第11話 真の狙い
鹿王はごくりと唾を飲んだ。
「まさかアイリスが…流行り病などで?あの子の加護の守りのおかげで、この村も安定し有事に際して、万全の準備を行うことができている。もしや最近、魔物が出てくるようになったのは…」
「アイリスの加護が徐々に薄れていってるってことだ。いくらアイリスでも未来永劫に続く加護は作れない」
長は鹿王とライラックの話を聞き、
「アイリスが風の噂で人間と番い、暮らしているというのは聞いた。それも数年前だ。人間はともかく、アイリスはエルフだ。しかもライラックの妹だぞ。病にも詳しいのになぜ?」
「甥にも聞いたが、なぜ病に倒れたのか分からないらしい。しかし、あの子も両親を失い、その時の詳しい状況を忘れている可能性もある。あの子が思い出して話してくれるしか、方法が今は無いのだ」
ライラックは腕を組み、険しい顔をした。ライラックもまだ、妹を失って悲しみは癒えていない。
「そういうことだから、村の警備は厳重にした方が良い。妹が渡した加護の守りは、各地にあるだろう?」
「それはそう聞いているが…」
「ユグドラシルの若木なら知っているかもな」
「あぁ、なるほどな」
ライラックは外にいた母鹿と子鹿に、鹿王の看護を頼むと願うと、長と共に、鹿王の住処から少し離れた場所にあるユグドラシルの若木の元へ訪れた。
ライラックと長が若木の前に来ると、
「ライラック、母御から話は聞いている」
と、若木からユグドラシルによく似た少年が出て来た。若木といっても普通の木より大きく太い。大人5人くらいが手を伸ばすくらいの幹の太さだ。それでもユグドラシルよりは細い。
長は一礼すると、若木は頷いた。
「先に、鹿王は大丈夫か?私の前を通った時は、今にも倒れそうな顔色だったが」
「ご心配いただきありがとうございます。ライラックが来てくれたおかげで、回復いたしました」
「そうか。やはりライラックを呼んで正解だったな」
「それはユグドラシルの話を聞いていたからか?」
と、若木にライラックは尋ねた。
「狼王がいれば、スライムの方は任せられるし、鹿王はおぬしが診れば分かることだ。狼王が留守だったのはしょうがないが、まぁ、おぬしでも簡単だっただろう?」
「そうだな」
「それでどうだ。両方を見ておぬしはどう思った?」
若木はライラックを試すように質問した。長はどういうことだろうと、首を傾げる。
「まぁ、あの酸のスライムは囮だな。時間稼ぎだ。狙いは鹿王だ。もしくは若木の可能性もある」
「なんだと!?」
その答えに長はまさかと驚く。若木はニヤリと笑い
「多分そうだろうな。鹿王に取り憑き、儚くなったあと、私の近くに埋めれば、鹿王から出てきたアレが私を蝕むかもしれん可能性もあった。私は母御と距離が近いから、母御にも影響を与えるかも?と考えたかもな。そんなこと、させるわけなかろう?」
この村では代々鹿王が亡くなったあと、若木の近くに埋め、浄化させて自然の一部に還す埋葬方式だ。若木は代々の鹿王の記憶を浄化時に受け継ぎ、自身はここから動けないため、鹿王が見た世界の記憶を知る。もちろんプライベートは断然黙秘だ。それを知るのは埋葬されて魂が若木の前に現れたとき、初めて鹿王は知る。そして固く若木と約束するのだ。記憶を見れるのは必要な情報だけ、と。
その内情を現段階で知っているのは、若木の他にユグドラシルとライラックの一族だけだ。狼王もラースも知らない。
若木がよく鹿王に世界を見ておけ、と促すのは刻々と変わる世界の情景に、目を向けておきたいからだ。足りない情報は他の若木との連絡を密にしている。
「ライラックが出張ることも、この村は埋葬時に浄化することも、相手側は調査しなかったのか…いや、もしかしたら…」
若木は何故か嫌な予感がした。ユグドラシルの子の中で1番聡い若木だ。冷や汗が止まらない。
「ライラック!すぐに母御の元へ帰れ!母御には私が連絡する!母御とおぬしの甥が危ない!」
若木はそう言うと自身の幹へ引っ込んだ。
ライラックはすぐに元の姿になった長の背中に乗り、ユグドラシルの元へ向かう。
長も若木の言葉で何やら合点がいったようだ。突風のように駆けていく。
「ライラック、もしや敵はこれをも見越して?」
「そうだとしたら、なかなか悪知恵が利くな。だが、若木じゃないがそんなことはさせん」
長の背の上でライラックは薄く笑う。このエルフが笑う時は、相当怒っている証拠なのを長は長年の付き合いで知っていた。敵も怒らせてはいけない相手と戦う羽目になるとは。長は心の中で合掌した。
ライラックが急いで向かっている頃、ユグドラシルは若木の連絡を受けたばかりだった。
「ふうむ。ラース。ちょっと面倒いことになったわよ」
ナスタとラースはユグドラシルの青空教室を受けていた。
「えっ、どうしたの?」
ラースはお座りしながら尻尾を振っている。
「ライラックの方は片付いたんだけど、本命はこっちじゃないかって子どもから連絡が来たの」
「へぇ。そうなの」
「そうなのよ」
と、呑気に話す2人にナスタはオロオロし、
「え?こっちって…魔物が来るの?」
まだ魔物にトラウマがあるナスタは顔が真っ青になった。それを見たラースが
「大丈夫。なんとかなる。時間は稼ぐよ」
ラースは自信たっぷりに言う。ナスタは本当に大丈夫なのかと不安になった。
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