第2話 彼女の様子がどうもおかしい


 栗枝と交際が始まってから俺の日常にある楽しみが増えた。

 普段、学校生活ではクラスが違うこともあり、頻繁に会うことはない。

 だが、二人だけの時間を作ろうと始めたのが一緒にお昼を食べると言うものだった。

 二人だけの場所として選ばれたのが化学室だ。

 昼休み中は使用する生徒がいないことから二人の時間を作るためにうってつけの場所だった。恋人らしい行動はまだこれくらいだが、今の俺にとって大きな進展である。


「そう言えば本当に良かったのかな」と栗枝はつぶやくように言った。


「え? 何が?」


「一年の時は一緒のクラスだったとは言え、私たちほとんど会話もしたことなかったよね。交際は成立しているわけだけど、付き合う前に友達とか段階を踏まずに申し込んじゃったから良かったのかなって思って」


 真面目な性格だからゆえに感じたことだろう。確かに友達から恋人へと段階を踏むことは珍しくない。むしろ普通かもしれない。


「俺たちは俺たちのやり方で付き合っていけたらそれでいいと思うよ。少しずつ栗枝のことを知れていけたら俺はそれでいいと思っている。それに……」


「それに?」


「いや、何でもない。とにかくいいんだよ。これで」


「そっか。そうだよね」


 栗枝も納得してくれた様子だ。

 元々好きだったと言うのは恥ずかしくて言えなかった。

 まぁ、結果的に両想いであることに関して言えば恋人関係として問題ない。

 きっかけが不幸であったとはいえこうして付き合えたことには感謝でしかない。

 初彼女と言うこともあり、内心お花畑の自分がいる。

 しかも相手は同級生の中でもトップクラスの美少女ときた。一生分の運気を使い果たしたくらいの幸運である。


「そう言えば私たちが付き合っていることって誰かに言った?」


 栗枝は少しオドオドするように聞いた。


「いや、まだだけど。まずかった?」


「んーん。その逆。言っていないなら良かったよ。出来れば言わないでほしい……と、言うより内緒にしてほしいかな」


 内緒という言葉に俺は動揺した。栗枝にとって俺は隠したい存在の彼氏という意味に聞こえた。つまり、彼氏として恥ずかしい存在なのか。

 俺が考え込んでいると栗枝は否定するように解説した。


「別に隠したいって意味じゃないの。ただその……恥ずかしいって意味で」


「恥ずかしい?」


「あっ! 違うの。私って何かと目立つじゃない? 女子の割に身長高い方だし、他の子に比べたら少し存在感があるというか……」


 うん。それは身長ではなく美少女であることのせいではないだろうか。それに見た目だけではなく成績優秀でスポーツ万能であることと、俺なりに分析をする。栗枝はそういう意味では隙がないと言える。


「だから私が目立つせいで神谷くんに迷惑を掛けたら申し訳ないなって」


「俺はそんなこと気にしないけど、栗枝がそうしろっていうならそうするよ。付き合っているならお互いの意見はちゃんと尊重したい」


「ありがとう。なんだかごめんね。こんなお願いしちゃって」


「問題ないよ」


 学校では俺たちが付き合っていることは内緒にすることとなった。

 別にこれは難しいわけではない。こうして二人だけの時間が作れているので問題はないだろう。この時までは特に問題なかった。

 次第に栗枝の様子がおかしいと感じたのはその数日後のことである。

 俺は恒例行事になっている化学室での昼食のため、一足先に来ていた。

 数分後に扉が開いて栗枝が入って来た。


「神谷くん。お待たせ。一緒にお昼食べよう」


「あ、うん」


 この日の栗枝はいつもと同じで特に変わった様子はない。

 いつもの笑顔は癒されるものだが、俺は少し気が立っていたのは肌で感じた。

 向こうから言われるのを待っていても何事もない様子だったため、俺は痺れを切らして言ってしまう。


「そう言えば、栗枝。昨日はどうしたんだ?」


「昨日って?」


「昨日ここに来なかったじゃないか。俺、ずっと食べるのも待っていて予鈴が鳴ったから急いで食べて教室に戻ったんだけど」


 そう言うと栗枝はサッと血の気が引いたような顔で青ざめていた。


「ご、ごめんなさい。私、来ていなかった?」


「来ていなかったって自分のことだろ? 来ていないから言っているんだけど」


「あ、そうだったね。本当にごめんなさい。実はその……友達が大事な相談があるって言われて仕方がなくさ。次からは気をつけるから。本当に、本当にごめんなさい」


 栗枝の必死に謝る姿を見て俺はそれ以上、強く言えなかった。

 まぁ、反省はしているようだし怒るほどでもない。それにうっかりミスくらい誰にでもあることだ。真面目な性格の栗枝にしてみたら珍しいミスに思えた。

 学校では唯一まともに喋れる機会なのでこの時間は特に大切にしたいと思っていた。

 その時はそれだけでいつものように楽しく昼食を食べた。

 なんの変わりもない。ただ、俺を悩ませるきっかけはその日のうちに起こる。

 とある休み時間、校舎裏側の自販機の傍にたまたま栗枝を見掛けたので声を掛けようと近付いた。誰もいないことから他の生徒にバレることはないだろうと安易な行動だったが、俺は栗枝が電話をしているのが分かりに動きを止める。


「ちょっと! 昨日、彼氏と昼食は一緒に食べるって言ったじゃない。どうしていかなかったのよ」


 どうやら栗枝は怒った口調である。一体、誰と話しているんだ?

 それに電話の内容の意味が分からなかった。


「もう! 教室が分からないなら分からないって言ってよ。私、凄く恥ずかしかったんだから。もう、あんたに頼んだ私がバカだった」


 栗枝の怒りはエスカレートして電話をブチ切りした。

 その後、栗枝はその場にしゃがみ込んで頭を抱える。

 自分を攻めているのか、酷く落ち込んだ様子だった。

 俺はサッと身を隠した。

 彼女の様子がどうもおかしい。何か裏がありそうだと俺は静かに目を光らせた。

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