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「ん、ん~~~っと。着いたね! 兵庫!」

 途中休憩込み九時間の長い車での旅を終えた二人は、緑豊かな小さな村に到着した。

「兵庫らしさは何も無いですけどね」

 そんな小さな村の中のこれまた小さな民家。表札は掛かっておらず、人が住んでいるような雰囲気も感じられない。だと言うのに周囲に雑草等は無く、何者かの手によって綺麗に保たれていた。

 椎名は鞄から鍵束を取り出すとそのうちの一つを民家の鍵穴に差し込み回した。

「おっ当たりだ」

 鍵束をしまいながら椎名が扉に手をかけると、隣の民家から女性の声が聞こえた。

「もしかして、『封人会』の方ですか~?」

 隣と言っても人口の少なさ故か一軒一軒の距離は10mほど離れている。その為声を届かせようとすれば、必然的に大きな声となってしまう。それを鑑みても女性の声はとても大きいのだが。そしてそんな大きな声は約九時間の夜間ドライブを終えた二人の頭にはよく響いた。

曰く女性はかつて『封人会』に命を救われた一族の者だという。それ以来百年以上にわたって一族として『封人会』の活動を支援しているそうだ。民家が外観内装共に清潔に保たれていたのは彼女たちが手入れをしていたからとのことだった。女性は一通りの説明を終えると二人に茶を振舞い隣家へと帰っていった。

「優しい人でしたね、声は大きかったですけど。……先輩?」

「ふぁあ~、ああすまない。流石に少しばかり疲れてるみたいだ。時間は……まだ余裕があるね。私は少し眠ることにする」

「そりゃああれだけ運転すれば疲れますよ。それで、何時に起こせばいいですか?」

「おや、君は一緒に寝ないのかい?」

「寝ませんよ。そんなことしたら妹に何されるかわかりません」

「ははは、確かにそれはおっかない。それじゃあそうだな、十四時頃に起こしてくれ。おやすみ~」

 椎名はそう言うと座布団を枕にして畳の上で寝始めてしまった。河合はスマホを取りだし現在の時刻を確認する。

「まだ九時前か。折角だしちょっと外の空気でも吸ってくるか」

 河合は外へ出ると大きく息を吸い込んだ。周囲を山に囲まれているからだろうか。東京の空気よりもなんだかおいしく感じた。すると家の前を通りかかった青年と目が合った。河合が軽く会釈をすると青年は足を止め、じっと河合を見つめた。

「こんにちは」

 沈黙に堪えかねた河合が挨拶をするも、青年は返さない。河合と背後の家をゆっくりと交互に見つめること約十秒。ようやく青年は口を開いた。

「……あんた、そこの家のもんか?」

「あ、いえ。この家はお借りしてるだけです、お隣の方に」

「よそ者がこんなところに何の用だ?」

「えっと、大学の研究です。内容もお伝えした方がいいですか?」

「いや、いい。聞いてもわからん。悪かったな、急に話しかけて。こんな田舎に見たことない顔が居たもんだから怪しい奴かと思っちまった」

「ああいえ、お気になさらず。僕も立場が逆だったら同じように考えてたと思います」

「ははは。それじゃ、研究とやら頑張れよ」

「はい、ありがとうございます。頑張ります」

 青年は軽く手を振ると山の方へと歩き去っていった。河合は青年の背中を見送ると、安堵の溜息を漏らしながら頭を掻いた。

「……後で先輩と口裏合わせとかないとな」


「もしもし。おい、今年のもう来てたぞ、祭りの前日に来るんじゃなかったのかよ。え? いや、去年とは違う奴だ。若い男だった。ああ、予定は崩さない。そっちの準備は任せる」

 青年は通話を終えるとスマートフォンをポケットに仕舞った。山を登る足の速度は心なしかいつもより早い。そうして少し歩いていると、山の中の小さな神社に辿り着く。境内には数人の男たちが集まっていた。

「おう俊輔しゅんすけ、お前またサボっとったんか。お前も早う準備手伝わんかい」

 青年にとっては聞き慣れた大声が響いた。青年はその声に溜息を吐きつつ、声の主の元へと歩く。

「なんだよ親父。もう俺が手伝えることなんて無いだろ」

 青年の名前は妹島せじま俊輔。この小さな村で生まれ育った次の封印手順の継承者。今年から父親の補佐という形で封印に立ち会うことになっている。

「お前明日『封人会』の方が来る言うたやろ。あっちに箒あっから掃除しとけ」

 そう言うと俊輔の父親は彼の友人たちと共に神社を出ていった。

「酒くせえんだよジジイどもが……」

 俊輔は父親たちの後姿を睨みつけながら小さくそう呟くと、ポケットからライターと煙草を取り出した。

「あークソ、買ってくりゃよかった」

 箱に残った最後の一本を咥え、石の階段に腰を下ろし火を点ける。吐き出した煙は、澄んだ森の空気にじんわりと溶けていった。


「おーい、河合くーん。起きろー」

 河合は何者かに揺さぶられる感覚で目を覚ました。

「おっ、おはよう河合君。とは言っても時刻は昼過ぎだけどね」

 当然彼を揺さぶる人間など今この場には椎名以外居ない。河合が寝ぼけ眼を擦ると、椎名の笑顔が視界に映った。

「あれ、もしかして俺、寝ちゃってました?」

「みたいだね。まあ君にも疲れがたまっていたんだろう。それで、寝起きに早速ですまないが出かけられるかい?」

 河合は大きく伸びをして立ち上がった。どうやら本を読んでいる最中にそのまま寝てしまったらしい。机の上には一冊の本が置かれていた。

「あれ、この本って先輩のじゃないですよね?」

「ん? いや、私のじゃないな。君が持ってきたんじゃないのかい?」

「先輩のじゃないなら多分妹のですね。僕は本とかあんまり読まないんで。僕が寝てる間に勝手に荷物に入れたんだと思います」

「ははは。君にも読んでほしかったんじゃないのかい? 何ともかわいい妹ちゃんじゃないか」

 河合は椎名のその言葉で思い出す。その本は確かに少し前に妹に薦められた小説だった。途中まで読んで眠くなってしまったため最後まで読めてはいないが、その表紙には見覚えがあった。河合はその本に傷がつかないよう丁寧に鞄に仕舞った。

「よし、それじゃあ下見に行こう! レッツゴー!」

 そう言って山の方へと歩き出す椎名を見て、河合は眠ってしまう前に起きた出来事を思い出した。

「あっそうだ先輩、僕先輩が寝てる間に現地の人に会っちゃって――」


「お前、やっぱり『封人会』のもんだったか」

 申の封印が行われる山の中の小さな神社。椎名と共に現場の下見に向かった河合は、そこで俊輔と再会した。

「すみません、まさか関係者の方だとは思わなくて」

「それはもういい。それに見たところ、話が出来そうなのはあんたじゃなくそっちのだろ」

 俊輔は目線を河合から椎名へと移した。椎名は微笑みながら一歩前に出る。そのまま周囲を軽く見回すと、目線を再び俊輔に戻した。

「話と言うのは私に対してでしょうか? もしくは『封人会』に対して?」

「……『封人会』、あんたらはこの祭りの――」

 俊輔の質問の途中、男の大きな声が神社の外から響いた。

「おい俊輔ぇ! お前いつまで掃除してんだぁ!」

 椎名と河合が声のした方へ振り替える。

「チッ……掃除は終わってるよ! それより『封人会』の人達来てんぞ!」

「えぇ!?」

 驚きの声が聞こえた後、小走りで現れたのは恰幅のいい中年男性だった。

「これはすみません。お出迎えも出来ずに」

 妹島と名乗ったその男性と入れ替わるように、俊輔は神社から立ち去っていった。

「いえいえ、こちらが早く着きすぎただけですので」

「すみませんねえウチのバカ息子が。何か御無礼を働いたりとかは……?」

その後二人は妹島に案内される形で神社内の設備や、封印に使う道具の確認を行った。


そしてその晩、拠点である民家に戻った二人は昼間の出来事についてを話し合っていた。

「妹島さんの息子さんは今朝会った時も君のことを警戒してたんだよね?」

 話題は妹島俊輔について。彼が『封人会』に何を伝えようとしていたのかだ。

「よそ者に対する警戒だと君は思い込んでしまったわけだけど、彼は君を『封人会』の人間だとわかっていたと」

「彼、やっぱりって言ってましたもんね。すみません、咄嗟に嘘吐くの下手で」

「いや、彼は地元の人間で『封人会』のことも知っていたんだ。普段空き家になっている家に人が居たらそれが『封人会』の人間だと推測するのは簡単だろう。問題はなぜ君の嘘を嘘のままにしておいたのかだ」

 俊輔が封印の関係者であるならば、河合が『封人会』の人間であるとわかった時点で情報共有をすべきだったはずだ。しかし彼はそれをしなかった。河合の嘘に気付きながら『封人会』と無関係の人間を装った理由が彼には存在する。

「彼が警戒していたのは、僕じゃなくて『封人会』?」

 河合が呟くのとほぼ同時に、インターホンの音が鳴った。

「僕が出ます」

 河合は一つ呼吸を置くと、ゆっくりと玄関の扉を開けた。するとそこには一人の青年が立っていた。

「あの、『封人会』の方ですよね? 何か昼間俊ちゃん、えっと俊輔が迷惑かけたって聞いて。それでこれ、つまらないものなんですけど」

 サランラップのかかったお盆の上にはいくつもおにぎりが並べられていた。

「長旅でお疲れだって聞いたので、よければ食べてください」

「わざわざありがとうございます。いただきます」

 河合が青年からお盆を受け取ると、青年は笑顔で頭を下げた。

「あっ、お盆は妹島さんに渡しておいてください! それじゃあ!」

 青年はもう一度深々と頭を下げると、元気に走り去っていった。

「誰だった?」

「地元の人でした。それでこれ、おにぎりいっぱい貰っちゃいましたよ。これが田舎の優しさってやつですかね」

「ん~、ごめん河合君。私は遠慮しておくよ。昔からなんて言うか、他人の握ったおにぎりってどうにも気持ち悪くて食べられないんだよね」

 河合はお盆にかかったサランラップを外すと、おにぎりを一つ手に取り口に運んだ。椎名はその様子をまじまじと見つめる。

「……河合君はそういうの平気なタイプだっけ?」

「ええまあ、あんまり気にしたことないですね」

「なら悪いんだけど私の分も食べておいてくれ。私はほら、カロリーメイトとかあるから」

「先輩がそれでいいならいいですけど。それで、なぜ彼が『封人会』を警戒してるかでしたっけ」

「それなんだけど、さすがに情報が少なすぎるなあ。本番前にもう一度話が出来ればいいんだけど」

 結局その日は何故俊輔が『封人会』を疑っているのか、その理由は解明できなかった。申の封印が行われるのは翌日の夜。二人はそれに備えるため早めに眠ることにした。

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