第14話:視線
俺の命を狙う刺客――それは、俺が守りたいと思っていた子供だった。
中高生の超能力者部隊の隊員、ミヅキとユミ。
ユミの方はまだ姿を見せてないが、ミヅキはすぐ近くにいる。
だが、そんなことより……
――なんで、こけしから目を離せないんだ……?
追手のミヅキと交戦しながら逃げ込んだ倉庫の一室。膠着状態が続く中、視線を感じて振り向くと……そこに「こけし」があった。
何故かはわからない。
しかし、その「こけし」から目を離せない。この置物から食い入るような視線を感じるのだ。
――これも、何かの攻撃……なのか?
「――お願い、聞いて!」
こけしから目を離し、彼女がいるだろう方向に視線を戻す。
わずかに開いたドアから、ミヅキの声が聞こえた。
「今、シロタさんはオブジェクトに暴露した状態かもしれないの! 誰かに狙われてるって感じてるのは、ただの勘違いなのよ!」
――そんな馬鹿なことがあるか!!
オブジェクト? 暴露? 意味不明な言葉で俺を騙そうとしているに違いない。
だが、同時にこうも思った。
――本当に、ただの勘違いであったならどれだけいいか。
「……おねがい、私を信じてくれませんか?」
――信じろ、だと? 騙していたくせに……
ふつふつと感情の温度感が上がる。
それは、怒りだ。
女子供が戦わなくてもいいようにと、ひたすら自分に鞭打って身体を鍛えていたことを――無駄だと思い知らされて、それをした相手を信用しろ?
馬鹿にしやがって――
俺の答えを突き付けるように、手にしたショットガンを発砲。
暴力的なほどに強烈な銃声、発射炎、反動。発射された散弾が金属製のドアに大穴を開ける。
「――落ち着いて、私の話を」
「ふざけんなッ!! 俺が、どんな想いで戦ってるかを、お前は知らないだろ!!」
ミヅキを含めた子供が戦っている。
この混沌の時代に避けられないことなのかもしれない。
それでも、俺は……それを許せない。
自分の命を、可能性を、権利を――もっと大切にするべきだ。
学校で一生懸命に勉強や部活を頑張って、青春して、楽しい思い出をたくさん作るんだ。それをしていいのに、自分の命を投げ出すようなことに大事な時間を使うべきではない。
続けて散弾銃を発砲、暴力的な銃声と反動を受け止めながら彼女がいるだろう付近に撃ち込む。
すると、声が聞こえてくる。
否、それは言葉ではない。
すすり泣く声だ。
「……知ってます」
涙声で、震える声色で、彼女は言った。
「だから、あなたが好きなんです!」
――何を言っている? 俺を油断させるためか?
フォアエンドをスライドさせ、装填した弾薬を薬室に送り込む――が、排莢口は開いたままだ。
――しまった、弾切れだ。
アーマーのポーチからショットシェルを取り出し、ショットガンに装填。
そうしていると、視界の端で動きが見えた。
それは、ドアの向こう――通路側からこの部屋に飛び込んできた、
咄嗟にショットガンを手放す。落ちるショットシェルの軽い音、ショットガンがコンクリートの上で滑っていく。
腰のホルスターに手を伸ばし、拳銃のグリップを掴む。
何度もやったファストドロー。身体に染みつくまでに練習した動き、モーション。拳銃をホルスターから抜き、構える。
空いている左手を添え、適切な構え、姿勢を作った。
片目を閉じず、右目に意識を集中。照準越しに見えたのは――ドラム缶を浮かせながらこちらに向かってくる、ミヅキの姿。
その顔は、頬は……涙で濡れていた。
――クソ、撃っても無駄か。
頭でわかっていながらも、トリガーを引く。
手元で弾けるような反動を受け止めつつ、発射炎と硝煙の向こうにいるミヅキと対面。
強い意志、感情を燃やすような目、それが自分に向けられている。
不思議と、それが敵意だとは思わなかった。
だが、身体は反射的に回避を選ぶ。
飛び込むように身を投げつつ、装備から伸縮警棒を取り出す。
同時に左腕に付けたプロテクターの固定具を外す、収納されていた部分が展開して
「話は、無力化してから聞かせてもらう」
警棒を振り抜き、伸ばす。
たしかな重量感。細身の頼りない見た目とは裏腹に、武器としての信頼感がある。
棚を薙ぎ倒し、ひしゃげたドラム缶の上に立つミヅキ。
手にした片手剣を構え、より視線を鋭くした。
「……手加減、できないから」
「ガキなんかに、負けるかよッ!」
跳躍、振り上げた片手剣を叩きつけてくる。その動きに合わせてバックラーが付いた左腕で攻撃を防ぐ。
重い一撃だが、耐えられないほどではない。
咄嗟に踏み込み、警棒を打ち込む。頭部を狙ったその攻撃は空を切った。
ミヅキの反応はかなり良い、スポーツ少女の運動神経は侮れない。
バックラーを構えつつ、じりじりともう1つのドアの方へと位置を変えた。
いつでも逃げ出せるように、部屋の構造は頭の中にイメージできている――まだ、戦える。
剣道の構えみたいに、ミヅキは片手剣を正面に据えて構える。
思っていた以上に間合いを取られ、こちらから攻めにくい。
――クソ、また仕切り直すしか……
倉庫は窓が無いため、外から撃たれもしないが状況がわからない。
いっそ、向こうから位置を教えてくれるなら……こんなに考えなくても済むのだが。
逆に、ユミがいると言ったのは
〈ブレイブユニット〉でも、彼女の戦闘能力や射撃技能を見ているはずだ。
こちらの動きを牽制するために、そうした嘘を言っている可能性もある。
バックラーで胴を守るように見せかけ、ボディアーマーに付けている閃光手榴弾を手に取った。
ピンを抜くには右手が空いてない――
咄嗟に警棒を投げつける。
すぐに閃光手榴弾のピンを抜き、ミヅキの前へと放った。
飛んできた警棒を片手剣で弾き飛ばし、続けて投げられた手榴弾。
それを――ミヅキは蹴り飛ばした。
――今だ!
彼女に背を向け、通路に繋がるドアへ駆け寄る。
ドアノブに手を掛け、体重を掛けながら開けた。
錆と経年劣化、積み重なった埃のせいで動きの渋い金属製のドアに苦戦する。
そうしていると、部屋の奥で強い閃光と破裂音が弾けた。
閃光手榴弾の光と音――頭を、脳を直接揺さぶるようなショック。それでもドアを開けることができた。
耳と頭と、目が痛い。
強烈な音と光で視界が霞む。音も聞こえず、ぼやけた視界でなんとか進む。
ここにいては、きっと殺される。
それでも、まだ――足音がする。
サブマシンガンを手に取り、すぐ後ろに向けてトリガーを引く。
曇った視界に、敵はいない。動きの良いヤツだ。
通路を進み、ドアを開ける。
すると――屋外に出てしまった。
工場の管理棟から外に出たらしい。
敷地の内側、工場やオフィス棟から見える位置だ。
――まずい。
直感でそう思った。
もう、遅い。ここから戻ってもミヅキが追ってきている。
それに、既に狙われている。
食い入るような視線、さっきまで背後に感じていたものとは違う。
――やはり、ユミもか。
反射的に銃を構えてしまうが、どこに撃っても無駄なことはわかっていた。
「——シロタさん!」
通路からミヅキの声が響いてきた。
追手はすぐそこまで来ている。このままでは、やられる。
やれるとしたら、再び屋内に逃げることだけだ。
最後の閃光手榴弾を手にして、サブマシンガンから手を放す。
スリングで吊られたサブマシンガンの重量、それを感じながらピンを抜く。
通路の奥にいるだろうミヅキ、これを無力化するなら――これしかない。
銃撃では殺してしまうし、格闘戦では勝ち目がない。
意を決して、閃光手榴弾を放る――
だが、閃光手榴弾が手元から離れた瞬間。
手榴弾の軌道が変わり、弾ける――
強烈な閃光と破裂音。
それが、俺の見た最後の景色だった。
気付くと、俺はベッドで眠っていた。
身体は動かない――どうやら、拘束されているらしい。
――あれ、どうしてここに……?
何も思い出せない。
さすがに記憶喪失というわけではないが、ここ数日の出来事がぼんやりとして何があったかを振り返ろうとしても、何も出てこなかった。
唯一自由だった頭を動かして、周囲を見回す。
場所に覚えは無いが、病室のような印象の部屋だった。
大怪我をするようなことをしていた記憶は無い。
自分が寝ているベッドのすぐ近くを見る。
すると、そこに……ミヅキがいた。
俺が起きたことに気付いたのか、顔を覗き込んでくる。
「大丈夫ですか……?」
「……ああ、うん」
彼女は不安そうな表情をしていた。
何かあったのだろうか……? 思い出せない。
「あの……なにか、思い出せますか?」
「えっ? 何かあったの!?」
どうやら、何かトラブルがあったようだ。
俺は何も心当たりはないが……
「えーと、例えば……その—―なんでもないです」
「本当に何があったんだよ……」
顔を真っ赤にするミヅキ。
そんな様子の彼女からは何も教えてもらうことは無かった。
しばらくして、隊長が入ってくる。
ミヅキは退室を促されるが、必死に何かを訴えていた。
少し距離があったので、会話の内容はわからない。
渋々といった様子でミヅキは部屋を出ていく。
そして、隊長からの説明が始まった。
数日前に実行した「教団」と呼ばれている組織への攻撃作戦。
そこで回収した目標物は社内では〈オブジェクト〉と呼称されるタイプの物で、今回のはそれなりに危険な代物だったようだ。
俺以外の隊員にはそうした〈オブジェクト〉についての指導が行われていたが、調査員から戦闘員に昇進――キャリアチェンジしたばかりの俺に、そういった指導をする時間は無かったらしい。
結果、俺は今回のオブジェクトである『首無しこけし』の影響を受けてしまったようだ。
本来はそうしたオブジェクトの影響を受けた人物は処分――殺すことになっているらしい。
だが、ミヅキやユミを始めとした「ブレイブユニット」のメンバーや社長のリトルスプリング博士が処分に対して反対してくれた。
おまけに治療、影響を排除することに成功。
つまり、俺が殺される理由は無くなった……らしい。
全てを話してから、隊長はわざとらしく咳払いをする。
「最後に、博士から伝言がある」
「……はぁ」
再度咳払いをしてから、隊長は言った。
「『自分で考えて、行動して、最適な装備と戦略、戦術を駆使できる……立派になったもんじゃない』――とのことだ」
――なんだそれ。
自分が何をしたかは、いまいちわからない。
多分、みんなに迷惑を掛けたことには違いない。
その後、何事もなく復帰。
他の隊員から呆れられているとばかり思っていたが、ほとんどの隊員から暖かく迎えられた。
これまで話したことも無かった人から声を掛けられ、軽く話をする。
だが、気がかりなことがある。
ミヅキはしきりに、何かを覚えていないかと聞いてきた。
それが何かは、覚えてない。
思い出した方がいいのかと、彼女に問うが——忘れていて欲しいと言われた。
――本当に、何があったのだろうか……?
何も思い出せない……でも、あれほどミヅキが気にするのだから大事なことだったのかもしれない。
……本当に何だったんだ?
疑問を抱えたまま、次の任務のために訓練を再開する。
早朝のランニングも、ミヅキと一緒だ。
これからもずっと、こんな感じでやっていくのだろう。
そんな気がしていた。
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