第8話:素人に一級品、アマチュアでも一級品、プロは使い慣れた物を
日課のトレーニング、朝礼を終え、自分の日程を確認する。
社屋のオフィス、その自席で自分の手帳を開く――が、今日は任務が無い。
先日の作戦、湾港でのキマイラ2体討伐から数日が経った。
俺は2件の監視任務と1人の尾行に参加していたが、今日はその予定が無い。
本来なら1日中訓練をするべきなのだろうが、一般社員――ここでは調査員というらしい。調査員は射撃訓練場を使うには予約と許可が必要だった。
この仕事で銃を使わなくてもいい、という甘い考えは無くなった。
最悪の場合に備えて、きちんと銃を撃てるようになりたい。
そう思って、隊長に相談してはみたが……望みは薄そうだ。
――まぁ、待機も仕事の内だよな。
半日待機というのは経験があったので、特に判断に迷うことは無い。
オフィスで座って過ごし、無線機や電話を通じて送られてくる『要請』に応じるというのが、待機の仕事だ。
つまりは、応援部隊――もしくはベンチ。
それはつまり、意外と書類仕事が多いことだ。
武力を必要としているのは民間、行政、個人と様々である。
依頼を遂行するために違法性が無いことを証明するために、あれこれと許可とやりとりの書面や証拠を用意する必要があった。
作戦が終わってからも、報告書を含めた書類作成をしなければならない。
所属している人員は大抵の場合、外に出ていることが多い。
残った数人で書類をやっつけるのはいつものことなのだ。
――まぁ、事務仕事で死ぬことは無いからマシか……
オフィス中央のテーブルに山積みにされた書類を適当に取り、紙束を自分の机の上に置いた。
それぞれの様式に合わせ、クリップで一緒に留められている資料の内容を記載していく。
任務の内容や性質によって、提出書類や報告書の内容は大きく変わる。
PACが
クライアントとは無関係の自治体や政府に活動報告や実績を公開しないといけなかった。
暴力団組織――ヤクザやマフィアとの繋がりや関連性を潰すためなのだろう。
今の時代、普通に生きていても銃撃戦に巻き込まれるような世の中だ。
都心では外国勢力が幅を利かせているが、地方都市では極道――ヤクザが復権しつつあるらしい。
無論、PACはそういった暴力団組織のアジトに対する偵察や突入の仕事もある。
調査員が突入までやることは無いだろうが、実際に宗教団体を監視したりはしていた。日本も物騒になってしまったものだと実感させられる。
ボールペンを走らせ、あるいはノートPCで保存された資料に目を通し……数時間が経った。
相変わらず、待機は暇だ。
自席と書類置き場を何度も往復もしている。
他のメンバーは雑談しているか、あるいは居眠りしているかだ。真面目に書類仕事をしているのは俺だけらしい。
新しい書類を手に、再び自席に戻ったタイミングでデスクの電話がなった。
ディスプレイに表示されているのは、社長室のようだ。
しかし、誰も取る気配が無い。
――やれやれ、新人は仕事が多くて大変だ。
受話器を取り、耳に当てる。
「こちら、〈シロタ〉――」
「――ちょうどいいわね、今すぐ社長室に来なさい」
俺をスカウトした女社長、リトルスプリング博士からの呼び出しらしい。
相変わらず、唐突な女だ。
いつも無茶苦茶な指示を出してきて、おまけに危険に放り込んでくる。
だが、それは俺だけに限った話じゃない。
手を付けていない書類の束を元の場所に戻し、俺は社長室に向かう。
社屋の2階、堂々と社長室と書かれた扉のドアノブに手を掛けた。
この部屋に入るのは、例の誘拐されてきた時以来だ。
普段は会議室やブリーフィングルームに呼び出されることが多い。
だから、これは指示や任務の話ではないことは明らかだろう。
ドアを開けると、相変わらず良からぬことを考えていそうな顔があった。
そして、机の上には武器用のハードケースが積まれている。
「失礼します……」
社長室に入り、机の前に立つ。
武器ケースは2つ、拳銃が入りそうなケースもあった。
「この間の任務、大活躍だったわね」
――いつの話だ?
ほとんど毎日のように何かの任務に駆り出されているため、具体的な内容と日時を言ってもらわないとわからない。
だが、それは本題ではない。肝心なのは呼ばれた理由だ。
「ありがとうございます」
「そこで大活躍のアンタに、良い知らせがあるわよ」
そう言って、A4用紙の書類を突き出してくる。受け取って、読んでみると……それは辞令だった。
「昇給……!?」
調査員としてもらっていた給料は一般企業と比較しても、割と良い方だった。
今度はそこに10万円も増える。他の待遇は変わらないが、それでも破格であるのは間違いない。
――PACは儲かるんだな……?!
昇給なんて千円単位、もしくはそれ以下が当たり前だ。
それが急に10万円という途方もない額を毎月支払うというのは、何かあるに違いない。
それに、俺の調べでは『小春機動警備』は稼げるようなクライアントから仕事を受けていないように見える。
PACは傭兵ではないが、
だが、書類仕事で仕事内容を垣間見ても、富豪とか政府要人の護衛や周辺警護の任務はほとんど無い。つまり、大型案件というものを抱えていないということになる。
怪獣退治や不審な団体の監視で会社が大きな利益を得ているとは思えない。
このタイミングでの昇給というのも、色々怪しい会社だ。
――まぁ、自由に使える金が増えるのはありがたい。
「ほら、サインしなさい」
続いて渡された書類とペンを渡され、応接用のテーブルセットに着席。
そして、自分の名前を記入しようとペンを握った――
だが、こんな風に意気揚々とサインして大変な目に遭っている。
――俺はもう騙されないぞ……!
書類の内容は昇給、昇進について書かれている。
これまでは調査員だったが、これからは武器装備を使用できる「オペレーター」になるという変更点があるらしい。
〈オペレーター〉というのは、戦闘を主任務とした部隊員だ。
調査員は尾行、監視、輸送や送迎といった内容が任務だが、〈オペレーター〉は強襲、制圧、護衛、と物騒な内容になる。
つまり、銃を使うことになるわけだ。
「……オペレーターになるとどれくらい危険な目に遭うんですかね?」
俺は顔を上げ、博士に問う。
すると、机の上に置いていたケースの1つを開封。中に入っていたものを投げてきた。
両手で受け止めたそれを確認すると、真っ黒な散弾銃だった。
「それにサインしたら、この机の上にあるものはアンタの物よ」
受け取ったそれはアメリカ製のポンプアクション式のショットガン。
映画やゲームでの登場はもちろん、警察や軍隊と幅広く採用されている名銃。
米軍で採用されているミリタリーモデルのようだが、このタイプは許可さえあれば民間でも普通に購入できる。
拡張性もあって、耐久性もしっかりしている。様々な弾も使える点が魅力だ。
――まじかよ、こんな銃を……?
フォアグリップを握り、手元にスライド。
重い動作音と共に排莢口が開き、薬室が開放される。動作はスムーズだし、そこまで汚れていない。
弾が入っていないことを確認してからトリガーを引く……きちんと機械的な動作音が聞こえた。
――やっぱ、銃はいいなぁ……
画面の向こうでしか拝めなかった銃が手元にある。その悦びに打ち震えていると、博士は次々とケースを開封してから手招きしてきた。
「そんなものだけで満足しないの。まだまだあるわよ」
ショットガンをテーブルに置き、席を立つ。
博士の机の上に広がっている光景に、俺は言葉を失った。
自動小銃、自動拳銃、サブマシンガン、マグナムリボルバー……
まさに『戦う漢セット』がそこにあった。
「す、すげぇ……ほんとに、これが俺のモノに……?」
「もちろんよ、サインすればの話だけど」
自動小銃はアメリカのメーカーであるSF社の〈ヘリオン〉、民間軍事会社や警察特殊部隊でも採用例のある銃。機関部がトリガーより後ろにある「ブルバップ式」で、各部のパーツを交換することで射手やシチュエーションに合わせて使い勝手を変えられるし、射撃性能のペーパースペックは一級だ。
サブマシンガンと拳銃はドイツのメーカーのH社の有名なヤツだった。
拳銃の方は日本のゲーム会社が制作した諜報ステルスアクションという新ジャンルを確立した作品でも登場し、近未来的なフォルムで色んな映画にも出ている。これのエアガンは俺も持っていた。
マグナムリボルバーは……一般には出回っていないタイプだ。
回転弾倉部分が覆われていて、弾倉自体が長い――って、これはキマイラが2体出てきた時にブッ放したリボルバーじゃないか!!
どう見ても普通の拳銃じゃないみたいだ。知らないメーカーの社名とエンブレムの刻印が入ってるが、それだけではちっともわからない。
――やべぇ、実物かよ。
射撃訓練は定期的にやっている。
それはあくまで拳銃だけだ。
しかし、このセット一式をもらえるならば……1日中射撃場に居たって
飽きない自信があるくらいだ。
「今なら全弾薬5ケースは会社負担してあげるわよ」
「なんという……お得感――!?」
――いや待て、1ケースどれくらいだっけ?
色々と疑問が浮かんできた瞬間、博士がケースに入っていた拳銃を手にする。
空の弾倉を装填し、スライドを引く。重い動作音と共にスライドが戻る――再びスライドを引くと後退したまま止まった。
そして、排莢口が開いたままの拳銃を俺に突き出してくる。
グリップ側をこちらに向けている。思っているよりも博士は銃の扱いに慣れているようだ。
差し出された拳銃を手に取る。
重量感、
エアガン、モデルガン、そんな偽物ではなく。本物の道具――プロフェッショナルのツールがここにある。それを、俺は手にしていた。
「ほら、サインしちゃいなさいよ」
応接テーブルの上にあった契約書が、いつの間にか博士の手の中にある。
これはまるで、悪魔の誘惑だ。
契約したら、間違いなく地獄に突き落とされる。
――それでも……俺は…………!
ふと、雨の中で走り回ってキマイラから逃げた時のことを思い出した。
あの時、もっと力があれば――強い武器があれば、戦えていたのかもしれない。
俺が矢面に立てれば、中高生のガキの『ブレイブユニット』が出張らなくてもよくなるのではないか。
だったら、怖くても、危険でも、俺が戦う意味があるんじゃないだろうか……?
気付けばペンを手に取って、自分の名前を書いていた。
もう戻れない――いや、戻るつもりはない。
俺は、戦う。
こんな俺でも、何か出来るはずなんだ――
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