第17話 渡したいもの

「ツネさん、ちょっといい?」

 福徳が後ろの席にいる恒章に声をかける。

「今日は、カードゲームやろうと思ってたんだけどな」

「今活動NGと店の出禁喰らってるでしょ。禁止カード使って」

 恒章はわざとらしく顔を叛け、口笛を吹く。

「足立君とか田島君とかから聞いたよー。それで巻き添え喰らったって」

 恒章は一瞬固まり、ふとカードゲーム仲間の方を見た。

「山口君なんかかわいそうに、当日は別の用事でいなかったのに、同じグループってだけで道連れに……」

「類義語で言い換えれば、言いもんじゃないぞ」

 恒章は福徳の頭を軽く手刀を喰らわせ、カードゲーム仲間のところに駆け込んだ。仲間たちは恒章の突進に驚く。何しゃべってんだというに対して、お前のせいだろ!と反撃され軽く揉みあった。福徳は恒章を羽交い絞めにしながら、席まで戻って話を続けた。

「それで『禁止カードの使い手』のツネさんに用事があるんだけど」

「もうそれ持ち込まないで」

 恒章は切り返すが、そんな彼をよそに福徳は話を続けた。

「今日の放課後、ちょっといい? カード部の人たちには既にOK貰ってるから」

「えー……」

 正直面倒くさいところではあるが、家に帰っても今日は両親ともにいる。どうにかして第三の案を出したい。

「こないだの弁当代、まだ返してもらってないんだけどな。五百円」

「……わかりました」

 恒章は、福徳に心理的に首根っこをつかまされた。


 *


 放課後、福徳と一緒に向かったのは近くのカフェだった。入店し奥の方へ向かうと、見覚えのある上級生の顔があった。舞台創造部の男子生徒の榊先輩と女子生徒の鏡先輩だった。榊先輩が手を軽く上げたところに向かうと、鏡先輩は軽くお辞儀した。

「あの僕、弟のほうですけど……」

「うん、だからこそ君に来てもらったんだ」

 恒章は思わず首を傾げた。何の接点もないのになぜ呼び出したのか、まだよくわかっていなかった。入部しなかったことを責められるか、兄の和信のことで何か言われるのか、後ろ向きな想像をしていた。

「とりあえず、何か好きなの選んでくれれば」

「は、はぁ……」

 先輩たちに促され、二人はケーキセットを注文した。その後、ピピピピピと携帯の着信音がけたたましく鳴る。各々がスマホを確認すると、その正体は福徳のスマホからだった。

「ごめん、ちょっと親から電話があった! すみません、ちょっと出てきます」

もしもしと言いながら、福徳は一度店外へ出ていった。

先輩たちはその様子を見届けると、恒章のほうに向き直って一冊のノートを差し出した。

「これを君に渡しておきたい。預かっていてほしいんだ」

 その差し出されたノートには、表紙に『舞台創造部 活動ノート』と書かれていたものだった。部員でもない自分がなぜ持たなければならないのか、更に疑問が深まるばかりだった。

「僕は本格的に受験に向けて頑張る時期になってしまったからね。これ以上、この部活に関われないと悟ったんだ」

「でも、鏡先輩がいるじゃないですか。二年生だし、部活が解禁されれば……」

恒章の言葉に対して、鏡先輩が静かにこう言った。

「実はT大の飛び入学試験に合格したの」

衝撃の事実に言葉を失った恒章。そんな彼をよそに鏡先輩は続ける。

「来年は高校生じゃない。つまり、この部活のメンバーとしていられないの」

「フクちゃんじゃだめですか?」

「これは、部員たちに渡しちゃダメだと思っているんだ」

食い気味に二人へ問う恒章に、榊先輩は落ち着いてこう返した。

「部活がなくなる以上、部員たちには、どう続けるかは自分たちで結論を出すべきだと思っているよ」

そして、榊先輩は続けて言った。

「東山くん……君のお兄さんみたいな実力者であっても、運営までのノウハウは持ってはいない。たとえ子役だったとしてもね」

「こだわりが強いところはありますからね……」

思わず恒章は俯いた。

「彼が周りを見れなくなったときに、それを渡してほしいんだ」

「……わかりました」

恒章はそのノートをカバンにしまった。そして、同時に福徳が店に戻ってきた。急ぎ足で恒章たちの席に向かってくる。

「すみません、遅くなりました」

「お疲れ様ー」

その後、恒章は運ばれてきたケーキセットを頬張りながら、ついでに福徳とともに学校生活のことや定期試験の過去問やポイントなどをいろいろと教えてもらった。思わぬ形で癖のある教師の過去問を手に入れ、定期試験を乗り切る方法を得ることができそうな気がした。



カランコロン―—。

「あ、そういえばお金は……」

「私の店なので、お金は大丈夫よ」

そのカフェの入口をよく見ると、隣には『鏡』と表札があった。

「ここ、鏡先輩のお家だったんですね!」

福徳は驚いていた。

「じゃあ、気をつけてね」

「「ありがとうございました」」

そう言って、鏡先輩とカフェ兼ご自宅の前で別れた。最寄駅まで来たところで、榊先輩とも別れた。改札から駅に入ると、福徳が話し出した。

「ツネさん、先輩たちと何話したの?」

「たわいもない話。あと和信のプライベートとか」

「何だそりゃ」

と言いつつも売店でお菓子や飲料を買いながら、笑いながら他愛もない話をし続けていた。その後二人はホームに降り立って列車を待っていた。間もなく列車の接近放送が流れる。

「ツネさん」

「ん?」

福徳は神妙な面持ちで恒章のほうを見た。そして、こう続けた。

「夏休みでさよならすることになっちゃった。」

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