第9話 魔物

 ナスタがライラック達の元に来て、一年が経った頃、ナスタは少し背が伸びていた。毎日充分な食事をし、ラースと体を動かす日々。時々、ユグドラシルと世界について勉強する。そのほかには何の変わりのない毎日を送っていた。


 ある日のこと。突然地面がドドンドドンと揺れ始めた。ラースと遊んでいたナスタはバランスを崩して、地面に尻もちをついた。


「あいたた…地震?」

「うーん、違うね。お客様だ。ここは結界が張ってあるから、ユグドラシルの許可がないと入れないんだよね」


 ラースは誰だろ?と首を傾げた。家の中で中からライラックが出てきて


「鹿だな」

「しか?」

「あぁ、だったら迎えに行かなきゃ。ナスタも行こう」


 ラースが先頭でナスタ、最後はライラックと並んで歩き出した。

 一年中咲いている花の近くまで行くと、ぼんやりと何かの姿が見える。ナスタが更に近くに行くと、そこには今まで見たことのない大きさの鹿がいた。その鹿の角は何本も枝分かれしている。鹿は現れたラース、ナスタ、ライラックを見て


「狼王はおられないのか」

「ろうおう?」

「ボクの父さんだよ。まだ用事から帰ってきていないんだ。父さんに用があったの?」

「そうだ。私たちでは歯がたたない。今、若い者が応戦しているが、ジリジリとこの領域を侵しつつある」

「鹿王はどうしたんだ」

「鹿王は今、病に侵されている」


 淡々と言う鹿だが、その目には憂いの影がある。


「とりあえず、私が行こう。ユグドラシル」

「どうしたの?」


 ユグドラシルの声だけが辺りに響く。


「私は少し留守にする。ナスタはラースと留守番をするように」


 ライラックはナスタにもそう言うと、鹿の背中に飛び乗った。


「ライラックなら早く終わりそうだな」


 鹿は言うと、元来た道を振り返り、走り始めた。ライラックは揺れる鹿の背中でも全然ブレてはいなかった。


「伯父さん、何も持っていなかったけど大丈夫かな」

「ライラックなら大丈夫だよ。弓と矢なら持ってたし、魔法もある」

「え、弓矢持ってたの?どこに?」

「それはトップシークレットだねぇ」


 ふふふ、とラースは笑うと、2人でユグドラシルの元へ向かった。




 ドドドと鹿は走り抜ける。木々が鹿の行手を避けるように道を作る。


「先ほど、ラースの横にいた子は、どこの子だ?」

「私の妹の子だ」

「アイリスの子か。そういえば似ていたような。アイリスはどこに?」

「…もう居ないよ」

「そうか。残念だな」


 少し沈黙があり、鹿がまた口を開く。


「侵攻を防げたら、鹿王を診てはくれないか」

「病と聞いたが、この間会った時は元気に見えたぞ」

「ライラックが来たあとだったな。数日して体調が悪くなった」

「ふうん。ならば早く終わらせてしまおう」


 鹿の背中でライラックは頷いた。



 

 その頃、敵を抑えている場所では、鹿達が防壁魔法を用いていた。破られはしないものの、時間が経つに連れて疲れてしまうため、精度が低くなる。あらかた攻撃専門の鹿達が防いだものの、敵の残りがひと塊りになり、侵攻を止めない。厄介なのが、その敵から酸が地面に流れて、木々や岩などを溶かしていく。触れてしまうとこちらも大変だ。


「長が戻ってくるまでの辛抱だ!」

「緊張を解くんじゃないぞ!」


 鹿達は励まし合いながら、交代で防壁魔法を使用していた。そこへ


「皆、待たせたな」


 鹿が急ブレーキをかけて到着した。


「長!狼王はどちらに?」

「狼王は居なかったが、ライラックが来てくれた」


 長と呼ばれた鹿の背中から、ライラックが飛び降りた。軽く地面に降り立つと


「どういう状況だ?」


 近くにいた鹿に尋ねる。


「防壁で防いではいますが、敵から酸が流れていまして、手が出せない状況です」


 ライラックが向こう側を見ると、丸く巨大な何かが、防壁を押している。


「スライムか」

「えぇ、あらかた片付けたのですが、残りが集結しましてあの状態に」

「酸も出てるとは厄介だな」


 スライムはひとつひとつは、それほど強くはないが、塊になると能力を発揮する。それが今回は酸を吐き出すスライムだ。


「火も水も風も危ないな。だとすれば、これか」


 そう呟いたライラックはパチン!と指を鳴らす。すると空からちらちらと白いものが落ちてきて、スライムの頭上に集まる。それは大きな氷の塊になり下は尖っている。もう一度指を鳴らすと瞬時にスライムを貫き、スライムごと凍らせた。


 辺りは氷の冷気で、吐く息は白くなる。流れ出た酸も固まっていた。あんなに苦戦していた敵をあっという間に倒したライラックに、鹿達は感嘆の声を洩らす。


「さ、さすがライラック殿。感謝いたします」

「ざっとこの辺りを探知したが、もう魔物はいないだろう。スライムの核を破壊したから再生はしないはず。氷が溶けたら、スライムの跡や酸が流れたところに、充分に灰を撒いておけ。中和させるように」

「分かりました」


 鹿達が酸が流れた辺りがどのくらいなのか、手分けして調査しだした。


「すまぬ、ライラック。助かった」


 長が礼を言うと、


「まだだ。鹿王が残っているだろう?」


 そう言うとライラックは鹿王の住処へ歩き出した。長は鹿達に行き場所と、適度な休憩を伝え、ライラックの後ろをついて行った。

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