第15話:老兵は去らず、新兵は駆け回る。

 射撃場で小銃の調整をしていると、招集が掛けられた。

 放送設備で呼び出され、ブリーフィングルームこと会議室に向かう。


 そして、状況説明が始まった。



 どうやら、港に〈デモン〉と呼称されている巨大生物が現れたらしい。

 いつだかの『キマイラ』もここに含まれるようだ。


 

 港に出現した〈デモン〉の情報は少なく、どんなヤツかはわからない。

 既に別の民間準軍事会社PACの部隊が対応しているらしいが、旗色が悪く。俺達『小春機動警備コハルアクティブディフェンス』に支援要請が来た。


 どんな敵かわからないが、万全の装備を整えるしかない。

 すぐに武器庫に行き、全員が装備を用意。

 装甲化されたワゴン車に乗り込み、基地を出た。



 小銃を手に、席に座る。

 なんとも落ち着かない——



「だいじょーぶ、だいじょーぶ。こういうのはさ、意外となんとかなっちゃうもんだよ」


 ははは、と豪快に笑うのは隊のムードメーカーである〈シュガー〉さん。

 隊長と同年代……というか、同じ部隊だったらしい。


 隣の席に座っているのは、多分偶然だ。

 例の事件――俺が〈オブジェクト〉と称される遺物アーティファクトの影響を受けて起こした騒動以降、何かと俺の面倒を見てくれた。

 

 〈シュガー〉さんが明るく接してくれているおかげで、他の隊員も俺に絡んでくれる。ありがたいことだ。



「そーそー、構えてたって仕方ないっすよ。何が来たって撃ちまくって倒すだけですからね」

 すぐ後ろの席で軽口を叩くのは〈ワトソン〉、俺より若い隊員。

 俺のせいで武器庫のセキュリティが甘いとか、警戒や観察が足りないと色々と指導される羽目になった彼だったが、特に俺に対する恨みは無いらしい。

 元自衛官だったからか、そういったになれているようだ。



「少しは気を引き締めんか、お前らは……」


 席を立ち、俺達の方に苦言するのは隊長の〈ロック〉さん。

 元陸上自衛隊の空挺レンジャー、一時は特殊作戦群スペシャルフォースにいたとかいう噂もある。



「はははっ、イシちゃんに文句言われちゃった」


 てへへ、と禿げた頭を掻くシュガーさん。

 おっさんというよりオジサンな人だが、仕草や言動がなんというか……お茶目だ。



 車列は法定速度を無視して、港まで走行。

 そして、俺達は武装したまま港の駐車場に降りる。


 

 ――クソ、なんだか寒いな。


 季節はまだ夏、それなのに空は真っ黒な雨雲が広がり、気温も低い。

 長袖の戦闘服でちょっと寒いくらいの体感、夏にしてはかなり異常だ。



 装備を確認し、周囲を警戒。

 すると、遅れて到着したワゴン車からブレイブユニットの中高生達が降りてくる。


 普段は前衛に展開する少年少女に、隊長は待機を命じた。

 珍しいこともあるものだ。と思っていると、俺のところに隊長がやってくる。

 その顔色からは――叱責を始める感じではないらしい。


 片膝を着き、各種装備を準備している俺のすぐ横――声を潜めるようにして、指示をする。




「シロタ、お前はバックアップだ。ブレイブユニットのそばにいろ」


「――な、なんで……?!」


 足手まといかもしれない。

 でも、そうならないように訓練やトレーニングを続けてきた。

 この間の失敗した分を取り返すためにも、ここでしっかり仕事をこなしたい。


 ――俺は、やれる。戦える……!



「これは命令だ、ブレイブユニットを失うわけにはいかない」


「ですが――」


 断固として命令は変えない、鋭い視線がそう告げる。

 

 隊長の言うことは当然、理解できる。

 だが、それは俺じゃなくても大丈夫なはずだ。

 


 有無を言わせず、隊長はそのまま去る。

 ブレイブユニットと共にバックアップに回るとしても、戦えないわけではない。

 やりようはある――




 部隊が移動を開始。

 到着時から銃声や破砕音が聞こえていたが、それはまだ続いている。

 他社の部隊が生存しているらしい。


 今回の任務は生存者の救出ではない。

 要請に応じて出動したが、目標は脅威の排除――


 つまりは、デモンの無力化だ。



『――オペレーターユニット、行動を開始する』


 通信用のヘッドセットから隊長の声が流れる。

 ぞろぞろと移動を開始した黒い戦闘服集団オペレーターユニットを見送り、俺は中高生の連中と合流。


 先行するオペレーターユニットと距離を取りつつ進む。


 湾港施設、大きな倉庫郡を抜けた辺りで部隊の移動速度が変わった。

 どうやら会敵したらしい。


 銃声、爆発、男達の怒声と悲鳴。

 それがはっきり聞こえるようになった。



「なぁ、オッサン。オレ達はどうすんだよ」


 ブレイブユニットのエース、カケルという少年がぼやく。

 実際、俺も愚痴の1つでも言いたい気分だ。

 だが、そうしている暇は無い。



「敵の出方を見る」


「――はいはい、仕方ねーな」

「返事をする時は1回でいいの!」

「はーーーいっ」


 すぐ後ろで喚くガキ共を意識から外し、周囲の警戒に努める。

 ブレイブユニットで対応できないような敵であれば、ここから撤退するしかない。

 実際、オペレーターだけで倒せる相手なのかは疑問だが、ガキを無駄死にさせるよりはマシな考えだ。




「――状況は?」


 すぐ横に小銃を抱えた女子が寄ってくる。

 長い頭髪、ブレイブユニットで唯一重火器を扱えるのはユミだけだ。



「わからない、ブレイブユニットはバックアップ――出番待ちだ」


「自分と一緒に偵察するのはどうでしょう? それなら安全かと」


 

 

「――ちょっと、抜け駆けはダメだって!」

 今度はミヅキが出てきた。

 彼女の能力は物理攻撃が効く相手には有効だ。少人数での行動では、1人くらい火力パワーのあるヤツがいた方がいい。


  


「ミヅキ、今はその話をしてる場合じゃ――」

「――どんな時でも有効だって約束じゃない!」



 ――この2人はなんで揉めてるんだ?


 睨み合っているユミとミヅキを横目に、俺は前進。

 いくつかの倉庫の傍を通り過ぎると、ようやく全貌が見えた。


 大量の重火器や火砲、発射された曳光弾の火線の先には――大きな人影。

 半漁人の……巨人がいた。





「……なんだ、あれ」


 思わず絶句した。

 質の悪い特撮番組でも観ているような気分にさせられる。


 手足や頭にヒレがある妙な見た目の人型巨人、それを前に立ち向かう戦闘員。

 様々な重火器を使っているが、効いている様子が無い。

 さすがに戦車や戦闘機の攻撃は無いみたいだが、準軍備会社PACの装備ではまともにやりあえないだろう。


 遅れてやってきた2人も同じ感想なのだろう、驚愕の表情のまま固まっていた。



「あれ、効いてるのかな」


「そうは見えませんね」



 ——どうすればいい?


 このまま、ここで黙っていてもどうにもならない。 

 できることを試していくしかなさそうだ。


 ユミが双眼鏡で敵を観察していた。

 彼女から双眼鏡を借り、自分も半魚人の巨人を観察。


 

 日曜朝の特撮番組で見るような魚類の造形を盛り込んだ怪人——ヒレや鱗のような特徴的な外見の他に、表面が妙に光っているように見えた。

 

 ——あの表面の何かが、攻撃を防いでいるのか?



 最近の防弾素材にダイラタンシー流体と呼ばれる液体を用いたものが出てきた。

 以前、バラエティ番組とかで『上を走れる水』というバカげた紹介をされていたものだ。

 もしかしたら、あの怪人はそういった特殊な防御能力を持っているのかもしれない。

 いくらなんでも、爆発物が効かないのはおかしい。何か理屈があるはずだ。



 許可を待っていたら、きっと手遅れになる。

 それに——全滅を防げるなら、問題無いだろう。



「2人とも、聞いてくれ」


 簡単に役割を伝える。

 ユミは後退し、『ブレイブユニット』の監督。余計なことをしないように見張ってもらう。

 俺とミヅキは前進——彼女の能力である「念力サイコキネシス」は何かの役に立つはずだ。


 あの半魚巨人をどうにかしたい。

 そのためには、銃弾や爆発物とは別の攻撃を試してみる必要がある。

 俺なんかじゃ、それを実行できない。



 

 何か使えるものを探すために倉庫のある区域へ向かう。

 開かないドアやシャッターをミヅキの念力で吹き飛ばしてもらい、調査する。

 整備工場の廃棄物、スクラップ、廃液の入ったドラム缶——そんなものばかり。


 ——ええい、これをこのままぶつけるか!?


 

 相手は化け物、怪獣。何が有効かはわからない。

 試せるものはなんでもやってみるしかない。



「このドラム缶、アイツにぶつけられるか?」


「ええと、ここから?」

「ああ、やってくれ」


 うーん、と困ったような顔をするミヅキ。

 どうやら、難題を出してしまったらしい。



「……飛ばせる位置からでもいいんだぞ?」



「ううん、やってみる」


 なんとか倉庫から満杯のドラム缶を動かし、屋外に出す。

 いくら日常的に鍛えているといっても、大して筋力は付いてない。

 俺がへろへろになって持ち出したそれに、ミヅキは手をかざす。


 すると、ドラム缶がゆっくりと宙に浮き――放物線を描くように飛んでいく。

 その軌道の先は、あの半魚巨人がいる。


 ――よし、あれなら当たる!


 

 ドラム缶が命中。衝撃で中に入っていた廃液が飛び散り、半魚巨人の身体に掛かる。

 すると、体表の膜のような何かに廃液が浸透していく。


 やはり、身体を覆っているのは液体らしい。

 


 廃液で汚れた部分に撃ち込まれた弾丸は水の膜を突き抜け、大きな波紋を作る。

 だが、ダメージを与えられているようには思えない。


 ――もっと、直接的にやらないとダメなのか……?



 一般的には知られていないが、銃弾は水中であっという間に弾速が殺される。

 水面に当たった時点で弾は壊れるし、水中では抵抗によってすぐに止まるのだ。


 特殊な液体でなくても、充分な防御力がある。

 しかし、それでも――爆発の衝撃は防げない。



「ミヅキ」



「なに?」


 誰かがやらないと、勝てない。



「ここからドラム缶を投げまくってくれ」


 誰かが犠牲にならないと、もっと死ぬ。



「いいけど……シロタさんは?」


 

 ――俺は、死なせない。




「君は、ここから援護してくれ」


「――ちょっと!?」


 俺は何度も失敗してきた。

 人生も、この仕事も、何もかもだ。


 でも、今度ばかりは――――間違えるつもりはない。

 何を選び、何を守るのか、戦うことができるようになってから、何度も考えた。

 

 いや、これまでよく考えてこなかっただけだ。


 怠惰に人生を過ごし、ただ生きるだけの日々を過ごしてきた。

 



 ――俺は、自分の命の価値をわかってる。


 無能で、足手まといで、魅力の欠片も無い。

 そんな俺でも、人の役に立てる。

 


 俺を信じて、任務や役割を与えてくれた人々に。


 数々の失態を晒した俺を励ましてくれた人達に。


 一緒に死地に赴く仲間達に。


  

 ポリタンクの中に入っている液体を頭から被る。どうやら中身はガソリンだったらしい。強烈な匂いに、思わずむせる。

 

 倉庫から飛び出し、走り続けた。

 後ろからミヅキが呼び止める声が聞こえるが、振り向くつもりはない。


 次第に大きくなっていく銃声。

 あれだけ遠かった半魚巨人も目の前まできた。



 無線や大声で、誰かが俺の名前――コードネームのシロタを呼ぶ。

 でも、今の俺は……シロタじゃない。


 自分の死に場所を、命の使い方を見つけた。

 

 ――俺は、小泉聡こいずみ さとしだ。


 

 

 あのクソデカイ半魚巨人、その脚が眼前にあった。

 銃声は止み、巨人の足が踏み降ろされる衝撃が身体を震わせる。

 

 まるでファンタジーRPGみたいだ。

 それも、とびっきりのダークファンタジー。



 ――死ぬのなんか、怖くない。


 俺には何も無い。

 好きな人もいないし、家族だって疎遠。

 やりたいことも、夢だって無い。


 それに、俺が死んだって……誰も悲しむもんか――



 コンバットナイフで自分の手を切る。

 鋭い痛み、冷たい感触。全身から血の気が引き、背筋が凍った。

 

 手榴弾を手にして、安全ピンを抜く。

 そして、そのまま――半魚巨人の足に飛び込む。



 ゼリー、ジェル、どんな例えが正しいかはわからない。

 弾力のある水、そこに血が溢れ出す手を突っ込むと途端に抵抗が消える。

 掻き分けるように進み、鳥の足ようなそれに手が届く。


 身体全体に水がまとわりつき、息を止めても水が入ってくる。 

 まるで拷問を受けているかのようだが、俺は屈したりしない。

 

 鱗がびっしりの肌にナイフを突き立て、角度を付けて差し込む。

 手応えと共に、青い体液が滲みだしてきた。

 苦しく、視界が歪んでいく中でも、俺は力を緩めない。

 

 

 ナイフが肌と鱗を裂き、肉を抉る。

 そして、そこに手榴弾をねじ込んだ。


 

 あとは、どうにでもなれ――



 手榴弾が手元から離れれば、5秒で爆発する。

 相手が同じ人体と似た構造をしているなら、足を吹き飛ばせば出血多量で死ぬ。

 こんな巨人に衛生兵やら医者がいるとは思えない。


 高度な文明を持つ宇宙人だったなら、話は別だが――



 ――でも、それも終わりだ。


 みんななら、きっと上手くやる。

 俺は、みんなを信じている。


 だから、託す。


 だから、任せる。



 そうして、俺の役目は終わりだ。


 

 アニメやコミックなんかで出てくる、仲間のために死ぬようなキャラを――正直、馬鹿にしていた。


 でも、今ならわかる。

 そういった行いの、潔さと――難しさが。



 全身から力が抜けて、息苦しいまま……俺の意識は、闇に落ちた。

 


 


 

  


 

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