第5話
『これは渡辺さんが描いた作品なんですか?』
『確かにそうだが、これは僕が描いた贋作だ。オリジナルは別にある。』
私は、渡辺さんにどう返事をすればいいのか分からず、何もできなかった。
『オリジナルと違う点は一つだけ。自分で言うのもなんだが、他は非常に精巧な…模写だ。』
『違う点とはどこなんですか?』
『違和感のある真ん中の足だ。』
そう見せ、渡辺さんは絵を恨めしそうに見た。
『元々は写真と
これは、僕が“非常に精巧な贋作を描くもの”として、有名ほどではないが、名前を覚えられるくらいには活躍していたときの話だ。
その頃はまだ聴覚を失っておらず、普通に生活をしていた。
そんなとき、一つの依頼が届いた。
『この絵の模写をしてほしい。』と、例の烏の絵と届いた。
僕はすぐにその作業に手を付けようとした。だが、その絵はあまりにも現実の烏に似ていて、とても人間が描けるようなものではなかった。
ただ、その絵には何かしらの“魅力”があった。
レオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザや、ミケランジェロのダビデ像のような、そのリアリティーが伝わる、そんなものだった。
最初、『こんなものを模写することなどできない』と思っていた僕も、気が付くとその絵の魅力に取りつかれ、作業をしていた。
だが、僕はその絵を模写をすることを少し、後ろめたく感じてしまったのか、絵の魅力に取りつかれ、オリジナルへの敬意が足りないと思ったのか、贋作を分かりやすく贋作だと分かるような、アレンジを加えたかったのだ。
そのとき思いついたのが“足を三本にする”だった。
そんなことをしたから、依頼者は激怒した。
「誰が足を三本にしろと言った‼ こんなの精巧なものとは言えないじゃあないか‼ お前は蛇足のエピソードを知っているか⁉ 無駄なのを描いたらダメなんだ‼」
その贋作は結局僕のものになった。
その次の日くらいから、足が三本ある烏を見かけるようになった。
明らかに幻覚としか思えないほどリアルで、まるで現実に飛び出してきたようだった。
その烏を見かけたのが4回目になったころ、僕は交通事故に遭い、その時に聴覚を失った。
病院での生活も終わると、あの烏に出会うのも4回目になった。
その時のアレは、いつもと様子が違った。ずっと僕の方を見ながら何度も何度も鳴いた。
そのことを友人に話したところ、その友人は気が付いたらいなくなっていた。
ほかの人にも話したが、同じように気が付いたらいなくなる。
『恐らくこれは、アレの存在を知っているものを消す。そんな呪いなのだろう』ということは分かったが、なぜ僕は消えない?
それは僕は耳が聞こえないから。あの烏の鳴き声を聞くと、消えてしまうのだ。
聞こえないうちはいい。だが、5回以上出会うとあの烏の声を聞いてしまう可能性があるのだろう。僕を轢いてくれたトラックの運転手には感謝しかない。
『何故君たちにあの烏の話が伝わったのかは知らないが、まぁ噂というのは何処からかでていくものなのだろうな。』
『そんなことがあったんですね。消えた人たちはいったいどこに行くんでしょうか?』
『分からない。だが、ある程度考えられたのは“あの烏が自分の正体を少しでも知っている者を消す理由”だ。』
『どういうことですか?』
『恐らく、アレは自分が偽物であることを理解しているのだろう。そしてそれを恥じている。だから、自分の存在が広まってしまうことを非常に嫌悪して、自分の存在を完璧に消したい。そのために自分のことを知っている者から消すのだ。』
なるほど。だから香澄の話を聞いてから付きまとわれるようになったんだな。
『対処法とかはあるんですか?』
『いや、ない。しいて言うならば僕のように聴覚を失うことだが、そうも簡単にいく話でもない。』
じゃあ、私はもうすぐ死んでしまうのだろう。
烏の羽根になることを“死”と呼ぶのかは置いておくとして、でもそうなると香澄にまた会えるのかと考えたら、気は楽になった。
『もう日が暮れてきた。もう帰った方がいいんじゃないか。』
『そうですね。今日はありがとうございました。』
深々とお辞儀をしてから、私は家を出る。
太陽はもう落ちていて、空は茜色に染まっている。建物も。
ふと近くの電線を見るとそこには
あの烏がいた。
三本目の足は少し前のとは比較にならないほど濃く、だが凝視していることもできなかった。
——————カァ!
その鳴き声と共に、私の意識は暗転した。
好奇心は猫を殺す。 相対音感 @soutaionkan
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