第9話:鍛錬は嘘をつかないが、技術に飛び級は無い

 トリガーを引く。

 甲高い銃声、銃口から迸る閃光、銃床から伝わってくる反動。

 もう何度も射撃しているが、的に掠りもしない。


 銃から小さな動作音がして、弾が出なくなった――いや、弾切れだ。

 空の弾倉を引き抜き、新しい弾倉を押し込む。それからレバーを動かして初弾を装填。

 

 再びトリガーを引く……が、弾は的に命中しない。



 後ろから隠そうともしない嘲笑が聞こえてくる。

 嘲笑なんてものじゃない。俺の射撃が当たらないことに腹を抱えて笑っているのだ。



「――4マガジン撃っても当たらないって……どういうことよっ!!」


 あははは、と笑い転げる勢いで腹を抱えている博士。

 このまま振り向いて、自動小銃を撃ちまくりたい気分だ。

 しかし、銃を手に振り向く最中で博士の傍にいる隊長に撃ち殺されるだろう。そんなマヌケなことはするつもりはない。



 「見物ナイスジョークだったわ」と言い残して、博士と隊長は射撃場から消えた。

 俺はヘッドセットを外し、自動小銃から弾倉を抜く。レバーを引いて手動排莢、これで銃の中に入っていた弾は無い……これで安全だ。


 シューティングレンジ内のテーブルに自動小銃を置く――と、乾いた破裂音。

 

 ――まさか、暴発!?


 すぐに自動小銃を手に取り、弾が入っていないか確認。

 弾倉も無いし、手動排莢したから残っているはずが無い。


 どういうことなのだろうか、と思っていた矢先。続けて銃声が鳴る。

 周囲を見回すと、別のレーンで自動小銃を構えている女性がいた。その銃は俺に支給されている『ヘリオン』ではない。

 軍用から民生品と幅広く使われている『キャリバー』と呼ばれているタイプのものだ。値段も手頃でたくさんのメーカーから類似品やパーツが出ているので実用性とコスパに定評がある。


 女性は射撃姿勢を解き、こちらを見た――

 ヘッドセットとシューティンググラスを外して、こちらに頭を下げる。


「――すみません、邪魔してしまいました?」


 その声には聞き覚えがあった。

 長い髪、物静かな雰囲気の女子、中高生で編成された部隊『ブレイブユニット』で唯一、重火器で武装していた子だ。

 たしか、ユミという名で呼ばれていたと記憶している。


「あっ、どうも」

 つい釣られて頭を下げてしまう。

 向こうは銃を置き、こちらのレーンに向かってきていた。


 隣のレーンくらいの距離になって、彼女は何かに気付いたような顔をした。

 表情が明るくなり、堂々と俺のいるレーンに立ち入ってくる。



「もしかして、〈シロタ〉さんですか」


「ああ、そうだけど……」


 社内での名前、彼女がそれを知ってるのは同然だ。

 数日前まで、俺は調査員という名の雑用係で『ブレイブユニット』の送迎を担当していた。

 おまけに、彼女の装備に積み降ろしを手伝ったりしていたから顔を覚えられるのは当然だ。他の社員はそういった気遣いをしている様子は無い――となれば、珍しい行動をする人員として印象に残るのは間違いない。


 


「どうされました?」


「いやぁ、気を抜いてて。銃声に驚いただけですよ、まだ慣れてなくて……」


 我ながら情けない言い訳に涙が出そうだ。

 まさか女子高生に「何発撃っても、的に当たらなくてへこんでます」なんて言えるわけがない。


 だが、ユミは俺の言い訳が嘘だと見抜いているかのようにシューティングレンジのボタンを操作した。

 モーター音と共に、遠方にあった的が近付いてくる。

 

「レンジを使い終わったら、ターゲットを交換できるように近付けておいてください」


「……ああ、うん」


 そして、近付いてくる的を見て――俺と無傷の的を見比べる。

 穴1つすら空いてないターゲットを前に、ユミは頭を下げた。



「――すみません、配慮できなくて」


「いやいやいや、色々教えてくれてありがとう。的が動くタイプのシューティングレンジは初めてだからさ、助かったよ!」


 誤魔化すように笑う――が、射撃が下手なのは変わらない。

 それを暴いてしまって、恥を掻かせてしまったとでも思っているのだろうか。

 彼女は申し訳なさそうな表情のままだった。



「……自分、いつも空気読めないって言われてて。ハーフだから、ちゃんとした日本人じゃないからだと思うんです」


 ――なんか、話が重い方向に流れてしまった。


  

 仕切り直すために話題を考える。

 俯いてブツブツと何かを呟くユミ、彼女がいたレンジに置きっ放しの小銃――『キャリバー』が目に止まった。



「そういえば、どうしてキャリバー使ってるの? みんなヘリオン使ってると思ったんだけど……」


 装備を統一するのは色んな点で有利だ。

 同じ銃を使い回せるし、修理や点検に必要な部品を揃えやすい。

 違う弾倉マガジンを使うタイプなんかだと、本当に大変なことになる。それぞれのタイプごとに消耗品や部品を揃えないといけない。



「それは、自分で買ったからです」

「そ、そうだったんだ……」


「日本に移民してくる前までは狩猟に参加してたので、銃の扱いには慣れてるんです」


 そういえば、彼女は欧州からの移民だった。

 フルネームは……ちょっと覚えていない。後でプロフィールを確認しよう。



「そうなんだ……良かったら、俺の射撃を見てくれないか? ヘタ過ぎて博士に笑われちまって」


「それくらいでしたら……」


 彼女も俺の下手くそな射撃を見て笑ってくれるなら、恥を晒す甲斐がある。

 少なくとも、多少の気まずさは吹き飛ぶはずだ。



 ユミがヘッドセットを付けたのを確認し、自分も射撃準備を済ませる。

 標的を奥へ移動させ、弾倉に弾薬を込め、自動小銃に装填。

 レバーを引いて発射状態に移行――構え、狙いを定める。

 

 片目を閉じ、意識を集中――的の中心に照準を重ね、トリガーを引く。

 破裂音、衝撃、発射音。


 単発射撃を何度か繰り返し、構えを解く。

 弾倉を外し、小銃内の弾を抜き、テーブルの上に置いた。

 同じくテーブルに点けられているボタンを押して、移動させた的を手元にもってくる。


 結果は――予定通り、風穴1つ無い。



 ――ちゃんと狙ってるんだけどなぁ……



「ははっ……ほら、1発も――」


 的を指差しながら振り返る。

 そこには、真剣な表情をしたユミがいた。

 少しも……笑ってない。



「もう一度、構えてみてもらってもいいですか?」


「ああ……わかった」


 弾倉が入ってない状態で小銃を構える。

 無傷の的に銃口を向け、片目を閉じて照準を覗き込んだ。


「こうでいいか?」


「ありがとうございます」

 ユミがすぐ真横に立つ。

 そしで、確認するかのように俺の身体を触り始めた。



「――片目を閉じないでください」

「はいっ!」

 閉じていた左目を開ける。視界がぼやけて照準が見えにくい。


「脇を締めて、顔は傾けずにしっかり頬付けして……あとフォアグリップが前過ぎですね。調整しましょう」


 ――俺、女子高生に指導されてる……!


 銃には多少の知識はある――が、正規の訓練を受けたわけじゃない。

 ただの銃器オタクで、知識も付け刃みたいなものだ。

 海外で扱いを学んだ彼女からすれば、俺はガキと変わらないのだろう。


 構えを解くと、ユミが俺の小銃を手に取る。

 小銃前部に付けたグリップの位置を動かし、照準位置を直す。

 銃床ストックの長さを調節し、俺に手渡してきた。



「脇を締めて、ファイティングポーズを取るような感じで構えてみてください」


 ――ファイティングポーズ? ボクシングの構えみたいな感じか?


 さすがに格闘技には興味が無かった。

 学生時代に授業で柔道を習ったくらいで、あとはアクション映画の動きがわかるレベルでしかない。

 カンフーだの、マーシャルアーツだの、システマだの、そういう単語を聞きかじった程度だ。



 小銃を構え、片目を閉じ――ないように両目を見開く。

 すると、さっきよりも少し構えやすいように感じた。

 はっきりと言葉に表せないが、明確に違いがある。何故か、こう……しっくり来る感触。


 さっきまではどこか体格に合ってない感覚だった。

 頑張って構えて、持て余す感じ。外国人が作った銃だから身体に合ってないのだとばかり思っていたが……どうやら、俺の構えと設定が間違っていたらしい。



「そのままでいてくださいね」


 小銃を構えている俺の横で、ユミがレンジのテーブルにあるボタンを押す。

 目の前にあった的が奥へと移動する。最奥の手前で動きが止まった。



「そのまま撃ってみましょうか」

 彼女はそう言って、テーブルにあった弾倉を小銃に差し込む。

 レバーを引き、セレクターを動かす。これでトリガーを引けば撃てるようになった。


 だが、さっきよりも狙いにくい。



 片目で照準を覗き込めば、しっかりと狙いを定められる。

 焦点が合い、照準と標的を重ねられるからだ。


 しかし、両目で見ると……標的はばっちり見えるのだが、肝心の照準に焦点が合わないので少しも狙えない。



「……よく狙えないよ」


「右目に意識を集中してみてください。今は両目で見ようとしているんだと思います。そのせいで焦点がズレてるのではないかと」


 ――なんだそりゃ……?


 両目を開けているんだから、両目で見ているに決まっている。

 それなのに、片目を閉じずにというのは無理だろう。


 しかし、せっかく指導してくれているのだ。その気持ちに応えるべきだ。



 深呼吸をして、自分の姿勢を確認する。

 脇を締め、片目を閉じず、顔は傾けない。


 そして、右目に意識を集中させる――



 すると、片目で見たときほどではないが、照準が見え始めた。

 手前はぼんやり、的はくっきりと見える。


 ――これで、いいのか?


 トリガーに指を掛け、再度深呼吸。

 吸って、吐いて、吸って――止める。


 ――当たってくれ。


 トリガーを引く。

 発射炎、反動、銃声、空薬莢が床を跳ねる音。


 そこには、確かな手応えがあった。

 安全装置を掛け、テーブルのボタンを押す。

 ゆっくりと戻ってきた的の中心には、誰が見てもわかるような1つの弾痕がある。




「……当たった!」


 すぐ横で小さな拍手をしてくれるユミ。

 彼女の微笑みを見て、俺は心の底から嬉しいと思った。


 人生30年で年下の女子にあれこれ指導され、それでようやく当たり前のことができるようになった。

 でも、できるようになったということが、素直に嬉しい。



「おめでとうございます。この感覚を忘れないでくださいね」


「ありがとう、本当に」


 これまで何もかもが上手くいかない人生のように思えた。 

 そんな俺でも、少しくらいは成長できる余地があるらしい。


 俺とユミは競うようにシューティングレンジで撃ち続けた。

 お互い、手持ちの弾薬が尽き、深夜になって射撃場を出る。

 彼女を家まで送迎すべきだったが、ユミはそのまま徒歩で帰宅してしまった。


 シャワーを浴び、自室に持ち込んだガンケースを眺める。

 これから使う仕事道具に、愛着が湧いてきた感覚があった。

 今も昔も、銃が好きなのは変わらない。


 これからは、もっと銃を好きになれそうな気がした。

 

 

 

 

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