第11話 二つの事件

 ドキッとしてからしばらく経って。

 俺は今、フレジルークの家のベッドに横たわっている。

 感触は保健室のベッドと同じ。仮病を使って休んだ時の罪悪感を思い出すようだ。

 それに、ベッドが真っ白ってのも、それを彷彿させてくる。

 まぁ、家の内装は全然保健室なんかじゃないんだが。

 家の内装は、温かみを絵に描いたような感じだ。

 暖色系の木の壁に、薄橙色の電気の明かり。

 何もしていないと、いつの間にか眠りについてしまう。


 さて、そんなことよりもだ。

 俺がなぜベッドで横たわっているか。

 今はそこの話だ。


 まず、今日の日付の事だ。

 今の状況を整理するために、の日付から遡ろう。

 あの事件――幹が自分の正体を曝してしまった日だ。

 あの日の日付は七月十八日。

 いつものように、俺と幹が一緒に学校から帰る約束をしていた日。

 博士の手伝いをしに行った日。

 そのまま成り行きで、人体実験の代わりを探した日。

 そして、完璧超人の烏丸愛理と出会った日。

 そして、博士が消えた日。


 あの日から、俺らの地獄の日々は始まった。

 全ては憶測で、希望的観測で、俺たちは歩き始めた。

 俺は幹を守るために立ち上がった。

 いや、本当はたぶん、あの時何もできなかった自分を悔い改めるためにかもしれない。

 それと、あの頭に語り掛けてくる変な奴だ。

 あいつのいう、幹を人間として好きなのではなく、機械として好きなんだろうという話を否定するためでもある。

 幹は人間でありたがってる。

 俺はその意思を尊重する。

 勿論、幹が人造人間だということも理解している。

 だが、だからといって、幹が人間でないとは言えない。

 例え彼女の体が金属で出来てようと、本質は人間だ。

 俺はその人間を、幹を好いている。

 幹という存在を。


 ――少し感情が昂っちゃったな。話を戻そう。


 さて、あの日から三日後の夜。

 つまり、七月二十一日の夜だが、あの日は、初めてフレジルークと邂逅した日だ。

 俺達が逃げに逃げ、暗闇の中を彷徨ってる時にやって来た人造人間。

 今じゃ、あいつの家のベッドでこの有り様だが、あの時は完全には信用していなかった。

 いわば博打、どうせ野垂れ死ぬならと、あいつの言葉に手を伸ばした。

 罠であったとしても、それでもいいと。


 そして、あの日は俺がここに来た日だ。

 フレジルークの家に。


 そしてそこからさらに一週間がたった。

 それが今日、七月二十八日だ。

 今日という日がどんな日かというと、そうだな、特に何もない日だ。

 特に何もないってのは、俺たちにとってはいいことだ。

 何もないってのは、平和ってことだからな。




 さて、こっからが本題だ。

 この一週間で起きた事件をまとめる。


 まず一つは、俺の体が動かないということだ。

 正確には、少しは動くのだが、歩いたり手を動かしたりというのは上手く出来ない。

 言ってしまえば、身体が麻痺しているようなものだろう。

 原因はおそらく、あの黒い球体。転送装置だ。

 あの転送装置から出て、この家に着いた時の話だ。

 フレジルークによると、俺は気絶しながら出て来たらしい。

 最初は、転送装置を怖がった俺が、あまりの怖さに失神しただけかと思われた。

 だが、それは違った。



 ―――




 俺が目を覚ますと、艶めかしいフレジルークがこちらを覗いていた。

 あの時、不意にドキッとしてしまった俺は、そんな自分を律しようと、自分の頬にビンタしようとした。


 が、それは出来なかった。

 動かなかったのだ、この腕が。

 だが、幸いにも口は動いた。


「フレジルーク・・・体が動かないんだが・・・」


 目覚めた俺を見つめるフレジルークは、俺の言葉にこう返した。


「初めての体験だったからね。時期に治るよ、きっとね」


 と、軽い感じで返した。

 風呂上りなのだろうか、なんだかぽわぽわしているフレジルークがそういうと、なんだか色気を感じる。

 いやいや、今はそんな話じゃない。


 俺はフレジルークにそう言われた後、ひたすらに暇を持て余していた。

 このベッドの上、いつかは動けるようになるだろうと、どこか楽観的に考えていた。

 そして、そこから一日、一日、また一日と過ぎていき、いつの間にか一種間が経過した。

 未だに俺は動けず、ただベッドに横たわっている。


 フレジルークからは


「転送されてる際に何かあったかもね」


 と、これまた軽い感じで言われた。

 一応仲間にはなったはずなんだが、俺の身を案じてくれるほどの友好度はないみたいだ。

 しかい、ここまでくると不安だ。

 生きていることは幸いだが、動けないんじゃ幹の助けになれない。

 あの日は臆病が足にこべりついて動けなかったが、今はまたそれとは別。

 心ではなく、身体が言うことを聞かない。


 そのせいで、俺はずっとこの暖色の壁を見つめているわけだ。




 ―――




 これが一つ目の事件。

 題するなら、桐谷優の全身麻痺事件だ。


 そして、事件はもう一つある。


 それは、烏丸がここにいないことだ。

 ここにいないってのはつまり、烏丸はおそらくだが、転送装置に入らなかったのだ。

 俺はベッドから動けないので、詳しい話は聞けていない。

 ただ、烏丸が来なかったと、それだけを言われた。

 その報告をしに来たのは、表情を曇らせた幹だった。


 幹は言った。


「愛理ちゃんが・・・来てないの・・・それだけ、それだけ伝えに来ただけ。それじゃあ、ゆっくり休んでね・・・」


 幹は俺が話す間も与えずに、ただそう言い放っては部屋を出ていった。

 わずか数秒の出来事だったが、その数秒で色んな事が頭に浮かんだ。


 俺のせいで来なかったのだろうか、

 幹は自分を責めたりしていないだろうか、

 もしかしたら転送装置に何かあったのではないか、

 烏丸はフレジルークを信用しきれなかったのか。


 だが、根底に宿っている想いは一つ。


『幹が悲しむのなら、探し出さなければ』


 結局俺は、烏丸の事を好いてはいない。

 ずっとそうだ。

 俺は烏丸を、好いても嫌ってもいない。

 ただ、人並みならない努力を積み上げたであろうあの美貌に対する尊敬と、その裏返しの恐怖だけ。

 そして、幹を笑顔にさせるための材料。

 俺の中の烏丸の評価は、あまり変わらない。

 俺が好きなのは幹だ。

 烏丸は、俺の好きな人の友達だ。

 それ以上でも、以下でもない。


 幹の表情が曇るなら俺は烏丸を探すし、烏丸がいなくても幹が幸せなら、俺は放っておく。

 この事件で思うことは、それだけだ。


 この事件にも名前を付けてやろう。

 題して『烏丸愛理行方不明事件』だ。


 どちらの事件の名前も安直だが、安直な方が分かりやすくていい。

 物事ってのは分かりやすい方がいい。

 複雑であった方が楽しかったりするが、この手のものは分かりやすさが大切だからな。


 さて、この二つの事件だが。

 どちらも解決には、結構な時間がかかるだろう。

 俺の体がどうなっているかは分からないし、烏丸の行方も不明だ。

 今できることは、はっきり言ってない。

 博士を探し出すってのも、結局、身体が動かない俺じゃどうしようもない。


 そこで、一つ思ったことがある。

 身体が動かないのは、頭に直接語り掛けてくるあいつのせいじゃないのかって事だ。

 あいつが出てくると、身体が動かなくなる説ってやつだ。

 幹が日に飛び込んでいくのを止めれなかった時、あいつは喋りかけて来た。

 今この状態になる前も、転送中に語り掛けて来た。

 まだ二回しか体験していないが、トリガーはあいつの可能性は十分にある。


 というわけで。


 今回の事件二つ、そして博士を探し出すために。


 俺はアイツと、もう一度話をする。

 そのためになんだが、一つフレジルークに頼みごとをしておいた。


『ガチャッ』


 と、ちょうどいいタイミングで来てくれたみたいだ。


「持ってきたけど・・・優、君はМなのかい?」


「なんでもいいよ・・・とりあえず、チャチャっと打ってくれ」


「躊躇いがないあたりがきもいよホント。まぁ、やれっていわれたらやるけどね」


 フレジルークに頼んだ頼み事。

 それは――


「それじゃ、打つよ」


 毒物の摂取だ。



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