第10話 紙芝居の女子生徒

「何? 喧嘩した?」

「そうなんよね、口も利いてくれなくなっちゃって」

昼下がりの食堂。幼馴染である六組の福徳と一組の土呂が、特製のカレーライスを頬張りながら相談事をしていた。福徳は、今朝あった恒章ともめたことについて話していた。土呂はカレーを食べながらも、うんと頷きながら話を聞いているようだった。

「フック、それはお前が悪いな」

「わかってるけどさあ……」

そう言いながらも福徳は、相変わらずカレーを口に運んでいく。その傍ら、土呂はため息をつきながら、続けてこう言った。

「ひーやんのタイミングが悪いのも事実やけど……、自分のものを他人に任せようとする中途半端なお前が悪い」

「トトロ。それはね、外注っていうんだよ」

口を曲げる福徳に土呂は頭にチョップを喰らわす。

「いってぇ」

「大げさやな。それで、ひーやん二号は、フケたんか?」

「いや、女子生徒に声かけられて上機嫌になって、ノコノコ教室に出てきたよ」

土呂は思わずずっこけた。

「なんやねん、あいつ」

「ほんと、ゲームのレート、三百くらい落として喚けばいいのに」

はいはいと言いながら土呂は返却口へ食器を返しに行った。福徳も続いて返却口に向かう。

「あっ……」

「あっ……」

ふと目が合った福徳と恒章。お互いに無言になってしまった。恒章は、若干ながら眉を顰めながらも、すぐに踵を返し、食堂から出ていった。

「これは重症やなあ……。ん? 」

土呂はガラス越しに、扉の奥で恒章が女子生徒と話しているのを見つけた。手を招いて、福徳も呼び寄せる。

「あ、さっきの人だ。あの黒髪美人の人」

「ああ、二組の中山さんやな」

へえ、と半ば興味なさそうに福徳は返した。

「大好きな人のことは諦めるんやな」

「そういう関係じゃないからね」

ふ~ん? と土呂は怪しげな顔をしながら、福徳を見つめた。

「なんかデレデレしてるけど、多分、女慣れしてないよ」

「何持ってるんやろ……? 」



「さっきはどうもでした」

「いえいえ、また会えてよかったです!」

恒章は、照れながらも今朝出会った黒髪の清楚系の女子生徒にお礼を言った。福徳ともめていた際、落としていたハンカチを拾ってくれたのだった。さっきぶりとはいえ、また会えるとは思っていなかったのか恒章は少し上気していく感じを覚えていた。そして、彼女の手に持っている物体に気づいた。

「紙芝居の箱ですか? 」

「よく知ってますね。これ、舞台っていうんです」

「美空~、早く行こうよ~」

遠方からもう一人女子生徒が駆け寄ってきた。少しギャルっぽい感じのした女子だった。そのギャルは恒章と目が合った瞬間、話しかけてきた。

「あっ、東山じゃん。何してるの?」

「えっと……? 南野さん……?」

恒章は思わずたじろいだ。同じ六組の南野七菜香だった。

「知り合いなの?」

「うん、うちのクラスの東山。って知らなかったの?」

「……お兄ちゃんのほうかと思ってた」

「違います!」

恒章は少しばかり頬を膨らませた。

「この子は、二組の中山美空」

「で、こっちが六組の東山恒章。ゲームオタクの弟のほうだよ」

恒章は、微妙な笑みを浮かべながらも挨拶を交わした。そして、南野が腕時計を見止める。

「あっ、児童館の打ち合わせ! もうすぐだよ!」

「早く行かなきゃ! それじゃあね、東山くん!」

そう言って二人は、急いで校舎へと入っていった。恒章は少し鼓動を感じたような気がした。

 そして昼休みが終わるころ、一組の前を通りかかった。

「そういや、中山さんは二組だっけ……」

そう思いながら恒章は、二組の教室をちらっと覗く。

「のぞき見なんて、趣味悪いぞ。恒章」

後ろからささやく声がした。振り返ると和信だった。

「何か用……?」

「委員会の用事。ってか鼻の下伸びてるぞ」

恒章は思わずハッとして、顔を触ってしまう。そんな弟の様子を気に留めようとせずに教室に声をかけた。

「中山さん、これ明日のやつ」

「あっ、学級委員の資料。東山くんありがとう」

中山は、和信にお礼を言った。そして、隣にいた恒章の姿を見ると、目が点になり静止していた。

「あれ、東山くんが二人……?」

「あ、双子だからさ」

即座に和信が中山に返した。

「さっき弟さんともお話ししたけど、まだ見分けがつかないなあ……」

「さあ、恒章は教室に戻るぞー」

考え込む中山をよそに、和信は恒章の肩に手を添えて六組の教室へと押し出す。すれ違う生徒たちには、双子の戯れだとか、仲良し兄弟とか、ちょっとずれた冷やかしをされ、弟の恒章は複雑な心境だった。そしてそんな弟をよそに、兄は六組の教室に弟を押し込んだ。

「ついでに福徳くん呼んで」

「自分で呼べば?」

「じゃあ、呼ぶわ…… スゥ……」

和信が息を大きく吸う。恒章は嫌な予感がした。あの息継ぎは、子役時代に培った演劇の賜物、腹式呼吸を生かした通る声が出る。そう直感が働く。今まで、実生活でその声を使って、何度恥ずかしい思いをさせられてきたか……。

「待った待った! 呼んでくるからそこで待ってて……」

少々イラつきながらも和信を抑え込んだ。恒章は福徳の席へ向かう。彼は、音楽プレーヤーで曲を聴いていた。恒章は福徳の肩を叩く。福徳は振り向き、恒章の顔を見ると、少々怪訝そうな顔をした。

「……」

「……」

恒章は、親指で教室の外にいる和信を指し、行って来いと合図を送った。福徳は教室の外にいる和信の姿を認めると、思い出したかのように、紙の束を持って教室の外へ出た。

「ひがしやまー!」

そして、後ろから甲高い声がした。南野だった。

「東山、部活入ってないし暇でしょ?」

「僕は、ゲームに勤しむから忙し……」

「それは、暇っていうんだよ!」

ギャルの勢いに圧され、戦闘不能状態になる恒章だった。

「次の土曜日に、児童館のボランティア手伝ってよ!」

「……」

恒章は黙って自分の席に戻ろうとする。しかし、南野は細身ながらも、彼の行く手を阻んでいく。恒章はどうにかして別ルートで自席へ戻ろうとするが、南野も負けじと阻止していく。まるで、サッカーのOFとDFのごとく。

「美空と二人だけだからさ、ちょっと手伝ってほしくてさ」

一瞬揺れる恒章。中山さんと仲良くなれるチャンスかもしれない。そんな邪な考えが彼の中に少し入り込んだ。

「……一回だけね」

「よっしゃ!」

そして勢いで彼女とLINEも交換し、いや、させられてと言った方が正しいだろうが……、彼女も自席へと戻っていった。

「紙芝居ねえ……」

強引なクラスメイトのおかげで、気になるあの子と仲良くなれる。そう前向きに考えると、恒章は少し顔を赤らめたのだった。

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