第3話:送迎ドライバーの心得
慣れない大型車の運転、ようやく目的地に到着して一休みしていた。
だが、それもすぐに終わって、また運転しなければならないだろう。
「回収地点に到着」
『――ブレイブユニットを乗せたら、これから伝える場所に来てちょうだい』
耳に付けてるインカム越しに、博士からの指示を受ける。
俺は大型ワゴン車を運転していた。
どうやら、俺が所属している企業『小春機動警備』には外部の協力者がいるらしい。
そして、その協力者の素性もなんとなく察していた。
車を駐めていると、勢い良く後部座席のスライドドアが開く。
すると、男女が続々と乗り込んできた。
「よろしくお願いします!」
入ってきた連中の1人、スポーツに打ち込んでいそうな女子高生が挨拶をしてくる。
全員が乗り込んだらしく、スライドドアが閉められた。
「全員乗ったぞ、オッサン!」
活発そうな男子が運転席に顔を突っ込んできて大声を上げる。
――おっさん、だと……? 俺はまだ30歳だ!
30代は間違いなく「おっさん」と言われても仕方無い。
実際、俺は若くは見えないだろう。
「……回収しました。目標地点に向かいます」
『頼んだわよ』
携帯端末をスーツのポケットに収め、シフトノブを動かす。
それを察したのか、後部座席の方では車内のカーテンを閉めていた。
「発進します」
乗車した連中に告げて、ブレーキペダルから足を離す。
ゆっくりと進みだした大型ワゴン車を加速させるために、アクセルペダルを踏んだ。
地元は田舎だったから車の運転は慣れていた。前の仕事でも業務に車が必要だったので運転は続けていたが、普通の乗用車クラスしか乗ったことがなかった。
ファミリーカーよりちょっと大きな大型ワゴンは、イメージしていたよりは運転できる。まだ一般道は走れるが、狭い路地なんかは車体の大きさが掴めていないせいで少し怖い。
そして、回収地点というのは……都市部の公立高校。
学校周辺は意図的に車が走りにくいように作られている。
博士が言っていた「ブレイブユニット」という存在については、簡単な説明を受けていた。
超能力を持つ中高生の部隊。まだ学生なので
「ブレイブユニット」が関与する任務は……俺のようなただの社員に手に負えない状況らしい。
いくら不安定な世の中といっても、見た目は普通の少年少女が大人の代わりに矢面に立たせるなんて許されるべきじゃない。
だが、今の俺には何も変えられない。ただ状況に流されているだけの人間に何かを変えられる力なんかあるわけが無いんだ。
携帯端末に送られてきた住所が車のカーナビに反映される。
その指示に従って、俺は目的地を目指す。
まだ入社して日が浅いが、『小春機動警備』は不審な点が多いことに気付いた。
他の
請け負っている仕事というのも、その多い従業員が満足させられる給料を捻出させられるほど稼げるようなものじゃないはずだ。
地域の企業情報を網羅している情報サイトで検索してみると、『小春機動警備』はPAC事業を始められるような資本金ではなかった。
――本当に、どういった企業なんだ。ここは……?
疑問を頭の中で整理しながら運転していると、目的地に辿り着く。
そこは郊外の大型スーパーモール……の成れの果て。巨大な廃墟だった。
夕暮れにそびえるそれは、ファンタジー作品に出てくる魔王城のような不気味さがある。
車1つ見当たらない駐車場に、消えかけた白線を無視して無造作に停車する。
「目的地に到着」
乗車していた少年少女が車から降りる。
走行中の車内で戦闘服に着替え、それぞれがアタッシュケースを手にしていた。
しかし、1人の女子だけが荷下ろしに手こずっていたので手助けする。彼女だけ荷物が倍以上あった。
各自が装備を取り出し、身に付けていく。
その姿はアニメやコミックに出てくるようなスーパーソルジャー、剣や槍、そして……ライフルとピストル――おまけに手榴弾。
荷下ろしを手伝った女子だけ重装備だ。
他のメンバーはオモチャに見えてしまいそうな武器ばかりだった。
「ブレイブユニット、準備完了だぜ」
運転席に顔を突っ込んできた男子が言う。
彼らも俺と同じく、耳にインカムを付けていた。
『作戦開始』
博士の言葉と共に、少年少女が廃墟へと向かって行く。
その小さな背中からは、不安は伝わってこない。
彼らは何のために戦うのだろうか。
金、使命感、あるいは承認欲求。
どんな餌をぶら下げれば、中高生を死地に送っても許されるのか。
親はこれをどう思っているのだろう。
廃墟の方から大きな音が鳴る。地響きのようなものすら感じた。
何かと戦っている、ということはなんとなく予想できる。
しかし、中高生の男女が戦わなければならない理由は何だろうか。全く想像できない。
しばらくすると、何事も無かったかのように彼らが戻ってくる。
談笑しながら帰ってくる様子は、まるで部活を終えて下校するかのような雰囲気だ。
命懸けの仕事だという認識が薄いのかもしれない。
――本当に、大丈夫なのか?
続々と乗り込んでくる少年少女。
再び車内のカーテンを閉め直し、着替えを始める。
「おい、オッサン。もう出してもいいぞ」
また生意気な男子が運転席に顔を突っ込んできた。
文句の1つでも言いたい気持ちを抑えつつ、車を走らせる。
向かう先は回収地点になっていた、高校付近。
目立たない所に車を駐める。
ぞろぞろと車を降りていく中、元気よく挨拶してきたスポーツ女子が車から出ようとしていた。
ふと、彼女のプロフィールを思い出す――といっても、住所くらいしか覚えていなかったのだが。
「え、と……ミヅキさん」
「――はい!」
記憶の奥底からひねり出した名前で合っていたようだ。
車から降りた直後の彼女が立ち止まる。
「その……家、ここから遠かったと思うんだけど、誰かと一緒に帰るのか?」
「いえ、1人ですけど」
小首を傾げるミヅキ。
おそらく、いつもそうしているから違和感が無いのだろう。
この近辺は比較的治安が良い方だ。
隣の地区では難民の溜まり場になっている場所があって、そこからこちらに暴漢が流れてくることが少なくない。
おまけに陽が落ちている。こういう時は1人で帰らせるのは良くないはずだ。
「基地の方が近かったはず、送っていくよ」
俺の申し出に、彼女は申し訳なさそうな顔をした。
しかし、他のメンバーと住んでいる地区が違う以上、絶対に1人になってしまう。
大人として、彼女を安全に家に帰らせる義務――があるのではないだろうか。
「いいんでしょうか……?」
「どうせ基地に戻るんだ。何も問題無いよ」
「ですけど……」
彼女は何か疑問を抱えているようだった。
『小春機動警備』の人員構成を考えれば、大体見当は付く。
おそらく、送迎ドライバーの多くは『指示通り』に動いていた。博士が「高校で乗り降りさせろ」と言えば、その通りにしかしないのだろう。
日本が世界屈指の治安の良さを誇っていた時代はもう終わっている。もはや、性別関係無く、夜に単独行動していて何か起きてしまったら……自己責任と言われても仕方無い。
命懸けで戦ってくれている少年少女をそんな目に遭わせるわけにはいかない。
「基地のゲート前で降ろすよ。そこの通りなら街灯が多くて明るいし」
「じゃあ……お願いします」
渋々といった感じで車に戻るミヅキ。
座席に座ったのをルームミラー越しに確認してから発進する。
本当ならば、家の前まで送ってやりたい。
しかし、車両の位置情報は博士や基地に伝わっている。入社早々に命令無視するのは心象が悪くなってしまう。
ただでさえ、未経験で仕事もろくにできない人間なのだ。解雇理由を与えるわけにはいかない。
高校から基地まではそれほど遠くない。
PACとはいっても、敷地の大きさは地方のチンケな小学校と大差無かった。社屋と倉庫と車庫と簡単な運動場……敷地の外れにおまけのように建てられている社員寮。
それが市街地のど真ん中にあるというのだから驚きだ。しかも、敷地を囲うフェンスには有刺鉄線も無いし、視界を遮る物も無い。
つまり、「小春機動警備」は外に何も隠していない状態だということだ。
侵入者が武器を盗み出したりしても気付かないことがありそうなくらいに、杜撰なセキリュリティである。
しばらくの沈黙が続くドライブの後、基地の正門近くに着いた。
車を駐め、周囲の安全を確認。
「着いたぞ」
俺がそういうと、彼女が席を立つ。
そのまま降りるかと思ったら、運転席に顔を突っ込んできた。
また、『オッサン』と言われるのではないかと身構えていたが、そういった雰囲気では無さそうだ。
ミヅキの表情はどこか、疑問を抱えて納得していないような印象がある。
ここまで乗せてもらったことに、何か問題があったのだろうか?
――強引過ぎたかな?
治安のことを考え、自分なりの最善の行動を取ったつもりだった。
しかし、何らかの事情で家に帰りにくいということもあり得ることを、俺はすっかり失念していた。
ずっと1人暮らしが長く、異性を含めた交友関係を持たない俺には、思春期の女子の事情を想像する判断材料なんていうのはこれっぽっちもありはしない。
もしかしたら、余計なことをした可能性も充分あった。
「あの……どうして、ここまで送ってくれたんですか?」
俺の心配を余所に、彼女の言葉は――意外と優しいものだった。
「俺は君たちの送迎ドライバーだからさ。目的地に乗せて、戻るだけが仕事じゃないんだよ」
「でも、他の人は……」
やはり、俺以外の社員は指示通りにしか働かなかったようだ。
何かあってからでは遅い。
そうなる前に――ではなく、そうならないように行動するものだ。
「みんなを無事に家まで帰らせる、それまでが仕事だから」
俺がそう言うと、彼女は面食らったように驚いていた。
それから、小さく笑う。
――別に、何も面白いこと言ってないんだけどな。
「ほら、さっさと帰るんだ。寝不足で授業中居眠りするわけにはいかないだろ」
「はーい」
彼女は――ミヅキは、気の抜けた返事をしながら車を降りた。
そして、淡々と夜道を歩いていく。
こうして、使いっ走りの送迎ドライバーである俺の仕事は終わった。
絶妙に運転しにくい大型ワゴン車を車庫に突っ込み、シャワーを浴びて、ビールを飲んで寝る。
あれこれとやることの多いPACの仕事に、少しだけ慣れてきたような感覚があった。
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