第14話 瞳

 サンドラが帰ってきてから少しした後、ユグドラシルの森は騒がしくなっていた。この世界は明確な四季はないが、それでも寒さを越してきた虫や動物たちは、暖かな季節を喜び、餌の調達や番選びに必死である。


 暖かくなってきたので、ラースは一日中外に出て地面の上で飛んだり、腹ばいになって昼寝したり、草木の匂いを嗅いだりしていた。

 一方ナスタは少しずつではあるが、魔法をライラックから教わっている。しかしナスタはエルフの母が魔法を使っているところを見たことがないため、魔法に馴染みがない。

 ユグドラシルからはこの世界の四大元素の、火、水、風、土が大元の魔法であると聞いた。ただ、魔法が無くても火は起こせるし、水は川に行けばある。風は見えなくても木々や花が揺れるのを見ることはできる。土は自身の足で踏んだり触ったりできるので、それを自分で操ることができるのを半信半疑で聞いていた。


「…お前、信じてないだろう」

「えっ…何を?」

「自分が魔法を使えるということをだ」

「だって母さんは使ってなかったし、伯父さんやラースで初めて魔法があるのを知ったんだもの。魔法がなくても生活していけるでしょ?」

「アイリスはお前をヒト族として育てたかったようだが、いずれは分かることだ。自分がヒトとは違うことにな」

「僕は普通に生きていければいいんだ」

「しかし祖父母に会いたければ、多少は強くなければ、外には出られない」

「大丈夫だよ。ラースがいるでしょ?」


 ナスタは近くで飛び跳ねているラースを見る。


「ラースはダメだ。契約者がいないとユグドラシルの近くでしか過ごせない」

「そうなの?契約者って伯父さんじゃないの?」

「私ではない。アイリスだ」

「母さんなの?僕じゃダメ?」

「他の聖獣は知らないが、うちは生涯ただ1人と契約することになっている。契約すると、聖獣の瞳の色が変わる」


 ライラックはラースを呼んだ。


「なあに?」

「ナスタ、ラースの瞳を見てみろ」


 と言うのでナスタはラースをじっと見た。


「なんなの?恥ずかしいなぁ」

「あ、本当だ。母さんと同じ瞳の色」

「そうだろう?サンザスはわたしと同じ緑色だ」

「何だ、契約の話をしてたの?確かにボクはアイリスと同じだよ」


 ラースの瞳の色は薄いピンクだった。


「じゃあ、ラースは連れていけないね。僕は強くなれるかなぁ」

「今はまだ急ぐ必要はない。お前と契約する聖獣もまだ生まれる気配がないからな」

「聖獣ってどうやって生まれるんだろう?」

「それは…ラースの気分次第だ」

「伯父さんは知らないの?」

「いつの間にかサンザスがラースを連れて来たんだ。今より小さくてアイリスが喜んでいたな。多分サンザスが何かしたんだろうけど」


 ライラックは多分知っているが、今のナスタだと理解しにくいかもしれない。するとそこにユグドラシルが現れた。


「あら?何してるの?」

「伯父さんから魔法の使い方を教わってる」

「ふうん」

「いいのか?本体から随分離れて行動しているが」

「大丈夫よ。サンドラが側で寝てるもの」

「え?危なくないの、それ」


 サンドラのくしゃみからの雷は、ユグドラシルが1番恐れていることだ。この間サンドラが帰ってきた時には説教をしていた。


「ライラックの新しい薬が効いているみたい。最近はくしゃみも落ち着いているようだし」


 と言ったそばから、くしゃみが聞こえ雷が落ちた。


ドッシャーーン!!


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ユグドラシルは急いで本体に向かう。この辺りで1番大きく背の高い木だ。避雷針代わりになってもおかしくはない。

 ライラックとナスタもユグドラシルに続く。ラースもトコトコ付いてきた。


 しかしそこで見たのは、ユグドラシルに怒られているサンドラと鹿王がいた。

 ユグドラシル本体には雷は落ちてないらしい。


「万が一のため、ユグドラシルには雷避けを施している。いくら霊力のある本体でも雷は避けたいからな」


 ライラックもいつ発動するか分からないサンドラの雷に対策は打っていたようだ。

 さて、なぜサンドラはまだしも鹿王がユグドラシルに叱られているのか。それは鹿王の立派な角に花が咲いているからだ。

 ライラックの薬が瀕死だった鹿王を回復させ、歩けるまでになった。しかも暖かくなり歩けるついでにユグドラシルのところにまで足を伸ばそうと思ったようだ。周りの木々や地面にも花が咲き、自身の角にも花が咲いた。サンドラが帰ってきていると息子から聞き久しぶりに訪れたら、せっかく花粉症が治っていたサンドラに新たな花を咲かせた鹿王の角が揺れて花粉が舞い、くしゃみを引き起こした。

 そして今、この状態だ。


「いくら丈夫なわたしでも、雷は怖いのよ!」

「ちゃんと雷は弾かれたじゃないー。大丈夫だよー」

「分かってても抑えててよ!」

「すまぬ。聖樹どの。サンドラが花に弱いことを失念しておった」


 鹿王はペコペコ謝る。ナスタはその鹿の角に興味があるみたいだ。


「あの鹿さんの角、凄いね」


 と、そばにいたラースにこそっと話しかける。しかし鹿王はそれを聞き逃さず


「ふふっ。そうじゃろう、そうじゃろう?これが鹿王の証じゃ」

「へぇー」

「こら、まだ終わってないわよ」

「すまぬ」


 ユグドラシルにまた怒られる。サンドラと鹿王がユグドラシルにこってり怒られたあと、鹿王はナスタをもう一度見て


「この子が例のアイリスの子かの?」

「そうよ。似てるでしょ」

「そうじゃな。髪の色は違うが顔立ちは似ているな」


 鹿王はぺろりと口元を舐め


「やはりヒトと交わったせいか、魔力の質がちと違うかもな」

「鹿王もそう思うか」

「なんだ、ライラック、そんなことも教えてないのか」

「魔力は人それぞれだ」

「そうじゃが…そこは良い方に考えておくものぞ。エルフとヒトが交わるのはたまに聞くが、皆が皆、自然や我らに牙を向くわけではない。それにアイリスの子だしの。わしはあまり心配しておらぬ」


 鹿王はアイリスとも交流があったようで、アイリスの人となりもよく分かっている。鹿王はナスタをじっと見て微笑んだ。

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