第3話 別人じゃね?
彼女である栗枝双葉の様子がおかしいと感じてから翌日のこと。
最初の頃は恥ずかしいこともあり、あまり栗枝の顔を直視していなかったが、最近顔を見るようになって素朴な疑問を感じる。
「栗枝。その右目の下に何か付いているぞ。ホクロ?」
「わっ! うん。ホクロだよ。あんまり見ないでよ。恥ずかしいから」
栗枝はサッと目元を手で隠した。
「そんなところにホクロあったっけ?」
「あったよ。それより今日の朝、数学の抜き打ちテストどうだった? 結構、難しかったよね。あれは不意打ちにもほどがあるよ。あははは」
話を逸らした。昨日まで目の下にホクロなんてなかった気がしたが俺の気のせいだろうか。いや、分からん。そこまで意識していないから勘違いの線だってありえる。
それに昨日の電話の件も気になるところだが、本人に聞き辛い。
「そう言えば栗枝。最近、何か悩み事とかない?」
遠回りでそれとなく聞くのがやっとだった。
「悩み? ないけどどうして?」
「いや、もし悩みがあればいつでも相談してほしいかなって。彼氏として」
「そっか。ありがとう。今は本当に無いよ。もし悩みがあれば相談させてもらうね」
にこやかに栗枝は言う。彼氏に言えない内容なのだろうか。
向かい合って弁当を食べている最中、不思議とドキドキ感がない自分に気付く。
いつもは目を合わせられないくらいドキドキしているのだが、どうも今はその感情がない。何故だろうか。いつもと同じ栗枝のはずなのに。
「ん? 栗枝って左利きだったのか?」
箸の持つ手が左だったことから聞いていた。
「え? あぁ、いや。私、両利きなんだよね。気分で持つ手を変えているの。今日は左手で持ちたい気分……なんて。あははは」
ドキドキはしないけど、今日の栗枝はどこか馴染み深いと言うか親しみやすさを感じた。まるで友達のような他愛のないことを言える関係性みたいだ。これはこれで問題はないのだが、どうも俺の中で何かが引っ掛かっている。
何だ? この奥歯に魚の骨が挟まったようなもどかしさは。
「そうだ。今日の卵焼きは私が作ったんだよ。食べる?」
「そうなんだ。いいの?」
「うん。はい、あーん!」
まさかの食べさせてもらう行為にドキッと思いつつ俺は栗枝の箸から食べた。
「どう? 美味しい?」
「お、美味しいよ。甘い」
「えへへ。私、甘い卵焼きの方が好きなんだよね。拓海くんは甘いの、好き?」
「うん。好きだよ。栗枝は普段料理するの?」
「私はほとんどしないかな。いつもふた……お母さんが作るから」
「あ、そうなんだ」
今、何と言い間違えた? ふた?
突っ込んでいいものかグレーなところだ。
それにいつのまにか俺の呼び名が「拓海くん」になっていることも気掛かりだ。
自然に呼び名を変えたのであれば問題ない。「急に下の名前で呼ぶようになったね」と言えば変に気まずくなることもあり得るから下手に言えない。
そうなればせっかくの楽しい雰囲気が台無しだ。
「はー。食べた、食べた。ご馳走様でした」
栗枝は自分の弁当箱を片付ける。
今日の栗枝との昼食は楽しいと感じる一方、どうもモヤモヤした感覚が拭いきれない。
栗枝の偽物? いや、そんなはずはない。どこからどう見ても栗枝に決まっている。
じゃ、この変な違和感は何だ?
「拓海くん? どうしかした? さっきから難しい顔をして」
「いや、何でもないよ」
「そう。悩みを聞くって言っているけど、拓海くんも私に相談していいんだよ?」
あると言えばあるのだが、それは本人についてのことだ。
というより言ってもいいのだろうか。
「あ、あの……栗枝」
「ん? なに?」
ニコニコと栗枝は前のめりになっていた。
「き、昨日さ……」
「昨日?」
「あ、いや。昨日のドラマ見た? 次回どうなるのかなって気になっていて。ははは」
「あー。あのサスペンスのやつだよね? うん。私も見ているよ。いいところで次週に持ち込みって焦らしすぎだよね」
咄嗟に話題を変えてしまったが、栗枝は興味のあった話題であったこともあり、楽しそうに喋り出す。
真面目な一面が強いと思っていたが、意外とメディア系にも詳しいことに共感できた。
「わっ! もうこんな時間。次の授業で必要なプリントを職員室に取りに来るように頼まれているんだった。それじゃ私、先に行くね」
「あ、あぁ。うん。明日もよろしく」
「うん。午後からも頑張ろう」
栗枝はガッツポーズをとって笑顔を向けた。その時の笑顔がやけに可愛く見えて頑張ろうと思えた。
「午後の眠気も吹っ飛んじゃったな」
栗枝に元気を貰い、ウキウキで午後の授業を受けた放課後のこと。
自販機にジュースを買いに行くと栗枝を見かけた。
一人でいることを確認して一言喋ろうと近づいたその時である。
「大丈夫だよ。今日はちゃんとしたから。問題ありませ〜ん」
電話をしていると分かった途端、俺は足を止めた。
また誰かと電話している?
「心配しなくても今日の私は双葉そのものだよ。心配性だなぁ。双葉は」
双葉って自分のことなのに何故か、他人事のように言う。
どういうことだ? あれは双葉じゃないのか?
だが、電話をしている栗枝は俺の知る栗枝ではない。
いつもは気品があるのだが、今はフランクな感じで堅苦しさがなくオープンな感じがする。俺と喋る時だけ気を遣っているのだろうか。それともあれが栗枝の本当の姿?
「それよりそっちはどうなの? ちゃんと私を演じてくれた?」
栗枝は鋭い口調で電話の相手に言った。
その時だ。かつんと石ころを足で蹴ってしまった。
「……やべ」
「誰?」
音に気付いた栗枝は俺の隠れる柱に視線を向けた。見つかったか?
「あぁ、うん。何でもない。こっちの話。それよりさ……」
特に気に留めていない様子だった。俺は見つかる前にその場から退散する。
「うーん。別人じゃね?」と俺は確信に辿り着けていないが、薄々勘付き始めていた。
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