第2話

柊舞(ひいらぎまい)は、1-Cの教室の中で昨日のことを考えていた。

過去のことを思い出せと言われても、思い当たる節がないのだ。

顔を顰めていると、後ろから舞を呼ぶ声が聞こえた。


「舞?どーしたのさ」


東堂百合香(とうどうゆりか)。舞のクラスメイトで笑った時に見える八重歯が特徴の女の子だ。

百合香は、心配そうな顔を浮かべ、舞に尋ねた。


「なんかあったの?相談事とかあれば聞くよ?」


「いや全然...!部活の事で悩んでただけ」


「そういえば舞って『きょうせいぶ』ってやつに入ってるんだよね?どんなことしてるの?」


百合香は不思議そうな顔をして質問を飛ばす。

舞は言いずらそうに苦笑する。


「えーとねぇ...変わってるものを治す部活だね...」


舞は"変わってるもの"を強調して答えた。


「よく分かんないなぁ...部活今日あるなら見に行ってもいい?」


「うえ!?ま...まぁいいけどさあ...」


舞は驚きで変な声を上げた。

百合香はにやりと口角を上げて鋭い八重歯を輝かせた。



高橋隆二(たかはしりゅうじ)は、ドアの開く音で、本から目を逸らす。


「やあ、柊...と」


見知らぬ彼女を前に、隆二は一瞬困惑の表情を見せた。

すぐに平静を装い、顔を澄ませた。


「あ、隆二。この子は東堂百合香だよ」


「初めまして高橋さん!」


百合香は、隆二の手を強引にとって握手をする。

嫌悪感で目を細める隆二を見て、舞はすぐさま百合香を彼から離した。

彼は百合香をパイプ椅子に座らせると、冷たく鋭い声色で問うた。


「なんの要件で来られたのでしょうか?」


「敬語やめてよねー同級生なんだからさ」


「親しい人以外は敬語です。で、ご要件は?」


先程よりも冷酷に問いを投げる。


「ごめんなさいね。私、舞がしてる矯正部がどんな部活なのか知りたくて...」


「なんだ、そんなことでしたか。容易いことです。あの時計をご覧下さい」


隆二は壁にかけられている外枠が木製の時計を指さした。

実際の時間とは30分程遅れてしまっている。


「ああいうのを直すのが矯正部の仕事です」


百合香は失笑した。


「時計を治す部活ですって?そんなことわざわざ部活動でしなくてもいいんじゃないの?」


「いえ、この部活でなければいけないのです」


隆二は立ち上がり、椅子を足場にして時計を壁から外した。


「柊、タイマーはあるか?」


「うん、あるけど」


「貸してくれ」


舞はスマホのタイマーを起動し、隆二へ差し出した。


「この時計がズレてる原因は俗に言う電池切れとか、劣化とかそんなんじゃない」


隆二は秒針が12を指したタイミングでタイマーのスタートボタンを押した。


「何を言ってるの?1分は60秒でしょうが」


百合香は鼻で笑いながら言う。

隆二はポーカーフェイスを貫いた。

そして秒針が一周する。隆二はタイマーを止めた。


「東堂でしたよね。東堂さん、このタイマーの示した値はいくつですか?」


隆二はスマホのタイマーを東堂へ突きつける。

百合香は目を丸くして読み上げた。


「ろ...68秒...」


「この時計の一周は60秒。でも測ってみると68秒でしたね。これがズレってやつです」


「ズレ?」


百合香の問いに、舞がすかさずフォローを入れる。


「ズレっていうのは事実とか理論でその物体の実態が明らかになっているにもかかわらず、それが否定されるようなことが起きる現象を言うんだ」


「つまり60秒の時計が事実。68秒だとズレだと言えるわけですね」


百合香の理解力に驚きながらも、隆二は話を戻す。


「このズレを治すのが矯正部の仕事なんです」


「治してみてよ!」


百合香が前向きの姿勢で言い表す。


「承知しました」


隆二は時計に手を当てる。


「Doctrina(ドクティリーナ)。元の姿へ戻りたまえ」


時計は白く強い光を発する。

光が止み、時計を見る。針はまだ遅れているままだ。

隆二は時計を手に持ち、時間を合わせた。


「これで治った。どうですか百合香さん。わかっていただけましたか?」


「信じられないけど...分かったわ」


その時、5:30を告げるチャイムがなった。


隆二は、昨日より早く部室から出ていった。


「だから一緒に帰ろうって!」


舞はカバンを肩にかけて走り出す。

百合香はそんな彼女の姿を見て、うっすらと笑みを浮かべた。

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ズレてる矯正部の話 @Firsted

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