第11話 幼馴染

「あーえーいーうーえーおーあーおー」

舞台創造部の部室から、発声練習の声が聞こえてくる。部員の面々が円になって、基礎練習を始めている。一際大きな声が響く。和信だった。さすがは元子役。基礎は完璧だった。上級生も負けていない。一年生は、まだ声の調子が出ていないようだった。

「一年生、もう少しお腹に力を入れて」

と、ショートヘアの三年女子、高木副部長に注意される。

「はい!」

一年生たちは懸命に返事をした。その後も、活舌練習や腹筋、背筋などの基礎練習もこなしていった。

「次は、柔軟体操やろうか」

榊部長の指示と同時に、部員たちは隣同士二人一組になって体前屈を始める。

「痛たた……」

「もうちょっとがんばれー」

「おっ、すげえ柔らけえ」

あちこちから悲鳴やら歓声やらがが聞こえる。和信は同じクラスの土呂と一緒に取り組んでいた。はじめに和信が土呂の背中をゆっくりと押していく。

「んー……」

土呂は懸命に身体を前に倒すが手が膝のあたりまでしか進められなかった。

「ギブギブ!!」

土呂の背中に痛みが走るが、和信はその彼の身体を押す手を止めなかった。何回かギブアップを宣言した後、和信はようやくゆっくりと手を戻した。

「ゆっくり息を吐くと少しずつ伸びていくから、もう一回やろうか」

土呂は、和信に言われたとおり、ゆっくりとスーッっと息を吐きながら身体をもう一度前に倒す。やはり痛みは感じる。

「おっ、さっきより伸びてきた」

和信から答えが返ってくると、土呂はゆっくりと再び身体を起こし、攻守交代した。

「ひーやんのお腹はくっつくかなー」

土呂は思い切り和信の背中を押し出す。

「ぐええ……。土呂ちゃん、やめてよ! 」

「土呂、腹筋三十回」

「はーい」

榊部長に注意を受けた土呂は、自分が元いた位置に戻って、腹筋を再度始めた。

「いきなり強く押したらダメだろ」

「すみません」

土呂が腹筋を終えた後、部員たちはランニングのために校庭に出ていった。十周を終えた後、また部室に戻るのがセオリーとなっている。

「そしたら、みんな休憩の前に集まってほしい」

そして、榊部長は部員たちに台本を配った。

「これが今年の夏に公演する劇の台本だ。各自で目を通しておいてほしい」

和信は台本を手にして、少し笑みを浮かべてしまった。土呂に肩を叩かれ

「今まで三年生は演劇を中心として頑張ってきた。二年生は、舞台の裏方をよくがんがってくれてる」

部員全員が頷く。

「でも人数も少ない上に、僕たち三年の引退も近い。だからこれを機に――」



「じゃ、すぐ帰らなきゃだから。ここで」

「またね」

「じゃーの」

和信は福徳と土呂と別れ、駅の方へと向かった。

「ごめん、ちょっと時間ええか?」

「いいけど……」

そう言って、和信が電車で移動したのを見送った後、別の路地に入っていった。着いた先は、ファストフード店だった。

「珍しいね、トトロがこんなところに誘うなんて」

「いやいや、高校生たる者はこういうのも大事なんやで」

そう言って二人は店内へ入っていく。ともにハンバーガーセットを注文し、近くの席へと持ってきた。それに加えて、土呂はLサイズのポテトを二、三個追加で持ってきた。福徳は「また勝手に頼んで!」と少し怒りながらも、パクパクと食べ始める。最近の数学の授業の難しさに手を拱いている土呂に、福徳が教えていた。一段落した後、土呂から話が切り出された。

「あいつとは仲直りしたん?」

福徳の手がピタッと止まる。

「でしょうなあ……」

溜息を吐きながら、土呂はパクパクとポテトを口に入れていく。

「長くなればなるほど抉れるんやから、早く済ませなあかんよ」

その言葉に黙ってうなずく福徳。ふと店内を見渡すと、女子生徒二人が入ってくるのが見えた。

「あれは……、学校一美人で有名な中山さんやん。珍しいこともあるんやな」

「隣は、うちのクラスの南野さんだ」

「あんなギャルとつるんでたら……、心配やで」

なぜか打ちひしがれる土呂に、はいはいと適当に流す福徳。すると、後から一人の男子生徒が入ってくる。その姿は見覚えのある図体だった。

「ひーやん……じゃなくて、ゲーマーの二号の方やん。JK二人に囲まれていい御身分やな」

福徳は怪訝そうな顔をしながら、無言でハンバーガーを頬張り始める。そんな二人には気づかないまま、その三人組は、壁を隔てて隣の席へ座った。土呂はどれどれと聞き耳を立てている。福徳は、「やめろ」とジェスチャーをするが、土呂は構わず壁に耳を当てる。


「そういや、紙芝居は借りれた?」

「全部子ども会の行事やら、保育園のイベントやらで使うからって。何も借りれなかったの」

「そっか、自分たちで一から作るしかないね……」

今度の土曜日に、児童館で紙芝居をやる予定であったが、そのための紙芝居が見つからなかったのだ。

「東山は遅れてくるし……」

「補習が終わらなくて。そもそも僕はゲームしか興味ないから」

「自分で言うなよ! まったく……」

南野は肩を落とす。中山は肩をすぼめて俯くばかりだった。どうしようかと二人が頭を悩ませている反面、恒章は大量のハンバーガーを頬張る。すると南野があることに気づいた。

「東山が前に持ってたあのノート、なんだっけ、『中二病ノート』? それを――」

「だめ。持ってきてないし、見せる気もないから」

南野が眉を顰める。恒章のカバンから少しはみ出ているのが見える。持ってきていないのは嘘だと指摘するのは簡単だが、恒章に逃げられるかもしれない。そう考えると耐えるしかなかった。

「こないだ落としたメモ帳のこと……? 」

「「えっ……」」

恒章と南野が同時に中山を見る。そして、つらつらと中身を語っていく。

女神ミューズ運命デスティニー破壊衝動デストロイ・バースト……」

「待って、これ以上は……言わないでください……」

恒章は、赤くなった顔を手で覆い、しまいには撃沈してしまった。その傍ら、南野は少し表情が引きつっていた。

「美空の完全記憶能力ってエグいわ……」

「でも――」

そんな二人をよそに、中山は言葉を続ける。

「あの歌詞みたいなのは、すごい素敵だと思ったの。これをもとに話書いてもいいかな? 」

恒章は、しばらく黙っていたがコクリと縦に頷いた。

「中山さんが褒めてくれたなら……。いいよ。使わなくなったのだし」

「よっしゃ! 」

南野は思わずガッツポーズする。

「ちょっと席外すね」

そう言って恒章は、店外へ出ていった。


「—―今しかないで」

「うん」

福徳も同じように店外へ出ていった。

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