第6話:戦う意思、続ける覚悟、辞めない選択

 穏やかな日差し、流れる雲。いつもと変わらない青い空。

 俺はいつだかのように、ベンチに腰を下ろしていた。


 今日の公園は静かで、日光浴にはちょうどいい。

 外出ついでの朝食を取ってからずっと、公園のベンチに座っている。


 週末の休日、頭の中にぐるぐると悩みが渦巻いている。

 中高生の超能力者で編成されている戦闘部隊『ブレイブユニット』の送迎。それがどんなに残酷な行為だったのか、これまで気が付かなかった。


 与えられたから、割り振られたから、俺にとってはただの仕事だった。

 やれと言われて、報酬を約束されて、生活のためにやっただけだ。

 少年少女が死ぬかもなんて、微塵も考えていなかった。

 当人たちがどう考えていようが関係無い。許されるべきじゃない。


 だが、超能力というスキルは――彼らにしかない。


 大人が頭数揃っても、ただの肉塊にされるだけ。

 そんな場所に送り出される。

 いくら超能力が使えるからって、身体が頑丈になるわけじゃない。


 アニメやコミックみたいに『肋骨が折れたぜ……』なんて笑うことなんてできないはずだ。

 それなのに、ブレイブユニットのメンバーは全員生還してみせた。


 

 ――アイツらは、強いな……


 俺が同年代だった頃に、同じことをやれと言われて完遂できるだろうか。


 考えるまでもない。ゲーム一筋だった学生時代の俺には荷が重すぎる。

 他のヤツらだって、きっと無理だ。

 

 大人は押し付けるようにガキ共に役割を与えているが、本当に必要なのだろうか。

 彼らの将来を台無しにしてしまう可能性、PACの任務、どちらが重要なのかはわからない。


 俺には、感情論でしか考えられなかった。

 正しいとは思わないが、何も変えられないし、変える気も無い。

 仕事をしなければ、俺は生きていけない。


 だから、どうすることもできないのだ。



 近付いてくる足音が聞こえ、不意に視線を戻す。

 すると、正面には――ミヅキがいた。




 ――なんか、既視感あるな。



「どーも、お元気そうですね。シロタさん」


 仕事中ので呼ぶ。

 もちろん、彼女のミヅキというのも本名では無いのだろう。お互い様だ。



「ああ……」


 不意に、死地へ飛び込もうとしていた彼女の横顔を思い出してしまう。

 顔面蒼白で強張った表情。恐怖、緊張、怖じ気づいた自分を奮い立たせている――そんな表情だった。

 

 俺達は少年少女に、死ぬかもしれないような過酷なことをさせている。 

 他の連中は気にしていないようだが、俺は違う。


 そして、目の前にいる女子が死ぬかもしれない現場に送り込まれている。

 それを「見なかったことにする」なんてできない。



「どうぞ」


 ミヅキは微笑みながら手にしていたペットボトルを渡してきた。

 赤いラベルに黒い液体――俺が〈小春機動警備〉に入ってからずっと口にしてなかったものだ。

 口の中で泡立つ炭酸の感触が、勝手に脳内で再現される。一気に飲み干したい。



「……ありがとう」


 結露の雫に包まれたペットボトルを受け取った。

 気泡が沸き立つ黒い液体、今すぐ開封したい欲に駆られる。


 ――おいおい、ガキに気を遣われてどうするってんだ。



 ボトルキャップに被せた手を止めて、すぐ隣に座るミヅキを見る。

 数日前に顔色を真っ青にしていた経験をしているようには微塵も思えない。

 普通ならあんな惨状を目の当たりにしたら数日間は思い出してフラッシュバック辛いはずだ。俺だって辛いのに、どうしてこんな風に笑っていられるのだろうか。



「どうしてここに?」

 

 沸いてきた疑問を思ったままに口にする。

 一方、隣に座っていたミヅキはコーラの入ったペットボトルを一気に煽っていた。

 ペットボトルの中身を半分くらい飲みきってから、盛大に息を吐く。


 豪快な飲みっぷりだ。いかにもスポーツ女子っぽい。



「なんとなくですよ、ここにいるかもって」


「女の勘ってヤツか」


 女性の友人はほぼ皆無ではあるが、女というのはこういう生き物であるという話はフィクション・ノンフィクションでもありふれた話だ。別に驚くことでもないだろう。



 俺の言葉にわざとらしく笑うミヅキ。

 任務中に見る生真面目そうな印象と真逆の、悪戯っ子の無邪気さ。

 本来なら、死とは遠い場所にいるべきだ。それなのに……



「なぁ、聞いてもいいか?」





「なんでも聞いてくださいよ、シロタさん」


 微笑みを向けてくる彼女。それができるタフさに、俺は心底後悔していた。

 これからしようとしている質問は、彼女が抱えているかもしれない辛さを掘り起こしてしまうかもしれない。

 それをしたところで、俺にもミヅキにも、誰も得をしない。

 それでも、俺は……それを聞きたかった。




「どうして、ブレイブユニットの一員として戦うんだ? 怖い思いをして、命の危険すらあるのに――」


 すると、ミヅキは驚いたような表情をしていた。

 そんなことを聞かれると思っていなかった、とでもいうかのように。



「えっと、それはその……」


 苦笑いする女子高生に、俺は追及するのを早くも辞めたくなった。

 だが、ミヅキは答えを口にする。




「――私にしかできないことらしいんです。だから、やらなくちゃ」


 俯きながらも吐き出したその言葉は、間違いなく彼女の意思だった。

 誰かに言わされているわけでもなく、妥協しているわけでもない。


 選択の末に出た言葉の重みがあった。



「死ぬかもしれないんだぞ。本当なら――」


「危険性は承知してます。それでも……これは、私に与えられた使命なんだと思うんです。危ないから辞めた方がいいって、シロタさんの言うこともわかるんです」


 見上げるように俺に向けてきた視線。その眼差しに、迷いは一切感じられない。

 そんなミヅキに、俺は逆に感心しかけている。

 単に厨二病を発症したガキだとか、そんな風に彼女やブレイブユニットの中高生を見ていた節が少なからずあった。


 だが、ミヅキはそうではない。

 中高生ながら、熟考の末に決断して今に至る――そう、思わせてくれる。



「――力や素養があるなら、正しい使い道をするべきですよね?」



 そう言い切ったミヅキは、真剣そのものだった。

 アメコミのスーパーヒーローに突き付けられるような理屈、それが同じように彼女に立ちはだかっている。 

 そして、ミヅキはそれをはっきりと認識して……向き合っている。



「でも、それのために君の貴重な時間と機会を奪うことになるんだぞ? 現実はコミックじゃない」


 自分の発言が、彼女の崇高な意思に掠りもしないと断言できる。

 それでも、俺は言わずにはいられなかった。


 力や素養があるからといって、責任を負うことのできない子供にそんな使を背負わせるべきじゃない。



「……シロタさんの言うことは本当に正しいと思います」


 ミヅキとの視線が重なる。

 まっすぐに俺を捉える瞳に、俺は耐えられずに顔を背けてしまった。


 俺は、卑怯者だ。

 彼女達が戦わなければいけない原因をどうすることもできず、ただ正論を口走るだけ。

 そんなことしたって、ブレイブユニットの中高生が命を落とさずに済むようになるわけがない。こんなのは俺のわがままでしかない。




「でも、ありがとうございます。私たちを心配してくれて……」


 

 微笑むような表情をするミヅキ。

 それは、仮面のような作り笑いのように見える。強がりだ。


 そんな顔をさせるために、こんな話をしたんじゃない。

 

 ――ガキに愚直に説教なんかして、意味なんか無いだろ。



 頭ではわかっている。

 世の中、正論だけ振りかざしたところでどうにもならない。

 そんなことで、何ができるというんだろうか。


 逆に、ミヅキのように自分を犠牲にして世界をより良く変える人の方が圧倒的に多い。それは子供も大人も関係無い。この世界にはそうした人間がたくさんいる。

 彼女は、同年代の中でもそういったが早かったに過ぎないのだ。




「君は、立派だな」


 口から飛び出した言葉に、自分でも驚いた。

 確かに、ミヅキの責任感のある姿勢は大人ながらに感心するところはある。

 だが、それをこの場で言うのは……俺は不本意だった。

 それなのに、口走ってしまった言葉。それを取り消すことはできない。



 恐る恐る、隣のミヅキを見た。

 彼女は開いた口が塞がらない……つまりは、驚いている様子だった。



 束の間の沈黙、お互いに話の続きをするのが気まずいような空気感が漂う。

 そして、沈黙を破ったのはミヅキの方だった。




「私にとって、当たり前のことですから」

 そう言って、彼女は立ち上がる。

 どこか申し訳なさそうな表情をして、ミヅキはベンチから離れた。




「……じゃ、また今度ですね。シロタさん」


 小さく手を振って、早足で歩き出す。

 それが別れの言葉であることに気付くのが遅れ、俺もベンチを立った。

 そのまま彼女の背を追う――が、公園を出てすぐにその姿を見失う。



 ――クソ、なんだってんだよ。


 その後の俺は何もする気になれず、放浪するように街を歩き続けた。

 気が付けば日が暮れて、休日が終わろうとしている。


 自分でも今日という1日を無駄にしたというのがわかっている。

 それはきっと、ミヅキもそうかもしれない。

 俺がそういう風にしてしまったのだ。



 次の休日はもっと、有意義なものにしよう。

 そう思うことで、なんとか前向きな気持ちのまま基地に戻ることができそうだった。

 

 

 

  

 

 



 



 

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