第5話:自分の仕事、他人の職務
薄暗い道路、見慣れたはずの道を大型ワゴンで進む。
欠伸が出そうになるのを堪え、なんとか目的地に到着する。
インカムのボタンを押し、通話開始。
「回収地点に着きました」
『――早く乗せなさい』
周囲を見回すが、人影は無い。
真夜中の学校前、本当ならゆっくり寝ているはずの時間帯だった。
夕飯を食って、風呂に入って、ベッドで眠っていた。
だが、唐突に叩き起こされてワゴン車を運転している。
平日は酒を飲まない習慣を続けていたのが救いだった。
何やら緊急任務だということで、『小春機動警備』の敷地内は緊迫した空気が漂っていた。宿舎から出るとすぐに車を出せと命令され、今に至る。
夜更かしをしたがる中高生でも、この時間に呼び出されるのは酷だろう。
――クソ、明日も朝からトレーニングだってのに……
毎日の筋トレやランニングで多少は絞れてきた……ような気がする。
まだ腹は出ているが、気持ち的には痩せてきた。
毎日の飯が美味いし、疲労でぐっすり眠れる。入社前どころか学生時代の頃よりも健康的な生活をしているはずだ。
不意に欠伸が出てしまう。
通信が繋がっていなくて幸いだ。もし聞こえてしまっていたら叱責の1つでも飛んできたことだろう。
正面で何か動きが見えた。
目を凝らすと、複数人がこちらに走ってくる。やっとご到着のようだ。
車から降りて、後部座席のスライドドアを開ける。
一団はそのまま流れるように車内へと入っていった。
全員乗ったので締めようとすると、どこかから足音が聞こえてくる。
「――遅れました!」
息を切らしながら走ってきたのは、女子生徒――ミヅキだった。
俺に一礼して、車に乗り込む。
ドアを締めてから運転席に戻り、通信を再開。
「回収しました」
『座標を送ったわ、急いで』
博士の声色は、普段のそれとは違う。
焦り、緊張、それが伝わってくる。
――でも、仕事は仕事だ。
「発進します」
車内に告げ、ワゴン車を走らせる。
目的地は郊外、しばらく大きな道路を進むことになるだろう。
車内ではカーテンが引かれ、衣擦れの音がする。
おそらく、戦闘服に着替えているのだろう。
いくら車内が広いからといって、走行中の車内で着替えるのは大変だ。揺らさないように気を使うドライバーの身になってほしい。
それで怪我なんてしようものなら、全部俺のせいになるに決まっている。
――ったく、面倒くさいぜ。
緊急任務だかなんだか知らないが、夜中に叩き起こされて慎重な運転をさせられて、おまけに急かされている。
クソ面倒くさい仕事だ。こういうのは特別手当みたいなのが出ないとやってられない。
過去に所属していた警備会社では、特別な対応――つまりは、侵入者の捕縛や通報に対処したら特別手当が出る。場合によっては昇給もある。
俺の場合、相手が銃を持っていたからマニュアルに従って通報。
だが、警察の対応が遅くて侵入者は逃げたし、クライアントは大損。
今思えば、ちょっとの勇気を出して時間稼ぎさえすれば良かった。
暗がりにいたから、持っている銃が本物だったかの確証も無かったから余計にそう考えてしまう。
――これだから夜道は嫌なんだ。
夜の闇が、過去の失敗を思い出させる。
車のライトでは闇を払いきれない。おまけに通行量も少ないせいで、真っ暗だった。
目的地は山の上にある施設のようだ。
街を見下ろせる展望台、それを含めた観光施設らしい――が、それらは既に廃業。廃墟だけが残っているようだった。
しばらく大きな道路を進み、山の麓までやってきた。
後部座席では全員の着替えが終わり、座席に着いているようだ。
狭い路地へと入り、山道を登っていく。
暗い上に、先の見えない面倒なコーナー。おまけに急かされているというのが気に入らない。
少年少女を親御さんから預かって安全運転をしている身にもなれと叫びたいくらいだ。
だが、山道を越えると、想像もしていなかったモノが見えてきた。
道路や歩道に撒き散らされた赤、黒、ピンク、白……それが何かなんて、考えたくもない。
窓を開けていないはずなのに、血と汚物の匂いが車内に入ってきているような気がして、吐き気を催してしまう。
――これって、本当に……死体なのか?
「……こちら、シロタ。山頂付近に死体が…………」
それ以上は言葉が出なかった。
きちんとインカムのスイッチは入っていたし、通信時のノイズも聞こえている。
しかし、帰ってくる言葉は無い。
部隊が全滅したわけでも、応じる相手が全員死んでいるわけでもない。
きっと、俺の精神衛生なんかどうなってもいいんだ。
――クソ、なんだってんだよ。
大人が殺されるような場所にガキを送り込むのか?
しかも、実際に送り届けるのは俺だ。
ふと、ルームミラーで後部座席の連中を見た。
すると、揺れる車内を歩いているヤツがいた。薄暗い車内でもまっすぐ運転席に向かってくる。
運転席に顔を出してきたのは、ミヅキだった。
ブレイブユニットの中で、何かと話す機会のある女子。
「大丈夫ですか?」
俺のことを気に掛けてくれているようだ。
だが、彼女の強張った表情がルームミラーにはっきりと映っている。
「大丈夫……問題は無いよ、もうすぐ着く」
自分だって怖いはずだ。
それなのに、俺のことなんか気にしたって……
――情けねぇ、年下の女子に心配されるなんて。
まだ何かを言いたそうな表情をしているミヅキに、俺は『席に戻れ』としか言えない。
心配される筋合いは無い。
それに、俺は彼女達を現場に送り届けるのが仕事だ。その先で何が起きようと、俺のせいじゃない。命を落としても、誰のせいでもない。
大人が死ぬような状況なら、子供が死ぬのはほぼ避けられない。超能力だの特殊能力だので生き残れるというなら、大人の命の価値が安いというだけに過ぎない。
やがて、開けた場所に出た。
山頂の施設の駐車場だろうが、そんなことはどうでもいい。
さっさと『ブレイブユニット』に仕事してもらって帰りたい。シャワーを浴びてさっぱりして、ベッドに寝転んで、タオルケットに包まりたい。
車を駐め、車内に声を掛ける。
少年少女たちが自分でスライドドアを開け、ぞろぞろと降りていく。
彼ら、彼女らは、誰1人として余裕そうな顔をしていない。
当然だ、気を抜けば死ぬのだろうから。
続々と降車している中、最後に降りようとしているミヅキに視線が吸い寄せられた。
顔色は真っ青、今にも倒れそうな表情。さっき俺を気に掛けていたヤツとは思えない。
そんなミヅキを黙って見送った。
何も出来ない自分が情けなくて、自分で自分に呆れそうだ。
もし、彼女が死んだら……誰のせいになるんだろうか――
頭を下げて挨拶する姿、街で嫌がらせのように絡んできた姿、申し訳なさそうな顔をする姿……
ミヅキの姿が脳裏に浮き上がってくる。
――ミヅキが死んだら、だって?
死ぬはずがない。
きっと、こんな任務なんて日常茶飯事だ。
だから、きっと大丈夫だ。
――こんなの、ただの言い訳だろ。
死地に送り込んでいるのは、博士だ。
だが、実際に送り届けているのは……俺。
彼女だって、死ぬかもしれないのは承諾済みなはずだ。
それで俺が何か責められることは無いに決まっている。
それでも、俺は――
何も出来ない自分を、恥じた。
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