第12話:歩くより遅く。だけど正確に、精密に

 闇の中に紛れて、集団で進む。

 先頭の2人が別れ、別方向へ。俺達はそのまま裏口へと向かう。


『――ポジションに着いた。作戦を開始する』


 無線から隊長の声が流れる。 

 それと同時に全員がヘルメットに付けている暗視ゴーグルNVGを降ろす。

 俺もそれに倣うようにゴーグルを降ろして、覗き込む。


 緑色の視界、小銃に取り付けた照準用レーザーが伸びていた。

 既に設定は終わっている、わざわざ照準器サイトを覗き込まなくてもちゃんと当たるようになっているはずだ。


 小銃を斜めに構えるようにして、隊列に加わった。

 突入するのは俺を含めた〈オペレーターユニット〉、中をある程度制圧したら世室内戦闘ができる〈ブレイブユニット〉の数人が飛び込むことになっている。


 

 ――やってやる……!


 緊張と不安、息が詰まって身体が強張る。

 何度も訓練でやった、何度も何度も。ゆっくり進んで、一部屋ずつ制圧していく。

 


『――シロタ、初弾を確認しろ』


 隊長からの指示。

 レバーを軽く引き、排莢口から弾が装填されているかを確認。

 ちゃんと薬室チャンバーに薬莢の姿がある。安全装置セレクターも外した。


準備完了レディ


 先頭の隊員が扉に手を掛ける。

 それと同時に、どこかで物音がした。おそらく建造物の電源を破壊したのだろう。

 そういう手順、作戦の内容通りだ。



 隊員が扉を開け、ぞろぞろと入っていく。

 足音はせず、物音もしない。まさに殺し屋ヒットマン小隊――気分はさながら海軍特殊部隊ネイビーシールズだ。


 何度も訓練したように、部隊が分かれる。

 建造物の構造は5階建て、東西に分かれるように複数の部屋。

 完全に制圧するには部隊を4つに分け、同時並行で各階を制圧しなければならない。

 そのために突入するのが16人のオペレーター、途中で最上階からブレイブユニットの4人が制圧を始める。



 ――落ち着け、大丈夫。


 入ってすぐの広間。そこを見張るA分隊チームに背中を預け、残りの3つの分隊が進む。

 

 地上階はただの受付とオフィス、普通のオフィスビルに見せかけるための場所。

 難無く部隊は進み、扉を開けては飛び込む。――敵はいない。


 まだトリガーを引かなくて済んでいることに安堵してしまう……が、作戦は始まったばかりなのだ。これからが本番。

 


 階段まで進行、下から見上げる。特に動きは無い。

 先に3階まで進むB分隊を見送り、D分隊が追い付いてきたのと同時に階段を上がっていく。

 すると、階段から薬莢が落ちてくる。間もなくして人影が上階から転げ落ちてきた。

 咄嗟に小銃を向けてしまうが、分隊員に止められる。

 死んだ敵に撃っても弾の無駄だ。頭ではわかってるが、身体が反応してしまった。



 深呼吸、深呼吸……過敏になってはダメだ。冷静に――


 階段を上がった先は2階、俺達C分隊の担当階だ。

 分隊長である〈シュガー〉さんを先頭に前進、訓練通りに俺はフォローを担当。

 ビルの廊下を進む2人の背中越しに、小銃を構える。

 部屋に突入する先輩2人の背後を守るのが俺の役割だ。


 ドアを蹴破りながら突入する前衛、消音器サプレッサーで抑えられた銃声と跳ねる空薬莢の音が廊下に響く。

 ノイズ混じりの緑色の視界、不明瞭な廊下に変化は無い。


 最初の部屋を制圧した2人が廊下に戻ってきて、別の部屋に突入。

 それに合わせて、俺と後方警戒の4人目が前進。

 次、また次と部屋を制圧。銃声がした部屋は3つくらいになるだろうか、予定通りのペースで作戦は進んでいる。



『3階は制圧した』


『4階も同じくクリア』


 他の分隊の方が早い。自分のせいで遅れているのかと思うと苛立ってしまう。

 あれだけ訓練して、色んな方法を試して……それでも足りないと突き付けられている。

 自分の至らなさ、才能の無さに絶望してしまう――が、今はそれどころではない。



『C分隊、2階最後の部屋に突入しますよぉ~』


 先頭のシュガーさんがハンドシグナルで号令を出す。

 それは俺も突入するという指示だった。


 訓練では、この先は広い部屋だった。

 応接間と事務所を兼ねているような、どこぞの『親分』が使っているような感じだったはず。

 

 小銃を構えながら前進。

 前衛2人と合流、隊列に加わる。

 

 先頭のシュガーさんがドアに手を掛け、2人目の〈ワトソン〉さんの背後に着く。

 ワトソンさんが手を広げ、順に指を折っていく。カウントダウン――

 

 開いていた手が握り拳になった瞬間、シュガーさんがドアを蹴り飛ばす。

 そこにワトソンさんが手榴弾を投げ込む。

 閃光と破裂音、その直後に部屋へ突入――


 ――信頼、仲間に頼る。任せる……


 キルハウスでユミに教わったことを思い出す。

 ルームクリアリングは1人でやろうとしない。チームメイトに背中を預け、仲間の死角を自分が突破する。

 

 今の俺なら、できる……!



 シュガーさんが飛び込み、ワトソンさんが側面に展開。

 俺はその2人をカバーするように動く。

 部屋の中には銃を手にした男が数人、その中の1人に照準を合わせる。


 小銃から伸びるレーザー、それを敵に向け――トリガーを引く。

 反動、くぐもった銃声、わずかに見える硝煙。そして、倒れる人影。



「……クリア」


 大きく深呼吸、血と汗と硝煙の匂い。

 頭がくらくらするが、まだまだ冷静を保てている。



『いいよ、シロタくん。その調子』

 シュガーさんが親指を立ててサムズアップ、俺を励ましてくれる。


『たしかに~! 訓練の時より動けてるじゃん』 

 ワトソンさんが俺をからかうように小突く。


 やっと、何かができると証明できた。

 そのことがただただ嬉しい。


『じゃあ、この調子で次もやっていこうか』


 後衛をしていた4人目の分隊員と合流。

 次の担当階――最上階の5階へ向かう。


 フル装備で階段を駆け上がるのはなかなかにしんどい。

 だが、以前よりはスタミナも体力もある。これくらいでへばったりはしない。



 そして、階段を上りきった最上階。

 本来なら屋上もあるが、この階段からはアクセスできなかった。



『――ブレイブユニット、配置に着きました』


 聞き覚えのある声が無線から流れる。

 それはユミ――ブレイブユニットで唯一、重火器で武装した女子だった。



『よし、こちらでタイミングを合わせる。10秒テンカウントで突入だ』


 隊長からの指示、それに合わせて攻撃を行うらしい。

 俺は訓練通りにシュガーさんとペアを組み、部屋に突入する準備をする。


 アイコンタクトで意思疎通、準備完了。

 


 この部屋には回収しなければならない物と数人の戦闘員、敵の幹部がいるはずだ。

 そうなるように敵を追い込んでいる――という作戦の流れだったと記憶している。

 あとは、仕上げ――殲滅だ。



 小銃のグリップを握り直し、静かに呼吸を整える。

 部屋は大きな通路のようになっていて、反対側からA分隊、屋上からロープを使って飛び込んでくるブレイブユニット。といった3方向から同時に制圧する。

 同士討ちすらあり得る状況、気を付けなければ……!


 唐突にシュガーさんが俺の小銃を指で突く。

 そうしてから、腰のホルスターを叩いた。


 ――拳銃を使えってことか?

 

 接近戦では拳銃の方が有利だが、射撃精度は大きく劣る。

 だが、小銃弾は貫通力が凄まじい。相手の向こう側に味方がいるとなれば、万が一の誤射でも拳銃弾の方がリスクが低いのは言うまでもない。


 小銃を吊り紐スリングで背に回し、ホルスターから拳銃を抜く。

 初弾を装填しているのを確認。突入準備は完了。

 ドアの方に向いているシュガーさん、その背後に着く。肩を掴むようにして意思表示。



『――9』


 隊長がカウントダウンを始める。

 数秒後には部屋に踏み込み、血の海が広がることだろう。



『8』


 拳銃のグリップを握り直し、シュガーさんの肩越しに構える。

 銃口には消音器サプレッサーは付いてない。

 シュガーさんはヘッドセットを付けているので、耳元で銃声がしても大丈夫だろう。



『7』


 ブレイブユニットのメンバーはレオ、ミヅキ、ユミ、ゼロ。

 ユミ以外は片手で扱えて、室内でも使えそうな感じの装備を持っている。

 練度はわからないが、挟撃するC分隊とA分隊で充分過ぎるくらいなはずだ。

 


『6』


 最後の仕上げ、最後の突撃。

 情けない姿を見せたくない。くだらないの意地だ。



『5』


 中高生のガキに人殺しまでさせるわけにはいかない。

 もう遅いかもしれない――が、俺は認めない。



『4』


 ここまでの流れは全部訓練でやった。

 倉庫のキルハウス、VR機材でのシミュレーション。

 ユミが丁寧に指導してくれたおかげで、なんとかここまで来たんだ。



『3』


 やれる。やるしかない。

 訓練のおかげでショックは受けてないが、俺はもう人殺しだ。

 あとは……やれることをやるだけだ。



『2』


 標的を捉え、照準に収めてトリガーを引く。

 撃ったら次、撃ったら次。

 冷静に、冷徹に、機械的に――



『1』


 仕事だから、生活のためだから、そんな言い訳はしない。

 今は成すべきことのために。

 それが、であっても。

 

 ――やってやる。そんなことくらい……!



『0――』


 シュガーさんがドアを開ける。椅子が整列していて、カーペットが目に入る 

 その先には銃を手にした男と女、ファンタジーアニメの魔術師みたいなローブ。

 魔法の杖の代わりに、拳銃が握られていた。


 数は7人。

 シュガーさんが左側にいる敵に銃口を向けている。

 俺は反対の右側、端にいる男に照準を重ね――トリガーを引く。

 

 反動、発射炎、銃弾が命中して血煙が咲く。

 敵の向こう側、反対側からエントリーしてきたA分隊が銃撃を浴びせた。

 それとほとんど同時に窓が割れる。ラペリングロープと共に飛び込んできたのは、ブレイブユニットの4人。

 その1人、サブマシンガンを手にしているユミが奥の方に銃口を向けている。 


 ――そこは……?


 俺はシュガーさんの背後から離れ、ユミが見ている方に拳銃を構える。 

 そこには豪華な装飾が施された大きな扉があった。建造物の図面やシミュレーションには無かったものだ。

 

 ――大丈夫、カバーは足りている。


 室内の敵はA分隊が掃除してくれる。

 もし、足りなくてもシュガーさんが対応するだろう。


 

 大扉に接近、様子を確認しようとした矢先――ユミの銃撃が大扉を射抜く。

 金属のような光沢――ただのメッキが砕かれて、中の木片を撒き散らす。

 そして、大扉が開いた。


 そこにいたのは、男。

 銃を手にしていたが、そのまま崩れ落ちる。


 どうやら、ユミは大扉の向こうにいた男の存在を感知して銃撃を浴びせたらしい。

 ただの木造扉ではサブマシンガンから発射された銃弾を防ぎきれず、いとも簡単に貫通して男の急所――心臓や頭部に見事命中していた。



 俺は男の屍を飛び越え、大扉の向こうへ踏み込む。

 そこには、何かを飾る――祀るかのような祭壇があった。

 仰々しいと感じるような形で置かれているそれは、作戦会議の時に共有されたの特徴と一致している。


 

 ――落ち着け、目を奪われるな。


 部屋は狭い。

 咄嗟に周囲を見回す――が、敵影は無かった。



「こちらC分隊、ターゲットを確保」


 暗視ゴーグルを外すと、部屋の照明が点いた。

 これでばっちり見える。

 



『了解、確保しろ。シロタ』


 バックパックを降ろし、中から専用のケースを取り出す。

 折り畳み式のコンテナ、それと一緒に梱包材もたくさん持ってきている。



「確保します」


 安置されているそれを手に取る。

 傍目から見ても、木造の何かであることがわかった。


 だが、なんだか妙だ。

 何かが……欠けている気がする。



 円柱状のそれは、木彫りの置物。

 木目がここからでもはっきり見える。

 

 それにゆっくり近付きながら観察していると、記憶の奥底からの正体が浮上してきた。

 思わず、それが口に出てしまう。



「そうか、だ――」



 木彫りで、円柱の身体に丸い頭が付いている置物。

 記憶の中にあったそれと、目の前にある目標物とは微妙に造形が一致しない。

 それもそのはず、肝心ののだ。



 それを手に取る。

 たしかな重量感、木の独特な質感が感じられる。

 そして、不意に――本来頭があるはずの部分を……覗き込んでしまった。


 円柱の上部、そこには穴が空いていた。

 こけしを手にしているはずなのに、大きな水筒の中身でも覗き込んでいるような感覚になる。中身はあるはずがない――なのに、その中を、空洞をじっと見てしまう。



 ――何も、無い。


 木彫りの置き物、それを筒状にしたからといって……これほど中が暗く見えるものなのだろうか?

 それにしては、中身がみっちり詰まっているように重い。不思議だ。




『――確保はどうした、シロタ』

 隊長の怒声によって、意識が現実に引き戻される。


 俺はどうして、こんなものを眺めていたのだろうか。

 意味の無い行動に、自分でも困惑してしまう。


 

 折り畳みコンテナを広げ、バックパックから梱包材を取り出して敷き詰める。

 そして、目標物である「頭の無いこけし」をそこに入れた。



「ターゲットを収容――」


 ――そういえば、あの穴って……


 

 コンテナの蓋を締めようとした手を止め、木製のそれを手に取る。

 再び、円柱の上部を見ると――そこには……


































「穴が、ない……?」



 本来、こけしの頭がある部分。

 首の根元になるだろう場所には、綺麗な切断面があった。


 水筒と間違うような穴は無い。

 なら、さっき見たのは――いったい、なんだったんだ?







『――シロタくん、早くしないと撤収に遅れちゃうよ?』


 優しい声色のシュガーさん。

 隊長と同年代とは思えない優しいおっさんの声色で俺を急かす。



「すみません、今すぐ行きます」


 目標物をコンテナに収め、蓋を閉じる。

 事前の指示通り、コンテナを覆うように布を被せて真っ黒なビニール袋へ入れる。

 それを担いで、俺は立ち上がった。



 敵はいない、あとは建造物を出て、車に乗るだけ。

 安全は確保されている。はずだ――









 それなのに。










































 どうしても、背後が気になってしかたない。


 


 



 ふと、誰かが俺の名を呼んだような気がして――振り返ってしまう。














































 どうして



























 俺以外の足音が、聞こえるんだ?

 



 

 

 

 

 

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