第4話

 烏は窓から家に侵入していったのだが、その侵入の仕方が妙だった。


 開いている窓に入っていったのではなく、閉じている窓。まるで実体のない光が通行するように通り抜けていった。


 別に行ったところで助けられる訳ではないが、放っておくことはできないし、あの家には何かある。


 走ってその家に行き、インターホンを押す。


 すると、一人の男性が出てきた。


 70歳くらいだろうか。眼鏡を掛けていて、手は絵具かなんかの汚れで色があふれている。


 彼は私に向かって自分の手で何か…サインのようなものを出していた。


 彼が聴覚障害者で、それが手話であることにはすぐに気が付いたが、如何せん意味が何も分からない。


 こちらが戸惑っていると、彼は少し思案気な顔をしながら、胸ポケットからメモ帳を取り出し、文字を書いていた。


『君は誰なんだい。何か、僕に用があるのかい。』


 私はとっさにスマホのメモ帳アプリを起動し、そこに入力して見せる。


『この家に、三本足の烏が入って来たのを見ましたか?』


 そう尋ねると、彼は少し驚いた表情をして、私のことをまるで殺された人を見るかのような、憐みの目で見た、気がした。


『ここで話すのもなんだ。僕の家に入りなさい。』


 そのお言葉に甘え、家に上がらせてもらうことにした。


 手の汚れから察せられた通り、彼は画家だ。キャンバスがあり、机の上には色々な画材…というのだろうか、絵具やペンキらしきもの、筆や鉛筆がある。それら以外の半分くらいは何に、どうやって使うのかさえ分からない壺だとかスプレーが散在している。本当は整理されていて、彼には何がどこにあるか完璧に把握できているのかもしれないが、私から見ると散在しているとしか思えない。


『ここに座りなさい。』


 キャンバスの前に置かれた椅子に彼は座り、私は彼が移動させた椅子に座る。


『まずは自己紹介から行こう。僕の名前は渡辺わたなべ しげる。見てごらんの通り、僕は画家。君は誰なんだい。』


『私ははら雪猫といいます。女子大生です。あの烏はいったい何なんですか?』


 あの烏について知ってそうだったため、尋ねてみたところ、彼は少しため息を吐いてから、『君がどうしてあの烏を知っているのか、どこまで知っているのか、どうしてここが分かったのか。それを知りたい。』と返事をされた。


 それまでの経緯を説明すると、『付いてきなさい。』と見せて席を立った。


 黒いベールがかかった作品の前へ行き、そのベールを外した。


 それは、黒い背景に三本足の烏が描かれた作品だった。その烏はほぼ現実と言っていいくらいに現実味を帯びていて、だからこそ三本目の足の存在が浮いている。

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