第13話:🔳🔳🔳🔳🔳🔳🔳

 作戦から数日が経った。

 あれからずっと、僕をつけ回しているヤツがいる。


 早朝のマラソン中でも足音が聞こえてくる。

 だが、俺やミヅキに見つからない。



 もしや、と思って色々と調べてみた。

 先日の作戦で襲撃したのは、社内で『教団』と呼ばれている集団だ。

 教義は『世界が滅ぶのは、人間の本性が悪だから』という内容を中心にしたもの、来たる終焉に備えて行動せよ――と呼びかけているらしい。


 その教団は武器を密輸、製造している。

 定期的に発生する銃撃事件に『教団』が作った重火器や構成員が絡んでいることが多々あるのだとか。



 そして、教団には――


 脅威を排除するための、暗殺部隊があるらしい。

 拉致した少年少女を訓練し、対象を追跡して重火器や刃物を使って殺す――



 俺はヤツらの拠点攻撃に参加し、重要な品を奪った。

 他の隊員に比べて、俺は新参で戦闘技能も微妙。おまけに身を隠す能力を持っているわけではない――暗殺対象に選ぶなら、確実だ。




 ――クソ、ただで殺されてやるかよ。


 基地内の敷地内にさえ忍び込もうとしてくる。

 敵の数は不明、かなり本気マジだ。

 社内の人間は誰も気付いていない。報告したところで、新人の進言なんて無視されるに決まっている。

 

 ならば――敵を誘い出して、返り討ちにするしかない。



 今の俺はただの新人だが、訓練は受けてきた。

 少なくとも、素人よりはやれる。

 暗殺部隊の頭数を減らし、俺の死体が部隊員へ警告になるなら――やる意味はある。



 あれから仕事や訓練は落ち着き、時間的な余裕があった。

 徒歩圏内でに適した場所を探し、いつも見られていることを念頭において行動を続ける。

 廃墟や放置された区画、その中でも工業団地にある廃工場が適していそうだ。

 もう使われない加工機械や廃材、遮蔽物はたくさんある。

 

 それに、俺は製造業にいた。

 工場内での動線、物の置き方、見ただけでわかる――工場の歩き方が。



 カレンダーや携帯端末にも記さず、決行日を決めた。

 その日にやるべきことを頭の中で組み上げる。


 武器、装備、弾薬。それを荷物に詰め込まなければならない。

 複数人、大きくも狭い工場内での取り回し、室内戦に適した装備――誰かに相談することはできない。

 様々な銃を射撃場で試射し、装備品を組み上げる。

 ボディアーマー、ヘルメット、手榴弾。メモやリストを作れば、敵に見られてしまう。

 証拠の一切を出さずに、準備を整えねばならなかった。




 そして、当日。一世一代の大勝負の日だ――


 いつもどおり、ミヅキと早朝のランニング。

 基地に戻って、朝礼に参加。あとは規定の訓練――それから自由時間。


 若い隊員の〈ワトソン〉が武器庫を開ける。そのタイミングで自分も入り込む。

 他の高齢の隊員はこちらが武器を吟味しているときにずっと様子を窺っていた。

 おそらく、俺が暴発でもさせると思って警戒しているのだろう。


 だが、〈ワトソン〉は自分の銃を手入れしたり、触っているのに夢中になる。

 彼は重火器コレクター、棚には溢れるほどの小銃と拳銃のケースが並んでいた。


 俺は彼からの注目を受けず、武器庫の奥にある予備の装備に手を付けられる。

 持ち込んだボストンバッグに折り畳んだ銃と手榴弾、装備品を収納。

 バックパックにも弾薬とボディアーマーを入れ、武器庫からこっそりと出る。

 だが、このまま社屋から出るにはオフィスを通らなければならない。過剰なほどの荷物を持ったままでは止められてしまう。


 しかし、手ぶらだったら止められない。

 


 荷物を手にして、2階に向かう階段。その途中の窓を開け、そこから荷物を降ろす。

 建物の裏側になる場所、人が通ることも無い。高さもそこまであるわけでもないから、中身が壊れることは無いだろう。

 

 そうして、一旦荷物を手放してからオフィスを素通り。

 社屋を出て、誰にも見られていないことを確認してから荷物を回収。


 

 事前に出しておいた外出届けのおかげで、不在になることは周知されている。

 そのまま工業団地に向かったところで――誰も、俺がいないことを不審には思わないはずだ。


 会社にとって、俺はその程度の価値だ。

 それでも、敵から会社を――ブレイブユニットを守るにはそれくらいしかできない。



 重い荷物を背負い、歩き続けて数時間。

 やっと、工業団地に辿り着く。


 食い入るような視線、俺の歩調に合わせるような足音。

 息を潜めた気配――ヤツは、いる。


 振り向いても、きっと姿は見えない。

 だが、間違いなく……しかけてくるはずだ。



 目星を付けていた廃工場、その裏口から入り込む。

 作業場の中心、大型加工機の陰に身を隠しながら荷物を広げた。



 自分で組んだボディーアーマー、装備品。

 折り畳んでいたサブマシンガンにアタッチメントを取り付け、弾薬を装填した弾倉を差し込む。

 吊り紐スリングを付けたショットガンに弾を込め、フォアエンドを操作。初弾を装填。

 拳銃の弾薬、予備の弾倉も問題無い。


 閃光手榴弾をアーマーのポーチに入れ、銃のスリングに身体を通す。

 弾倉をマガジンポーチに挿し、ヘルメットを被る。

 

 

 準備完了――


 サブマシンガンのレバーを引き、ロックされているそれを手で弾くように操作。

 初弾装填、安全装置を解除。いつでも撃てる。



 身を潜め、いつでも刺客を迎え撃つ体勢を整える。

 もしかしたら杞憂かもしれないが、それだったら……笑い話で済む。



 

 静寂の廃工場、さっきまで聞こえていた足音が――聞こえない。

 薄暗い室内。埃と油と、錆の匂い。時間が止まったような景観に、ようやく変化が訪れた。

 俺が来た方向から、足音が響いてくる。


 やってくるだろう刺客に、歓迎の銃撃を浴びせるためにサブマシンガンを構える。

 消音器サプレッサーの付いた銃口を通路の方に向けた。



 すると……人影が現れる。

 その人物の足取りは重く、周囲をしきりに見回しているようだ。


 刺客が作業場に現れ、その姿を晒す――その正体は……!?




 

 ミヅキだった。

 戦闘時に着る戦闘服の上にウィンドブレーカーを羽織り、手には彼女の武器である片手剣が握られている。


 やはり、敵は近くにいた。

 それが彼女だったことは、少し残念だが……しかたない。



 ――いや、考えれば……いくらでも疑いようがあるな。



 ミヅキは何かと俺に接触してきた。

 もはや積極的だったようなそれは、『小春機動警備』が教団を監視したり、警戒したりしていた辺りからだった気がする。

 そして、毎朝のようにつきまとうのは――俺を排除する機会を窺っていたからではないだろうか。


 すぐ近くにいて、敵とも思われない。

 完全に疑われないポジション――敵は、やり手だ。



 照準越しに彼女の様子を追う。

 いつも俺をつけ回しているくせに、見失っているらしい。

 毎日、どんな時でも俺を狙っていたというのに――なんとマヌケな姿だ。



 このままトリガーを引いて、殺してやってもいい。

 だが、ゆさぶりを掛けて情報を聞き出すべきだ。


 敵は1人じゃない。

 少なくとも、たった1人を監視・尾行するのに1チーム4人くらいの編成が必要なことは仕事を通じて把握している。

 どんなに高度な訓練を受けていても、最小単位は2人――これはどうしようもないはず。


 ならば、いるかもしれないを炙り出した方が勝率が上がるだろう。




「――ミヅキ、君なのか」

 声を張り上げ、工場全体に響かせる。

 

 ここは金属加工品を扱っている工場だった。

 加工機械から出る油煙の漏洩を防いだり、外気温の影響を防ぐために気密性が保たれている。

 だからこそ、音が反響するようになっていた。


 

 声の出所を探しているのか、きょろきょろと挙動不審な彼女は……とても刺客には思えない。

 だが、あれは敵だ。覚悟を決めろ――




「そうよ、大丈夫だから出てきて。シロタさん!」


 大声で呼びかけるミヅキ、足を止め――絶好の射撃タイミングが来た。

 サブマシンガンの照準サイトを彼女の頭に重ねる。

 あとは、トリガーを引けば……45口径弾が彼女を――



 ――落ち着け、まだだ……焦るな。



「……今まで、俺を騙してたんだろッ」



「――どういう意味ですかっっ!?」

 叫ぶように言うミヅキ。

 とても、俺を殺しに来たようには見えない。


 ――本当に、彼女は刺客なのか?


 最優先なのは敵の数を把握すること。

 もし、彼女が刺客じゃなかったとしても――1人でここに来るはずがない。



「どうしてここに来た!? 1人なのか?!」


 周囲を探るように見回しながら、ゆっくりと歩き出す。

 もしかしたら、こちらの位置を把握しつつあるのかもしれない。

 これ以上、声を掛けるのは危険だ。




「私と、ユミちゃんの2人だけです! お願いですから、姿を見せてください!」 


 正直に言っているとは思えない。

 だが、その言葉が本当ならば――射手が1人、どこかにいることになる。

 

 超能力を持つ戦闘部隊〈ブレイブユニット〉にいるということは、ミヅキもユミも能力を持っている。どのような能力なのかは知らない。

 


 ――厄介だな。


 ユミもまた、ここ最近関わるようになった女子だ。

 彼女は重火器の扱いに長け、銃撃戦も得意としている。

 訓練で何度か模擬戦と称して撃ち合ったが、勝てる気がしなかった。

 実銃ではなく、エアガンでの対決。6ミリBB弾でもかすりもしない。


 

 廃工場は比較的大きい建造物だった。

 作業場は1フロアしかないが、オフィス棟や工場の管理フロアも存在する。

 どこかから狙撃される可能性がある――ということになるわけだ。


 

 ――ここで足止めされれば、狙撃される。


 ミヅキが刺客なら、こちらの位置を特定しようとしているはずだ。

 狙撃手のユミと連携し、俺を無力化――つまり、殺す。


 

 やるしかない。

 自分の身を守るには、相手を倒す以外に方法は無い。



 深呼吸して、息を止める。

 サブマシンガンのトリガーに指を掛けつつ、アーマーに付けたポーチから閃光手榴弾を手に取った。


 ――やるしか、ない。


 意を決して、人差し指に力を入れる。

 抑えられた銃声、吐き出される空薬莢。発射された銃弾は――当たらない。


 射線には彼女の姿は無かった。

 立ち上がって、通路へと歩み出る。


 どうやらミヅキは撃たれる直前に伏せたらしい。

 姿勢を変えると、通路に倒れ込むような姿勢を取っているのが見えた。

 そして、俺の姿を見た途端――遮蔽物の陰へと逃げる。


 

 工場の奥へ下がりつつ、銃撃を浴びせた。

 位置を変え、遮蔽物に隠れている彼女の側面に回り込む。

 無防備な彼女に照準を合わせ、発砲しようとした時。ミヅキは明後日の方向に手を伸ばす――


 ――悪いな。


 トリガーを引く。

 跳ね上がる銃口、わずかに漏れる硝煙。消音器の付いた銃口の向こう、そこには血の海が……広がっていなかった。


 文字通り蜂の巣になるはずのミヅキ、俺と彼女の間には――宙に浮いた鉄板がある。

 発砲した銃弾は浮いている鉄板に弾痕を穿ち、を達成させてはくれない。



 ――ミヅキの能力は、念力サイコキネシスか!


 次の瞬間、銃弾を受け止めていた鉄板がこちらに飛んできた。

 咄嗟に遮蔽物に滑り込み、間一髪で攻撃を避ける。  

 あのまま棒立ちだったら、間違いなく胴体と下半身がすることになっていただろう。


 やはり、ここで時間を使うわけにはいかないらしい……



 ピンを引き抜き、閃光手榴弾を放り投げる。

 それが爆発するまで待たずに、俺は走り出す。

 コントロールに自信は無いが、彼女の近くに投げられたはずだ。これで時間を稼げる。


 工場の作業場、その奥へ進み――倉庫へ逃げ込む。

 ダンボールや鋼材が収納されている狭い部屋。身を隠せるスペースがたくさんあるし、出入りするドアが2つある。 

 この部屋に逃げ込むことは計画通りだ。あとはこの部屋で迎え撃つか、また時間稼ぎだ。


 サブマシンガンの弾倉を外して残弾を確認。空だ。

 新しい弾倉を差し込み、レバーを引いて装填されているのを確認。


 だが、接近戦はの出番だ。

 スリングで背に回していたショットガンを手にする。


 銃床ストックと銃身を切り詰めたソードオフ仕様、サブマシンガンよりコンパクトで使いやすい。



 ――さあ、来い……!



 駆けてくる足音、それは1人分。

 俺が入ってきた方のドアの手前で立ち止まり、様子を窺ってるのがわかった。



「どうしたのシロタさん!? 私は味方、安心して!」


 ――攻撃してきたくせに……!


 息を殺し、ショットガンを構える。

 装填しているのは大粒の散弾バックショット、当たれば文字通りになる。



「大丈夫、大丈夫だから……」


 確実に撃つなら、引きつける必要がある。

 棚の後ろ、ダンボールや印刷用紙の束で俺の姿が見えないはずだ。

 そして、こちらの射撃だけが通る状態。



 

 ――焦るな、焦るな……



 どれくらい膠着状態が続いただろうか、さっきから冷や汗が止まらない。

 過度の緊張状態と装備の重さで、じわじわと体力が削られている気がする。

 だが、これしきのことでバテるほど……ヤワじゃない。


 動けば悟られる。

 多少身動ぎするだけでも場所が割れてしまうだろう。

 

 だから、先に動いた方が負けだ。





 乱れる呼吸を整え、鼻呼吸を意識して音がしないようにする。

 そうしていると、かすかに……足音がする――気がした。



 それも、俺のすぐ真後ろから。


 いるはずがない、そこには……誰も、いてはいけない――















 ひたひた、うっすらと聞こえる。小さな足音。

 それは、すぐ後ろにいた。



 ゆっくりと振り返る。

 


 そこに人影は無い。

 あるはずがない――















 












 そこにあるのは、木製の置物。




 だった。


















 

 

 

 

 

   



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