第16話:老兵の涙

 真っ暗だった。


 何も聞こえず、何も感じない。

 これが、死後の世界というヤツなのだろう。


 半魚人の巨人を手榴弾で自爆して倒そうとして、意識を失った。

 おそらく、手榴弾の爆発で……俺の身体は粉々にでもなったのだろう。


 

 ――俺の人生も、ようやく終わりか。


 思えば、散々な人生だった。


 学校では仲間はずれ、人並みに恋愛や友情を経験してこない。

 家族からも疎まれ、職場でも嫌われていた。


 人生、何もかもが上手く行かなかった。

 そんな俺を、誰が覚えていてくれるだろうか。



 誰も覚えてくれなくたっていい。


 俺の名前を呼んでくれなくたっていい。


 それでも、俺は……やるべきことをした。

 俺が死ぬことで、誰かが生き延びて――幸せになるんだとしたら、それでいいじゃないか。



 隊長も、ブレイブユニットのガキ共も、これからも戦い続けるだろう。

 だから、俺が死んだところで何も変わらないかもしれない。


 今日死ぬはずだった誰かが生き延びて、また別の誰かが死ぬ。

 つまり、そういうことなのだ。




 すべてが終わった世界。

 ただひたらすらの虚無しかない空間に1人。


 俺は、何も考えないように努めた。

 だが、どうしても考えてしまう。


 

 俺がいなくなった後の、ブレイブユニットの連中がどうなるのかを――


 あれだけ絡んできたミヅキ、色々と教えてくれたユミは……多分、悲しむかもしれない。

 いや、あれだけ辛い仕事を続けているんだ。俺くらいのヤツが死んだって、涙ひとつ流さなかったりするなんてこともあるだろう。


 

 ――クソ、俺はどうして……



 もう何も出来ないというのに、2人の顔を思い浮かべてしまう。

 笑った顔、困った顔、何かを期待している表情、呆れ顔――


 短い期間だというのに、俺は彼女と親密になってしまった。

 自分でも情けない話だ。俺みたいなオッサンと揶揄される年齢と女子高生が、いくら仕事であっても、こんなに仲良くなってしまうだなんて……









『――だから、あなたが好きなんです!』



 不意に、脳裏に蘇るミヅキの声。

 聞き覚えのないはずのセリフに、自分でも馬鹿馬鹿しく思える。

 こんなの、妄想だ。30代童貞が性欲でこじらせた夢……


 しかし、その声色は――必死そのもの。

 夢でもなければ、俺の願望を反映したものでもない。


 どんな状況で言われたかは覚えていない。

 だが、それが嘘だったとは信じられなかった。




 ――でも、俺は死んじまったんだ。



 その言葉が本当にあったのか、確かめてみたい。

 いや、女子高生に『俺のこと好き?』なんて聞くのは犯罪レベルの行動だ。

 嫌われるだけですまない。社会的に抹殺される。


 でも、ミヅキが本当にそういう想いを口にしたのなら…………




 ――ちゃんと、向き合わなきゃ。


 人を好きになるなんて、俺には難しすぎる。

 それでも、そんな難しいことを言葉にしてくれたのだとしたら、ミヅキは凄いヤツだ。

 だから、相応の態度で示さなければならない。



 

 ――クソ、俺は死んだんだぞ。


 早速、死んだことを後悔し始めるとは情けない。

 

 俺には生きる理由なんて無い。

 好きなゲーム、映画、漫画を浴びるほど楽しんでいたいだけだ。

 そのためには金がいる。だから働く。


 それがいつしか、誰かのために働いているなんて……自分でも思わなかった。


 

 ブレイブユニットのガキ――いや、ミヅキのため。


 アイツらの将来を潰さないために、俺は汗と血を流していた。

 それが、俺のやるべきことだと思ったからだ。




 ――生きたい。



 もう取り返しがつかないかもしれない。

 それでも、俺は……ミヅキと会いたい。


 会って、確かめたい。

 俺がやるべきことの意味を、生きる意味を、ミヅキが戦った先に何を得て、どんな風に生きるのか――


 そして、俺は……彼女をどうサポートできるのか。




 ああ、どうして馬鹿げたことをしちまったんだ。俺は――



 後悔しても遅い。

 死んだ俺には、もう何もできないだろう。

































 ――さとし!













 ――こいずみ さとし!




















 ――生きろ!
















 











『――目を覚ましてくれ、さとしッ!!』












 重かった瞼が開く。

 空から降り注ぐ雨、どんよりと暗い雲。


 そこに、隊長の顔があった。

 顔が濡れ、瞳に涙を溜めている。





「さとし……っ」



 隊長が俺の手を握る。

 その力強い感触に、俺は生きていることを実感させられた。




 ――ああ、クソ……胸がいてえ。


 

「――シロタさんッ!!」


 彼女の声がして、俺は横を向いた。

 グロテスクな青い血と肉が散らばっている光景をバックに、ミヅキが膝を着く。



「――良かった、ほんとうに……よかった」


 堪えていた感情が爆発したように、ミヅキは泣き出す。

 声を上げ、子供のように――――いや、まだ彼女は子供だった。





「立てる? シロちゃん」


 オペレーターユニットの古参、シュガーさんの手を借りて立ち上がる。

 身体はどこも欠けてない。それでも、全身がボロボロになったように痛む。


 そして、そのままどこかに歩かされる。

 隊長とミヅキはその場から動けずにいた。




「あの、隊長は?」



「イシちゃんもね、辛い記憶があるんだよ」



 それから、シュガーさんが語り始めた。


 隊長ことロック、石塚さんのことを――
















 自衛隊、空挺レンジャーの部隊長になるほどの男。

 そんな彼にも息子がいた。


 父と同じく自衛官、衛生兵になったのだという。

 紛争地域での平和維持活動、そこで息子は武装組織との戦闘に巻き込まれる。

 石塚さんも同じ場所にいて、救援に駆けつけた。

 

 だが、息子は戦死。

 おまけにそこにはオブジェクトがあったらしく、石塚さんも息子も暴露。

 息子さんの遺体は回収できず、石塚さんはその影響を取り除くために自衛隊を辞めるしかなかった。


 それからずっと、この民間準軍事企業PACで働き続け、息子と同じくらいの年齢になる部下を死なせ続けてきたのだという。

 それは、俺も同じだったらしい。


 

 だが、俺は死ななかった。

 




 全てを話し終えると、シュガーさんは笑う。



「シロちゃんはさ。自分の人生に意味があるかって、悩む方かい?」



「ええ、まあ」


 車両の座席に腰を下ろし、そのままシュガーさんも隣に座る。

 そして、懐から取り出したのは……バタースコッチの飴。



「みんな、どんな人生を歩んでるかわからないもんさ。だから、生きてるだけでいいんだ」


 そう言って、飴を俺に渡してくる。

 封を切って、口に放り込んだ。

 強烈に甘ったるい香りと味が口内を満たす。



「誰もがなんだよ、自分でも知らない誰かにとってね」


 ウィンクするシュガーさん。

 年齢と見た目に合わない仕草に、俺は思わず笑ってしまう。


 

 座席に身体を預け、力を抜く。

 そうすると、すぐに睡魔がやってきた。


 死後の世界だと思っていた静寂とは違い、心地よさが身体を満たす。

 そして、俺は再び意識を手放した。


 今度はまた、目を覚ますことができる。 そんな確信がある。



 俺は、まだ生きてる。


 生きてもいいと、誰かに許されている。

 生きていて欲しいと、誰かに求められている。



 だから、俺は生きて――戦う。

 

 まだまだ、俺は死ねないらしい。

 なら、もうちょっと生きてみるのも悪くない。


 今だけは、そんな風に考えられそうだった。

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