第13話 サンドラ

 今の姿だと大きすぎるので、狼王サンドラはラースより少し体の大きい狼になる。

 怒りがおさまったユグドラシルは腰に手をあて、サンドラに話す。


「いいタイミングで帰ってきたわね」

「いいタイミングー?悪いよ。目と鼻がグシュグシュー。ライラック、何とかしてぇ」


 ラースの父とは思えないくらい、言動が幼い。ライラックは仕方ないというふうに、家に入り、黄色い小瓶とタオルを持って出てきた。


「それなあに?」


 ナスタが小瓶を指差す。ライラックが中の液体を混ぜるように振る。ちょっとトロッとしているみたいだ。


「あれは、父さんの薬だよ。蜂蜜にライラックの薬を混ぜてるんだ。父さん、苦いのダメだから」

「しょうがないでしょー。苦いのは飲めないんだよ」


 とサンドラは言って小瓶を受け取った。器用に小瓶の栓を取り、一気に喉に流し込む。そして蒸してあるタオルで目や鼻を拭く。


「ふー。ちょっとスッキリー」

「犬も花粉症になるんだね」

「犬じゃない。フェンリルー、もしくは狼ー」


 サンドラはナスタをちらりと見る。


「ふふん。アイリスにそっくりー。人間の血が混じってるのは解せないけど」

「えーと、ラースのお父さんは何しに行ってたの?」

「サンドラでいいよ。えーと、世界を廻ってたの」

「世界を?」

「この世界にいる聖獣。前に勉強したでしょ?今世界で起こってる異変を調べるのに協力をお願いしに行ってもらってたの」

「異変って?」

「鹿王のところみたいに、各地の王を狙う何かがいるのよ」


 鹿王の子の長は、ブルっと身震いした。


「他の王のところも?」

「王の住処の近くに、わたしの若木もいるから情報は共有できるんだけど、聖獣のところは結界が張ってあるから王の中でも1番強いサンドラが行くしかないのよ」

「全ての聖獣さまの許可は取れたよー。我の父も旅の途中で会ったから、忠告しておいた」

「おじいちゃん?元気だった?」

「うんー、ライラックの父母も居たよー。まったく歳取ってないね」


 と、サンドラは寝そべりながら鼻をピスピスさせる、まだ鼻の通りは悪いらしい。ナスタを見て


「我の父とライラックの父母にもナスタとアイリスの話を少しした。泣いていたが、会いたいとも言っていた。そのうち会える。お前がこの世界を廻るならばな」


 と、いきなりサンドラはピシッと話し出した。ナスタは体がビリッと感じた。


「まぁ、もうちょっと経ってからだよねー、ライラック」

「そうだな」


 すぐに口調は戻り、ライラックに同意を求める。


「王や聖獣が警戒しているから、すぐに世界がどうこうなるわけではない。鹿王は試されたのかもな。今の実力で攻められるかどうか。ただ、呪い付きなのは気をつけなければ」

「父はお試しか…舐められたものだな」

「鹿王が万全な状態なら、あのスライムやナスタを襲った奴らも蹴散らしたが、最近疲労が溜まっていただろう?」

「あぁ、父は何かを感じていたのか、見廻りの回数が増えていた。私もやると言ったのだが、頑固でな。これは自分の役割だと。それが仇となったか…」

「まぁ、鹿王も助かったのだから、これからは長が頑張らないとね。次世代の鹿王」


 ユグドラシルが長の角を撫でる。そこには1枚の葉があった。これが角全体に拡がれば、鹿王の交代となる。


「私はまだまだです。実力が足りない。しかしそれを理由に何年も今の立場ではいられませんから」

「そうだよー。我と競うくらいになってもらわないと」

「精進します」


 長はペコリと頭を下げた。サンドラは鼻がムズムズしだしたのか


「ハックシュン!」


ドドーン!!!


 ナスタが耳を押さえて縮こまった。ライラックがみんなの頭上にバリアを張って、サンドラの雷を防いだ。


「あっぶないわね!いい加減、くしゃみするたびに雷落とすのやめてくれない?」


 ユグドラシルはサンドラを叱る。間違って本体に落とされたら、いくら巨木でもたまったもんじゃない。


「ごめんねー。いつもは調整できてるんだけど、花粉シーズンは頭が冴えなくて。ライラックもいるから大丈夫かなって思ったのー」


 鼻をグシュグシュさせながら、サンドラは謝る。


「いくら私でも、そんなに頻繁にお前の雷は受けられないぞ。もっと効く薬を作ってやるから来なさい」

「はーい。長、帰りも気をつけてねー」


 サンドラは尻尾を振り、ライラックのあとについて行く。

 残されたナスタとラース、ユグドラシルは少し長と話して、長を見送った。



「また、会いたい人が増えたなぁ。僕のおじいちゃんとおばあちゃん。それとラースのおじいちゃんだね」

「ボクのおじいちゃん、ちょっと厳しいんだよね。聖狼様の眷属だからかな。敵に対しては容赦ないんだ」

「そうなの?」

「うん。むかーしむかし、この星が出来上がる前かな?この星を奪おうとした悪者がいて、聖狼様もまだ小さかったけど、戦ったんだって」

「わたしもまだ、生まれてないときね」


 ラースの話にユグドラシルも加わった。


「いろいろあって倒したんだけど、そんな悪者がまた現れないように、聖狼様は眷属を厳しく育てたらしいよ」

「へぇ…凄いね」


 ナスタはそんな眷属であるラースの祖父がなぜ、ライラックたちの一族と一緒にいるのか、不思議だった。ライラックやユグドラシルに聞けば分かるはずだが、まだ子どものナスタだ。ラースと遊んだら、その疑問はすぐに忘れていった。

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