第12話 くしゃみ
森の中を悠然と進む巨大な物体が、ユグドラシルの元へ向かっていた。だが、それは何かとしか分からない。空気と同化しているからだ。今から起こる騒ぎに関係あるか否か…このまま時を進めよう。
ユグドラシルとラースが、まだ見ぬ敵に警戒をしている。ナスタはユグドラシルの幹にぴったり寄り添っている。ユグドラシルの側にいれば、保護の力でナスタを認識しにくくなる。
少し経った頃、10メートル先に光る眼をラースは見つける。現れた魔物はラースによく似た黒い狼だった。ナスタは驚いて声も出せず、ユグドラシルの幹にしがみつく。
「ボクに姿を似せちゃってさぁ。肖像権、請求しちゃうよ」
ラースはペロリと口を舐めると、その毛並みが風もないのに揺れる。黒い狼は先手必勝を狙い、ラースに飛び込んでくる。ラースはその爪を紙一重で避ける。尚もラースに爪を立てる黒い狼。次々に出してくる攻撃にラースはなんともないような顔で避ける。
ナスタはそれを見てハラハラしっぱなしだ。
黒い狼は一向に当たらない攻撃にイライラし、口から黒いもやが出てくる。
「ヤバいなぁ、アレ」
「ラース、さっさとやっつけてよ」
「ふふん、ボクを誰の子と思ってるの?」
「聖狼フェンリルの子孫、狼王の子でしょ」
「ぴんぽーーん!」
そう言うと、ラースは黒い狼に距離を取り、その毛並みをざわつかせた。それがバタバタと激しくなり強風がラースを取り込んだ。黒い狼はラースに近づけない。そしていきなり風が止むと、そこにはラースの姿がなく、ヒュンヒュンと音だけが聞こえる。
黒い狼が辺りを見回し、ラースを探す。しかし、一向に姿が見えないラースに狼は諦め、ユグドラシルに的を絞った。
「はいはい、どこ見てんのさ」
現れたラースはその身に風を纏い、風の刃を黒い狼に浴びせる。どこからか現れたラースに黒い狼は避けきれず、風の刃をまともに受け、血だらけだ。いつもの可愛いラースとは一変、体も倍に大きくなり大人の狼の顔をしている。
「へぇ、ちゃんと赤い血だねぇ。黒いのかと思ってた」
「気をつけなさいよ!わたしにも当たるかと思ったじゃん!」
「そんなヘマはしないよ」
ラースは小さな竜巻を起こし、黒い狼にぶつけた。大きくなった竜巻に黒い狼は巻き込まれ、天高く上がり、竜巻は消えて黒い狼は急降下し地面に叩きつけられた。ボキボキボキ!と骨が折れる音が広がり、最後に上から空気の塊をラースは放ち黒い狼は地面にめり込んだ。空気の塊は消え、そこには潰れた黒い狼がいた。
「うえっ。自分みたいで気持ち悪いな」
「ラースー!」
と、ユグドラシルの幹から喜んで出て来たナスタに、別の場所からもう1匹黒い狼が出て来た。ナスタに鋭い爪が迫る。
「ナスタ!」
ラースが叫ぶと、その周りの空気が揺らめく。
「はっくしょい!!」
バリバリバリッ!!ドッカーン!!
晴天の空からいきなり雷が落ちて、ナスタを引き裂こうとしていた黒い狼が雷の直撃を受ける。ナスタはというと、ラースの風の膜で雷の音も直撃も免れている。
ナスタはドキドキしていた。いきなり雷が目の前に落ちてきたからだ。驚いて声を出せずにいると
「父さん、ナイスー!」
と、ラースが空気の揺らめきに声を掛ける。ナスタが不思議がっていると、その空気の揺らめきから、ラースの何倍も大きく毛並みは白く、眼は緑色の狼、フェンリルが現れた。しかしその眼は涙目だ。
「ちょっと!親子して危ないわよ!ナスタが怪我するとこだったじゃない!」
ユグドラシルが怒ると
「んあー?ナスタ?」
「アイリスの子よ!」
「アイリスのー?そういや若木がそんなことを言ってたようなー?」
と、間伸びした声で狼王は話す。
「そしてくしゃみで、雷を発動させるんじゃない!」
ユグドラシルは注意し、狼王はまだ鼻がムズムズする。そこへ遅れてライラックと長が到着した。
「やはりあの雷は狼王でしたか」
「お前、またくしゃみで出したな」
「だって花粉でー」
狼王は花粉症気味らしい。空気と同化していたのは、花粉を防ぐためだったらしい。激しく動くと花粉が舞うからだとか。春先と秋は狼王にとっては辛い時期だ。
ラースに風の膜を解いてもらったナスタは、ラースを抱き寄せ、
「あのおっきい狼がお父さん?」
「そうだよ、狼王サンドラ。カッコいいでしょ」
「カッコいいというか、凄いゆったりな性格みたいだね」
「そう?」
そう言いながら、ラースはいつもの姿に戻る。ナスタはラースを見ながら
「ラースもカッコ良かったよ」
「うへへ、そうかな」
照れながらも、ナスタの手を舐める。そして2人でライラックの元へ歩き出した。
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