第18話 試験
「さよならって」
恒章は呆然と立ち尽くす。そんな彼に向けた福徳の視線は、真剣そのものだった。しかし、妙に違和感を覚えた。何か抱えている闇があるのかもしれないが、恒章は何もすることができず、顔の血の気が少し引いた気がした。
「ははっ、なんちゃって。冗談だよ!」
思わず恒章はガクッと力が抜け、よろめく。福徳は「おっと」と言いながら、恒章の身体を支えたのだった。
「俺の一瞬悩んでいた時間返せよ」
ムスッとさせた恒章に笑いながらごめんごめんと返す福徳。
「そんじゃ、また明日ね」
「じゃあの」
*
中間テスト。港山高校は二学期制のため、夏の時期に中間テストがある。一週間前になれば、生徒たちはみなテスト勉強に励み始める。もちろん東山兄弟も例外ではなかった。和信は、クラスメイトと試験勉強のためにグループ学習室にいた。
「ひーやん、ここの英語の問題教えてくれぇ……」
土呂が半泣きの状態で和信に縋りついていた。和信は、彼から差し出された問題のページを見る。すると、和信は対応する教科書のページを開き、見せながら土呂に教える。
「ここは、この例題と一緒で、“have + 過去分詞”で解けばいいから」
「speak の過去分詞は、えーっとspokenだから……。おー、合ってた! さすがひーやん!」
土呂は問題が解けたことに興奮し、歓喜の声を上げた。
「ちょっと、静かにしてください!」
隣の部屋から女生徒に怒られた土呂だった。いつもなら「何やと! お前がうるさいわ!」と言い返す土呂を想像してしまい、一同は少しヒヤヒヤした。
「す……すみません……」
と、なぜか顔を赤らめながら声を小さくして、静かに英語の問題を同じように教科書で調べながら解き続けた。そんな彼を小さく笑いながらも、隣のぷっくりした少年、亀田も和信にヘルプを求めていた。
「数学のこの問題を教えてくれ。どうしても、判別式じゃ解けなくて」
「ここは無理に計算するんじゃなくて、aの2乗−bの2乗を使うと……」
「すげえ、一気に答えが出た……」
「さすが、ひーやんは優秀だわ。でも、なんでそんなにデキるん?」
ありがとうと和信は笑いながら答えた。小学校、中学校と子役で活躍していた和信はあったが、成績が良く頼られることが多かった。しかし一般的には、和信ほどのクラスになると芸能の仕事で学校に出席できないことの方が多い。
「子役であっても驕るべからず、学校生活も勉強も置いてかれるなと育ったもんでね……」
「そういえば春の新入生テストは、一位だったもんなあ」
一同はみんな納得していた。そんな彼らをよそに、和信はそっと呟いた。
「でも、恒章に勝ったことない科目があるんだよなあ……」
ーーパーン。
鋭い音が隣の部屋から響いた。全員が一組の連中は、思わず顔を見合わせる。恐る恐る一組の連中は、隣の部屋を覗き込んだ。
「くっ、俺たちがこの部屋で……」
「勉強させられなきゃいけないんだ……」
恒章を含めた六組のカードゲーマーたちがせっせと課題に取り組んでいる。その後ろで、南野七菜香がハリセンを持って、足を組んで腰掛けながら見張るかのように佇んでいた。少し離れた長机のところには、福徳と二組の中山美空がそれぞれ試験勉強を無口に取り組んでいたのだった。
「何言ってんの! 追い出されないだけ文句言わないでよね! 」
「ななちゃん、そこまでしなくても……」
思わず二組の中山美空は七菜香を嗜める。七菜香はえーっ。と言いつつも美空にハリセンを取り上げられてしまった。美空は再びイヤホンをして音楽を聴きながら、数学の証明問題に取り組んでいた。福徳はそんな惨状には気づかず、英語のリスニングを、ノイズキャンセリング付きのイヤホンで聴きながら穴埋め問題を解いていた。
ところで、なぜ同じ部屋で勉強しているかというと……。五時間目が終わった後に遡る。恒章のカードゲーム仲間である山口とが残りの学習室を使おうとしてブッキングしてしまったのだ。どちらも譲る気配がなかったので、決着をつけるために対決した結果がこれだ。
「UNOでドローツー四枚出すとか反則だろ……」
「非公式ルールでみんな納得したでしょ! みんな楽しんでたくせに!」
「というか何で東山はUNO借りたんだよ! 福徳がでっかいUNO持ってんだよ……」
口々に文句を言う三人。しかし七菜香の勢いには勝てなかった。新入生テストの結果が芳しくなかったゲーマーたちをスパルタ指導という名目なのだ。
「ななちゃん。あとで、この数学の問題を教えて欲しいんだけど……」
「「「俺が教えます!」」」
恒章を除く三人は、美空の質問を取り合おうと必死に駆け寄ったが、
「まずは、提出しなかった課題を終わらせろ!」
と七菜香にハリセンで四人の頭を叩いた。その後、美空は飲み物を買いに一度部屋の外へ出て行った。
「痛ってえ……、なんで俺まで……」
「連帯責任よ。ってあれ、古文と漢文できてんじゃん」
七菜香の言葉に、足立、田島、山口の三人も、恒章の古文と漢文の課題を見つめていた。
「なんで、古文漢文満点なのに、新入生テスト最下位だったんだよ……」
「双子でも兄はトップで弟がビリってどういうことだよ……」
恒章は、少し俯きながら視線を逸らし、誰とも目を合わせずにこう話した。
「いや、あれは、解答欄を一マスずらして……パニクっただけだって……」
「いや、それで0点はないでしょ」
福徳が恒章にぴしゃりと物言いをつけた。恒章はむくれて言い返す。
「本当だって」
そして福徳はニヤつきながら、恒章にトドメを刺した。
「テスト中、いつも寝てるからツネさん」
「フクちゃん!」
恒章はゲンコツを福徳のこめかみにセットしてグリグリしはじめた。
「痛い痛いっ!」
その瞬間、コンコン。と音がして、ドアが開いた。先生だった。
「これ以上騒ぐなら……。わかってるな?」
*
あれから、中間テストは無事に終わった。その一週間後、各教科ともに解答用紙が返却された。今回のテストは、学年を通じて六十点以上はみんな取れていたらしく、赤点を出した生徒がいなくて優秀だとほめられたと先生は話していた。
「ツネさん、どうだった?」
ニコニコした顔で恒章に寄る福徳。
「お陰様でなんとか六割は突破したよ……」
恒章ははぁと息を漏らしながら福徳に答えた。あの日、学習室を追い出された恒章たちは、とりあえず図書館などに散っていったようだった。恒章は、福徳と一緒に帰る途中、近くの図書館で教えを乞いながら試験対策を行なっていた。
「頑張った甲斐がありましたな」
「はいはい」
そして帰りのホームルーム、事件は起こった。話があると、生徒たちを座らせた。担任の口から出た言葉に、恒章は耳を疑った。
「突然なんだが、寂しいことに、福徳が親御さんの都合で、アメリカに転校することになった」
教室内はざわつく。そんな生徒に静止をかける先生。
「みんなと会えるのは、終業式が最後になるからな。特に東山。福徳と一番仲良かったんだから、そん時くらいは、ちゃんと挨拶ぐらいしろよ」
「……」
そして淡々と、担任は翌日の連絡をしはじめた。
*
「恒章」
家に着いて部屋に入ると、和信の姿があった。
「福徳くん転校するって本当?」
「うん、アメリカだって」
「いいなあ、ブロードウェイ」
「……」
同じ部員だったのに、ショックを受けるどころか羨ましがる兄の姿に呆気に取られた。兄にとっては、演劇の本場で勉強できるということで羨ましいのだろうが、人間的にどうなのか少し考えてしまった。
「誰から聞いたの?」
「土呂ちゃん。あそこは幼馴染で少し前から知ってたらしい」
「そうかい」
そう言って、恒章は部屋の中へと入っていった。
久々にゲームでオンライン対戦をした後、恒章はスマホの通知に気づいた。福徳からのメッセージだった。
『明日の放課後、縦砂駅まで来てくれる?』
恒章は少し手を止めた。しかし、少し経ってから恒章は彼にこう返したのだった。
『りょ』
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