」
「あ、あぁ。そうだな」
呼び名も神谷くん。拓海くん。神谷くんと日によって変わるのも気掛かりだ。
呼び分ける意味があるのか。機嫌が良い時と悪い時で変えているとか。
それで変えているとしたら器用過ぎないか。それとも人が変わったかのように応じているのだろうか。
考えれば考えるほど分からなくなっていた。
人が変わっている? そんなありえないことすら怪しくなっていた。
何か確かめる方法はないだろうか。
考えるに考えて俺は賭けに出た。
仕方がない。こうなったらあの手でいこう。
「栗枝。食べさせてくれないか? あーんって」
「はい? 何で私がそんなこと?」
「恋人同士なんだから普通だろ? それにこの間はやってくれたじゃないか」
「私、そんなことをしたの?」
栗枝はみるみると顔が青ざめていくのが分かる。動揺が隠せていない。
俺は追撃するように続ける。
「忘れたのか? しかも頼んでもいないのに栗枝からしたんだぞ? あれは嬉しかったなぁ。今日はやってくれないのか?」
すると栗枝はそっぽを向いて「あいつ……」と呟いたように聞こえた。
「栗枝?」
「あ、いや。何でもない。何でもない。も、もちろん今日もしてあげる。えへへへ」
明らかに栗枝は動揺している。
動揺する栗枝も可愛いのだが、無理をさせている感じが射止めない。
俺は何もウソを言っていない。事実をただ言っているだけでここまで追い詰められるものだろうか。
「はい。あ、あーん」
栗枝の持つ箸はぷるぷると震えていた。
「栗枝。手が震えて食べ辛いよ」
「ご、ごめんなさい。はい。どうぞ」
栗枝は強引におかずを俺の口へ押し込んだ。
少し雑に感じるが、落とされるよりマシだと思って噛み締める。
「ど、どう? 愛情が乗ってより美味しい……でしょ?」
「苦しいよ。今日は下手だね」
「ご、ごめんなさい。こんなつもりじゃないんだけど」
「気にしないで。栗枝からの愛情はしっかりと受け止めたから」
「神谷くん……」
栗枝はポッと少し顔を赤めた。
少し不器用なところもあるが、それがまた可愛く思える。
栗枝は席を立ち、俺の背後に周りそっと抱きしめた。後ろからのハグで胸の膨らみが背中に伝わるほど密着していたのだ。栗枝の良い匂いと温もりを感じた。
「ど、どうしたの?」
「別に。こうしたいとふと思っただけ。迷惑?」
「いや、凄く嬉しいです」
「ふふ。良かった」
動揺していると思ったら今度は積極的になったりどうしたのだろうか。
女心がまだよく分かっていない俺としてはしっかり汲み取らなければならない。
恋人同士だったらこれくらい普通なのだ。変に意識することでもない。
一方で不審な行動を誤魔化すように見えてしまう。
それが狙いの行動か。それとも何も考えていない純粋な行動か。
「あ、そうだ。私たち付き合ってもう少しで一ヶ月だよね」と栗枝はお尻をくねらせながら呟いた。
「そういえばもうそれくらいか。あっという間だね」
「うん。その、まだデートらしいデートってしていないじゃない? だからその……今週の土曜日にどこかに出かけない?」
「そ、それってデート?」
「まぁ、そうだね。いいかな? 神谷くん」
「も、もちろん。どこに行こうか?」
「えっと遊園地とか? 子供っぽいかな?」
「いや、全然いいよ。初デートに相応わしい場所だと思う。じゃ、決まりだね。今から楽しみだよ」
「私も楽しみ。オシャレしていくからね」
ニコリと栗枝は笑った。
いつも学校では昼食を一緒に食べるだけだったが、ついに学校の外でデートが出来ることに胸が躍る。
それと栗枝の不可解な行動とモヤモヤを取り払うことに対してもこのデートは油断できない。必ず栗枝の正体を突き止めなければ。
『正体』と言っていいのか曖昧であるが、少なからず栗枝の嘘を見抜かなければ俺は安心できない。デートを楽しみつつ、嘘を見抜く。それが初デートの議題でもある。
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