第9話 誰のために

 物理の授業が終わり、恒章はトボトボと廊下を歩きだす。前回の授業でやった小テストが返ってきたのだが、点数が三十点だったのだ。

「裏面、まっしろだぞ。ちゃんと授業聞いてたか?」

『裏面……?』

先生に促され、裏面にひっくり返すと、問題が続いていたのだった。

「き、気づかなかったです……」

「放課後、課題を取りに来なさい」

「はい……」

教室内が笑いに包まれた。恒章は、赤くなった顔を答案用紙で隠して席に戻った。全員のテストが返された後、先生がこう続ける。

「みんなも笑っているが、こういうもったいないことで、中間試験の点数が悲惨になった子も何人も見ているからな。気を付けるように!」


「ツネさん……やっちゃまったなあ……」

「何も言わないで……」

恒章は、隣を歩く福徳の点数をチラッと見た。九十七点だった。

「はぁ……」

ため息をつくしかなかった。

「それより、さっきの件は考えてくれた?」

「いや、やらんよ」

恒章に向けて訝しげな顔を向ける福徳。知らん顔で恒章は続ける。

「いや、ふくちゃん自身がやらないとそれは意味ないって」

「まあ、そうだよねえ……」

福徳は恒章の言葉に軽く頷いた。そして、急にスマホを開き、メモ帳を開いた。

「『一月一日、今日も朝日が僕を焼き付けようとしている。僕はずっと日陰でいたいのに。』『一月二日、光の使者が……』ははは……」

「なんでそれを……」

だんだんと恒章の顔が青ざめ、すれ違う生徒たちは、クスクスと笑いながら通り過ぎていく。その傍ら、福徳はあくどい笑みを浮かべながらメモ帳を胸元に突きつける。

「うん、まあそういうことだね。でももったいないなあ……。これをデータ化して、PDFにして、PIXIVとかで売れば……」

「だめだめ! わかったから、一度やってみるから」

「そうこなくっちゃねえ」

そういって、福徳は次の選択授業のために先に次の教室へと向かった。肩を落としながらも、恒章は福徳を追いかけた。



「歌詞ねえ……」

恒章は、久々に机の前に向かっていた。そしてシャーペンの頭をを机に叩いては、言葉を連ねたり、丸で囲ったり、線で繋いだりを繰り返していた。

「全然書き方がわからん……」

ごちゃごちゃしていくうちに、何が何だかわからなくなってくる恒章。そもそもなぜ、他人のために尽力しなければいけないのか、不満も少し溜まっていた。

「そんなときこそ、気分転換にゲームだな」

ゲーム機の電源を入れようとしたその時だった。

「恒章、ごはんだって」

ノックとともに、和信がドアを開けて入ってきた。

「……勝手に入らないでくれるかな」

「いや、さっきから呼んでるのに来ないのが……」

和信が続けようとした途端、恒章は静かに立ち上がり、部屋から出て行こうとした。ふと和信と目を合わせる。

「お前のことは絶対許さんからな…。この元・天才子役が調子づきやがって……」

そう啖呵を切って恒章は部屋から出ていった。

「なんだあいつ……」

和信は首を傾げる。そして彼の部屋の中を見渡した。

「やっぱり、俺とは違うなあ。何というか……」

「なんだこれ?」

和信は、弟の机の上にあったメモ帳を覗いた。パラパラとめくると、あるページに目が止まった。

「これは……、うん……」

そう呟くと、静かにLINEで誰かに通話しながら、恒章の部屋から出て行った。

 一方その頃、恒章は、リビングで夕食を食べていた。和信が勝手にドアを開けて呼びにくることに対して、母親に抗議していたが、

「何度も呼ばせないで!」

と一蹴されてしまった。父親からは、

「まあ、部屋にピンポンでも作ればいいじゃないか。もちろん恒章のお金で」

と言われる始末であった。急速に夕食を平らげた恒章は、

「ごちそうさまでした!」

と声を荒げて、ドタドタと部屋へ戻って行った。そして、ベットの上に寝転んだ。大きく溜息をつく恒章。

「チャイムねえ……。本当にあれば、困らないのに……」

そう呟いた途端、恒章はむくりと起き上がり、机上にあったメモ帳に綴り始めた。

「チャイム……繋がる……」



「おはようございます。東山パイセン」

「はいはい」

翌朝の登校の最中、最寄駅から高校までの道中で、申し訳なさそうに福徳が寄ってきた。

「一応、朝LINEで送ってみたけど、あれでいい?」

「えっと……」

言葉を詰まらせる福徳。何かあったのかと恒章が問いかけるも、福徳は言葉を濁らせる。

「ごめん、ツネさん!」

「え?」

福徳が頭を勢いよく下げた。そして、続けてこう言った。

「自分で作ることにしたんだ。ツネさんを利用して、自分がいいとこ取ろうとしてるみたいで、なんか嫌になってさ…」

恒章は頭が真っ白になった。確かに、自分の課題なら自分でやるのが筋ではある。頭の中では分かっていたが、同時に引き合いに出されたあの件を水に流せなくなってしまった。

「そうかいそうかい。僕はただ辱めを受けただけなんだなあ」

「それはごめんって……」

「人に頼んでおいた挙句、それは歌えないとかなんだよ。結局、自分で作りやがって」

福徳は俯くばかりだ。恒章は、腹が立って仕方がなかった。

「舞台創造部とか、所詮は単なるお遊び集団だったんだな」

恒章が、福徳に冷淡に言い放った。

「そんなこと言わないでよ! こっちは本気なんだよ!」

福徳が負けじと大声で言い返す。周りの生徒たちは、驚きながら二人の様子を見ていた。

「本当に失礼なやつだね。兄とは違って」

「所詮、俺はオマケみたいなもんだからな。天才とは違ってな」

そう言って、恒章は踵を返して駅へと向かった。

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