第11話:噛み合わない歯車を回す努力に、噛ませる努力

 木板で仕切るように組まれた通路を、銃を構えたまま進む。

 上司、先輩方もフル装備、銃には訓練用の軟弾頭フランジブル弾が装填されている。


 先導する先輩方に続き、俺もじわじわと進行。

 破裂音、銃声、銃声――



「クリア—―」


 部屋に突入した先輩からの合図。

 俺は後方を警戒している先輩の肩を叩き、先にある部屋へ進む。

 通路と同じく木板で囲うように作られた部屋、そのいくつかあるドアの脇に部隊員が張り付いている。



 ――えーと、俺は……


 二の腕、ボディアーマーに付いてるパッチから部隊員を判別する。

 俺とペアになるのは、副隊長である〈シュガー〉さんだ。

 ボディアーマーにマグカップを模したパッチがあるのを確認し、配置に着く。


 ゴーグルとフェイスマスクバラクラバを着用しているせいで表情はわからない。

 視線がぶつかったような気がしたと思った矢先、〈シュガー〉さんが頷くような仕草をする。


 俺も頷くように意思表示すると、〈シュガー〉さんはドアを少しだけ開け、そこにポーチから取り出した手榴弾を投げ込む。

 耳鳴りがするほど大きな破裂音、その直後に部屋に足を踏み入れる。


 微妙に煙たい部屋の中、小銃を構えながら突入。

 部屋を見回し――人型の的に照準を合わせ、トリガーを引く。

 銃声、反動、発射炎。落ちる空薬莢が音を立てて転がる。

 

 標的は……2体、これで制圧完了。



「……クリアっ――」


 部屋の中を制圧したことを知らせようとすると、物陰から人影が現れた。

 その人物の手にはナイフが握られている。


 ――しまった!!


 咄嗟に距離を取ろうと後退ると、そこには続けて部屋に入ってきた〈シュガー〉さんがいたらしい。

 背中からぶつかった感触、くぐもった呻き声。それに意識を取られてしまった瞬間――天地がひっくり返った。



 肩からコンクリートの床に叩き付けられる。

 その痛みに、頭の中が真っ白になった。








「――状況終了」


 聞き覚えのある男の声、顔を上げると……隊長がいた。

 ナイフを手に襲ってきたのは、敵役の隊長――〈ロック〉さんだ。



「……お前さん、どうして1人で突っ走っちまうんだ?」



「まーまー、イシちゃん。シロタ君は今日初めてなんよ? 加減してやって」


 〈シュガー〉さんの手を借りて、立ち上がる。

 受け身をうまく取れなかったせいで、身体の節々が痛い。



「エントリーからもう一度やり直しだ、戻れ!」


 ぞろぞろと来た道を戻る隊員達。

 シュガーさんが『大丈夫、次は気を付けよう』とフォローしてくれるのも虚しく、俺は何度もミスをしてしまった。



 ここは基地の敷地内にある大きな倉庫。

 近々行われる任務のために、わざわざ標的の建造物と同じ間取りを再現しての突入訓練をしている。

 俗に言うキルハウスというやつだ。



 前後の隊員と連携が取れなかったり、進むべき道を間違えたり、突入のタイミングがズレたり……散々だ。


 とりあえず、今日の訓練は終了。

 チームは解散。俺以外の全員が倉庫から出て行った。




 こういった訓練は初めてである。

 そして、制圧任務も同じだ。


 銃を手に、人と戦う……これもまた、アイツらブレイブユニットのため――



 拳銃を構えながら通路を進む。

 コーナー、複数のドア、突入。訓練でやった動きを一通りこなす。


 撃たれる前に撃つ――そのためには丁寧に敵を探し出し、冷静に発砲しなければならない。

 だが、訓練ではそれが全く出来ていなかった。



 1人で建物を進み、一部屋ずつ制圧。

 チームでの動きの前に、こうしたルームクリアリングというものを掴んでいた方がやりやすくなるのではないか――という結論に至った。


 だから、こうして居残りして訓練を続けている。




 ――クソ、思ってるよりキツいな……これ。


 ボディアーマー、ヘルメット、ダミーの装備。実際の任務と同じ状態での行動は普段の訓練とは全く異なるものだった。

 動きにくいし、とにかく重い。

 まさにストレス、集中力がどんどん落ちていく。



 最後の部屋のドアをゆっくりと開け、入る前に部屋を見回す。

 置きっ放しの的に向けてトリガーを引く。空撃ちの虚しい音を指先で感じながら、部屋に飛び込み――物陰を確認。


 これで7回目のクリアリングを終えた。

 拳銃をホルスターに戻し、ヘルメットを脱ぐ。 

 蒸れた汗の匂いで、ヘルメットから刺激臭がした。仰ぐようにしてヘルメットの内側を乾燥させようと試みる。



 戦闘服の袖口で額の汗を拭い、顔を上げる――すると、頭上にある足場に人影があった。


 薄暗いキャットウォーク、それでも人影が女性だということくらいはわかる。

 こちらが見ていることに気付いたのか、手すりから身を乗り出すような姿勢になった。




「シロタさーん、もう訓練は終わってますよー!」


 その声は〈ユミ〉だ。

 ブレイブユニットの中で唯一、普通の武器――重火器で戦う女子。

 移民のハーフで、海外で射撃経験があるらしい。


 彼女のおかげで、人から笑われないくらいには射撃が上手くなれた。

 感謝してもしきれないくらいだ。



「自主練だよー」


 声を張り上げ、ユミに伝える。

 ちょっと頑張り過ぎたせいで、喉が痛くなった。


 

 ――さて、もう1回だ。


 元来た道を引き返し、スタート地点。建造物の入り口となる部分へ向かう。

 そこには、装備をまとった状態のユミが待っていた。手には小銃がある。




「良ければ、1回お付き合いします」


「……いやいや、そこまでは」


 情けない自分に鞭打つためにやっていることに他人を巻き込みたくはない。

 だが、彼女の表情からは有無を言わさないという意思が読み取れた。



 そのまま、俺はユミと一緒にキルハウスに突入する。

 2人で建物を制圧するために進む――と思いきや、急にユミは足を止めた。

 そして、俺に振り向く。




「シロタさん、1人で頑張り過ぎです」


「……へっ?」


 急に手を掴んできて、通路の先へと進む。

 いくつかある部屋の中、そこに連れ込まれた。



「この部屋を制圧するとき、シロタさんならどう動きます?」



「えーと……実演でもいい?」

「どうぞ」


 一度、部屋から出る。

 閉まった薄板のドアを開き、通路側から部屋を見回す。立ち位置を変え、見える範囲をスライドするようにして部屋の中の安全を確保。

 そして、飛び込むようにして――さっきまでの死角に銃を向けて飛び込んだ。


 これで部屋の安全を確保。制圧――



「……ダメです、シロタさん」



「……ごめん、どの辺りが?」


 再び腕を掴まれ、部屋の外――突入の直前に戻される。

 そして、ユミは小銃を構えた。



「突入してください」



「……はい」


 

 さっきと同じ流れで突入する。

 通路から部屋の様子を窺い、中に突入。死角となっていた空間を最後にチェックして完了。




「ダメです」


「あの、良ければ具体的な改善点を……」



 無表情のようなユミ、また腕を掴まれ部屋の外に連れ出される。

 これを何度繰り返すのだろうか――と思っていたら、今度は彼女が前にいた。



「シロタさんは、自分をフォローしてください」


「君を、俺が?」

 大きく頷くユミ。

 戦闘中の彼女を見たことは無いが、キルハウス訓練にも参加していた。

 その動きは他の隊員とそう変わらない練度を感じさせる印象を受ける。


 ――俺がフォロー? 必要無いだろ……



 拳銃を構え直し、彼女に続く。

 さっきまでの俺とは違い、彼女はスムーズに部屋に突入した。

 そして、1人で部屋の安全を確保する。



「――シロタさん」


「……は、はい」


 気付けば、俺は部屋に立ち入ってすらいなかった。

 彼女は完璧にルームクリアリングを成功させている――気がする。

 

 しかし、彼女の表情――からはわからないが、なんとなく不満そうな感じがした。



「シロタさんは、自分をフォローできそうでしたか?」


「ええと……フォロー要らないくらい、完璧だったと思うけど」

 俺がそう言うと、ユミは首を横に振る

 長い髪がふわりと揺れる――その頭髪の影にあった瞳には、困惑の色が浮かんでいた。



「いいえ、あのままだったら自分は死角にいる敵に撃たれて死にます」


 ユミの言葉で、訓練でのシーンが脳裏に蘇った。

 物陰から現れる敵、その手にはナイフ。対処が遅れた俺――ユミはそのナイフを胸に深々と突き刺され……崩れ落ちる。

 血溜まりが広がり、目は開いたまま微動だにしない。


 それが、結果だ。

 このまま任務に参加すれば、きっと死ぬ。




「シロタさん」


 ユミが俺の手を握る。

 分厚いグローブごと、彼女の細くて小さな手に包み込まれた。

  


「自分たちを、みんなを――信頼してください」





「俺、そんなに……ダメだった?」

 

 大きく頷くユミ。

 そして、言葉を続ける。



「もっとチームの動きを感じてください。見るだけでなく、肌でも感じるというか……もっと俯瞰的に」


 ついこの間、ようやく銃をまともに撃てるようになった程度の男に求めるレベルとしては、かなり高い物のような気がする。

 

 だが、諦めるつもりは無い。

 とにかく、やるしかなさそうだ。



 再び、ユミと一緒にキルハウスを進む。

 今度は1人じゃない――ペアである彼女と共に、連携する。


 自分が対処できないところを任せ、効率的かつスピーディに。

 次第にユミの動きがわかるようになってきた。

 そうなってくると、自分と仲間が見ている範囲や方向が意識できるようになる。


 彼女が言っていた感覚が掴めてくると、苦行でしかないルームクリアリングが楽しくなってきた。




 俺とユミの訓練は深夜まで続き、倉庫の様子を確認しにきた隊長の怒声によって終了となる。

 彼女を家の近くまで送迎し、日付が変わった頃にようやくシャワーを浴びた。

 たった数時間の睡眠、寝不足になるのは間違いない――が、翌日の訓練では一度もミスせずにキルハウスを踏破できた。


 30歳を過ぎた身だが、まだまだ成長できる。

 それを実感できて、少しだけ前向きになれる気がした。

 

 


 

 

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