第19話 また会える日まで
「たてすなー、たてすなー」
午前十一時頃、縦砂駅に着いた恒章は、西口の大通りへ向かった。その先に、福徳家御用達の喫茶店があるらしく、その場所で落ち合うこととなったのだ。駅から歩いて十分ほど、福徳から指定された喫茶店の前に着いた。辺りを見渡すが、彼の姿はない。
「ツネさん、お待たせ」
「今来たとこだから平気」
福徳が遅れて待ち合わせ場所にやってきた。そして、福徳はその喫茶店のドアを開いた。福徳に促され、恒章は中へと入っていく。そこはとても高級感が溢れていて、高校生が到底入れるようなところではない、場違いの雰囲気がした。
「なんか入りづらい」
「いらっしゃいませ、ご予約ですか?」
マスターだろうか、シャツにチョッキを合わせた、いかにも紳士的な身なりをした初老の男性が出迎えに来ていた。
「えっと……」
「マスター、いや森井さん」
福徳が男性に声をかけた。男性がそちらの方へ向くと、ハッとした顔で、だけど少し緩んだ顔でこう返した。
「勝辰坊っちゃま。ようこそいらっしゃいました」
そう言って、森井さんは深々と頭を下げた。
「顔を上げてください。かえって無理を言って申し訳ありません」
「いえいえ。旦那様より伺っております。どうぞこちらへ」
そして、森井さんは福徳と恒章を奥の部屋へと案内した。その扉を開けると、中にはいわゆるVIPルームのような、豪勢な雰囲気が漂うばかりだった。メイドも数名いる。
「ふ、フクちゃん?」
「大丈夫だよ、気にしなくても」
福徳は臆することもなくそのまま部屋へと入っていく。その傍ら、恒章は扉の前でただ呆然と立ち尽くしていた。福徳に手招きをされ、恒章は続けて中へと入る。
「お帰りなさいませ、勝辰さま。いらっしゃいませ、東山さま」
メイドたちが二人に深々と挨拶をしていく中、恒章は奥の机の方に通された。
「ひえー……」
「そんなにびっくりしなくても」
後から森井さんを含め、メイドたちがコーヒーとケーキを運んでくる。恒章と福徳の前にそれぞれ置かれていった。二人はそれぞれお礼を言う。その後、メイドたちは部屋を退出し、森井さんはその扉をゆっくりと閉めた。
「意外や意外、執事までいるなんて」
「いろいろとバレると面倒だからね。こういうのって」
福徳はコーヒーを一口飲んだ。恒章も見様見真似でコーヒーを飲む。少し苦く感じた。福徳が森井さんに砂糖とミルクを持って来させ、使うように恒章に促した。絶妙な甘さになり、恒章は少しホッとした気がした。そして、流れる長い沈黙。少し経った頃、恒章から切り出した。
「あの時のさよならは、やっぱり冗談じゃなかったんだな」
「ごめんね、嘘ついて」
「いいよ。嘘であってほしかったから」
恒章はまたコーヒーを一口飲む。福徳は、ゆっくりとショートケーキを手に取り口に入れる。
「でも、あの時は死んじゃうのかもしれないと思ったよ」
「ツネさんのあの真剣な顔を見てたら、面白すぎて悩むのが馬鹿らしくなっちゃって」
「どういう意味だよ」
恒章は顔を顰める。しかし福徳は笑って答えた。
「ツネさん怒んないで。まあ、今までにいないタイプっていうか。単純で裏表がないから安心したっていうか」
「まあ、褒め言葉として受け取るよ」
「あ、こないだのだけどね……」
福徳の話によると、本当はかの有名な家具用品会社である福徳商事の跡取り息子だったらしい。海外に事業展開していく上で、一度現地のアメリカで生活させておこうという算段だったらしい。しかし、もともと歌も好きであったことから、高校三年間は日本で過ごして夢を叶えたいと直談判して、港山高校に入学したそうだ。しかし、昨今の事件の煽りを受けて、日本の高校よりもアメリカの高校の方が良いのではないかという結論になったとのことだった。
「部活も楽しかったよ。あっ、でも東山くんの話はしないほうがいいか」
「まあそうしてもらえれば。聞いてるとなんか自分が嫌になるし」
恒章は少し溜息をした。すこし俯きながら、続けて言う。
「あいつの力だし、別人だから比べても仕方ないとは思ってても、なんか空気というか、すごく惨めに感じてた」
「ツネさんは、意地になるとこあるからねえ」
福徳は相変わらず、ケーキをもう一つ頬張っている。
「でも高校は意外と、自分を自分として見る人が多いなって感じた。学校もなんか行きやすかったし。フクちゃんのおかげですかねえ」
恒章はそう言ってコーヒーを飲み干した。森井さんは、コーヒーのおかわりとカップを交換していった。
「向こう行ったら続けるの? 歌」
「それはもちろん」
福徳もコーヒーを飲み干した。そして、カバンの中からあるものを出した。
「そういえばさ、日本のゲーム機、買ったんだよね。フレンドコード、交換しようよ」
「いいよ」
二人は、お互いのゲーム機を通信させて、フレンド登録をした。
「これで時々対戦できるね」
「割り込んでくるなよ」
恒章がふと後ろの壁を見ると、時刻は一時を過ぎていた。この後、実はカードゲームの約束をしていたのだ。
「そろそろ行くわ」
「それじゃ、終業式の時にね」
「うん、それじゃ」
恒章は、福徳に見送られて部屋を出たいった。そして、森井さんに案内をされて喫茶店の入り口まで来た。
「今日はごちそうさまでした」
「いえ、勝辰坊ちゃんも高校に入られてからは、すごく楽しそうに過ごされていました。それも東山様のお陰です」
森井さんは深々と頭を下げていた。恒章は軽く会釈をして、その喫茶店を出ていったのだった。
その一方、福徳のスマホには着信がかかっていた。その相手は、同じ部活で、恒章の双子の兄だった。
「東山くん、どうしたの?」
『土呂ちゃんとか恒章とかから、福徳くんがもうすぐ転校だと知ってさ。部活のメンバーで持っていきたいものあるから、時間とれないかなあと思って』
福徳はちらっとカレンダーを見つめた。うーん、と唸りながらも福徳は言葉を返した。
「引越しの準備があるから、終業式になりそうかな」
『わかった。その時に持って行くよ』
「ありがとうね」
『でも、寂しいね。せっかく同じ部活で一緒にできると思ったのに……』
「僕も、東山くんみたいな立派な人と一緒にできるなんて思わなかったよ。でもまあ、しかたないね」
そして、部活の思い出話を少しして、お互いに電話を切ろうとした時だった。
『あっ、福徳くん!』
和信が電話で福徳を呼び止めた。
『そういえば、歌は続けるのかい?』
「同じこと、ツネさんからも聞かれたよ」
福徳は思わず笑ってしまった。やっぱり、あの二人はなんだかんだ考えることは同じになるんだなと。
「うん、続けるよ。」
*
終業式の日、全校生徒が体育館に集まって、校長先生の長い話を聞き、表彰生徒に拍手を送り、教室へ帰って行くという形式的な行事を済ませて帰ってきた。
「最後に、福徳からひとこと頼む」
「短い間でしたが、本当にお世話になりました。アメリカでも頑張ります。一時帰国で戻ってきたら、また遊びましょう」
福徳はクラスのみんなから拍手を受け、一礼した。そして、六組一同からプレゼントを受け取った。
ホームルームが終わり、廊下で舞台創造部のメンバーが福徳に軽く挨拶をしがてら、プレゼントを渡して、記念撮影をした。ただその時には、恒章の姿はそこにはなかった。
福徳が昇降口を降りて、外に出ると恒章の姿があった。
「そのまま空港に行くの?」
福徳はゆっくりと頷いた。そして、恒章の方に右手を差し伸べる。
「今までありがとうね」
「こちらこそ」
恒章もまた右手を福徳の方に差し伸べて、お互いにしっかりと手を握った。その後、福徳の両親が出発すると彼に声をかけた。彼はすぐに向かう旨を伝えた。
「それじゃあね」
「またね」
そう言って、福徳は迎えの車に乗って、アメリカへ旅立ったのだった。
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