第8話 おためしに

 港山高校は新年度を迎えて一か月が経った。入学式の桜は青々とし始め、生徒たちもすっかり高校生活に馴染んでいた。この高校に通う双子たちも、例外ではない。ゴールデンウィークも終わり、五月病の時期を迎えた朝五時三十分。

「それじゃ、いってきます」

「和信、いってらっしゃい」

 和信は舞台創造部の朝練のため、家をすたすたと出た。どうやら発表が近いらしく、最近は熱を上げているようだった。その一方、弟の恒章はまだ眠りの世界にいたままだった。

「本当に大丈夫なのかしら、あの子は……」


 *


 昨夜十二時を迎えた頃、恒章はパソコンに向かいしながら、ゲームのオンライン対戦を行っていた。お馴染みの某配管工のゲームで、コントローラーを駆使しながら、ボイスチャットでやり取りしていた。

さんも腕を上げたねえ』

「今年のゴールデンウィークは、スキルアップに全力を注ぎましたんでね。なんせ、さんに追いつかねばと思って」

『なるほどねえ』

 とは、恒章のゲーム内のアカウント名である。というのは、同じゲーム仲間のことだ。同時期にゲーム内で知り合い、意気投合した仲である。二人は同じオンライン上の対戦ルームの中で、数十試合ものステージで白熱した戦いを繰り広げていた。気がつけば丑三つ時を迎えていた。

『そういえば、つっつんさんは、明日学校じゃないの?』

「うん。だるいけど。行かなきゃ親がうるさいし」

『僕も最近なんか高校に馴染めなくて、e-スポーツと言い訳して最近休んでるけどね』

 不登校という言葉が、恒章の頭をよぎる。恒章もある理由から不登校になってしまったことがあり、このときからゲームに熱中し始めたのだった。

『でも今日は疲れたから、もう寝ようかな』

「うん、おやすみなさい」

そう言ってはログアウトした。

「あと一試合だけならいいよね……」

恒章はそう言って、さらなる一勝を得るためにマッチプレイに手を伸ばしたのだった。しかしその勝利を掴んだのは、一時間後のことだった。


 *


 ピピピピ…… ピピピピ……

「ん……」

 目覚まし時計のアラームが部屋に鳴り響く。時刻は七時四十五分。家を出なければいけない時間だった。恒章は飛び起き、階段をドタドタと降りていく。

「どうして起こしてくれなかったんだよ! 」

「いつまでたっても起きないのがいけません」

 母親に一蹴された。制服に着替え、テーブルの上にあったバタートーストを咥える。

「いつも遅くまでなにやってるの!」

「はいはい、いってきます」

 そして恒章は、母親から逃げるように家を飛び出した。このままでは電車に間に合わないと思ったのか、自転車に跨り、大急ぎでペダルを漕ぎ続けた。汗だくになりながら最寄り駅に着くと、大急ぎで改札に定期券をタッチする。

 ――ピンポーン。

「な、なんで……」

 改札の表示画面を見ると、定期の期限切れとICカードの残額が不足している旨の案内が書かれていた。恒章は急いで引き返し、自動券売機でチャージを済ませ、改札を再度通った。列車には、到着間際でなんとか間に合った。

 チャイム間際で教室に滑り込み、なんとか担任が来る前に着席することができた。隣の席には、先日の席替えで福徳が座るようになった。

「本当にギリギリだね」

「朝練とかないからいいのさ」

教室の前から先生が入ってくる。しかし、今日は担任の澤田先生でなく、副担任の奥田先生だった。

「起立、礼」

「おはようございます」

「着席」

一通りのあいさつを終えた後、奥田先生から連絡事項が伝えられた。

「今日、澤田先生はお休みだけど、英語の課題プリントは、前に伝えた通り、今回収するからな。後ろから前に回してー」

生徒たちからは文句があふれたものの、全員素直にプリントを前に回し始めた。

「あと今日の理科の授業は、生物実験室に集合な」

「はーい」

チャイムが鳴り、奥田先生はホームルームを終えた。生徒たちは移動のため教室から出ていく。恒章と福徳は、いつものように準備をしていると、奥田先生が福徳に近づいた。

「そうだ福徳、原稿ができたら持ってきてな」

「わかりましたー」

そういって奥田先生は出ていった。



「へえ、奥田先生って顧問なんだ」

「まあね。あと澤田先生も」

恒章たちは、スタスタと教室を移動する。

「浮かばないんだなあ、歌詞が……」

「へえ……」

恒章は、福徳の話を聞く。つまるところ、スポットライトの下で自由に自分の舞台を作ってみるということで、マイク一本で歌を披露することになったそうだ。しかし、自分で歌詞を用意することとなり、苦戦しているということだった。

「ゴーストライターならやらないぞ」

「誰もそんなこと頼まないから大丈夫。曲は先輩が作ってくれたのがあるから、それに合わせてやらなきゃいけないし」

そうですかと、恒章は返した。

「でも、全然出てこないの。自分で作る世界もなかなか作れない。他人の世界に入り込むこともできない感じ」

落ち込んでいく福徳にふーん。とドライに返す恒章。すると福徳が思い出したかのようにこう続ける。

「そういや作ったことあるんだっけ? 詩とか」

「誰から聞いたのさ」

「東山くん」

恒章はその言葉に顔を少ししかめた。そして、福徳は彼に追い打ちをかける。

「秘密の黒歴史ノートも見たよ。痛いとこあるけど、まあおもしろかったよ」

「なっ、なっ……」

恒章は顔を赤らめる。福徳はさらに追い打ちをかける。

「体操着の件、ちゃんと謝らないからだよ」

「福ちゃん。ちょっとひどいよ……。あいつよりはマシだけど……」

恒章はもはや半泣きになってしまった。福徳は慌ててごめんごめんと言って肩を叩いた。二人は次の授業の教室へ移動していった。

「あのさ……」

教室を間近に控えたところで福徳がこう告げた。

「試しに作ってみてくれない……?」

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