第7話 たいそうぎ②

 —―キーンコーンカーンコーン。

終業のチャイムが鳴り、生徒たちは下校し始める。恒章は、掃除当番のために後方のロッカーへと向かう福徳へ声をかけた。

「じゃあ、お先に~」

「いいなあ。掃除当番じゃなくて」

掃除当番の福徳は、先に帰る恒章を羨ましく見つめていた。

「部活行くの?」

「今日は、仮入部行くよ。ツネさんは?」

「仮入部期間まだあるし、今日は用事あるから帰る」

恒章はまた明日と言って、巾着を持ちながら教室から出ていった。福徳は、簡単に教室内や廊下を縦横無尽に掃き始めた。

「東山。いつになったら没収されたゲームを取りに来るんだ!」

担任である澤田先生の怒号が廊下中に響いた。福徳は、

「またかいな」

と思いつつ、顔を廊下に覗かせた。見覚えのある大きな身体。しかし、

「あれ?」

「あの……僕は一組の兄の方です」

「そんな言い訳が通じると思うか! まったくいつもそうやって逃げて……」

周りがザワザワし始める。ちょっとまずいと感じた福徳は、声を上げた。

「澤田先生、本当に子役の兄の方ですよ」

福徳の声に澤田先生はハッとし、和信を上から下まで見渡す。

「あっ」

双子の違いに気づいたらしい澤田先生は、和信に頭を下げる。

「すまん。そっくりで見間違えてしまった……」

「いえいえ、いつものことですから。お気になさらず。弟がすみません」

和信も澤田先生に頭を下げた。そして、福徳の姿に気づき、手を軽く振った。

「ありがとう」

「いえいえ」

福徳は手を振り返す。

「そういえば、恒章っているかな。体操着返してもらいたくて」

「今日は、用事あるって言って帰ったよ」

和信は、弱ったな……と呟きながら顎に手を置く。このまま弟から体操着が返ってこないとなると、舞台創造部の活動に参加できない。

「もしかしたら、そのまま持って帰っちゃったかもしれない……」

「そうか……。ありがとう」

そういって、和信は踵を返した。



 福徳は、舞台創造部の仮入部のため、一人、活動場所へと向かった。上級生に仮入部カードを提出し、男子の更衣スペースへと向かう。そこには、先輩たちのほかに、和信と土呂の姿があった。

「あれ、フックやん? フックも入るん?」

「まあ、歌のレベルを上げるためにも、気になっていたんでね」

「ひーやんといい、フックといい、本当にストイックなやつばかりやな……」

土呂は、ため息をつきながら首を軽く横に振る。

「トトロは何しに来たん?」

「入る部活見つからないし、とりあえずひーやんについてきた」

福徳は苦笑するしかなかった。

「まあ、そういう子もいるよ」

後方から声がした。その主は、榊部長だった。

「僕も実はそうだったからね」

「そうなんすね!」

榊部長が、ふと和信を見た。

「東山くん、体操着はどうしたの?」

「実は…、弟に貸したっきり返ってこなくて…」

「まあ、とりあえず今日は舞台装置の見学もあるから、そっちを見るといいよ」

「すみません……」

榊部長は、じゃあ後でねと告げると、先に部室へと向かった。

「とりあえず、よかったな」

三人も部室へ向かうと、同じように仮入部の生徒が何人か待っていた。そして、榊部長が前に立ち取り仕切る。

「仮入部に来てくれた皆さん、今日は、二つのグループに分かれて活動します。Aグループは体つくり運動を、Bグループは舞台装置の見学を行います」

くじ引きをしたところ、福徳と土呂はAグループ、和信はBグループになった。二人は和信と別れ、ペアになって柔軟体操を先輩の指示に従い行った。

「ああ! 痛い痛い……」

「フックはやっぱ硬いなあ……」



 日も暮れた頃、恒章は相変わらずオンラインゲームに勤しんでいた。

「よし、今日は勝てるぞ……!」

 —―コンコン。

「何?」

部屋のドアがガチャっと扉が開く、そこには和信がいた。しかし恒章は、振り向きもせず、ゲームの画面に喰いついたままである。

「今日貸した体操着、どこやった?」

和信は少し立腹した様子で、恒章に話しかける。

「洗濯に出した」

「部活で使うから、すぐ返してって言ったよな?」

一瞬、恒章の手が止まるが、続けてこう言った。

「忘れてた」

「喧嘩売ってるのか?」

「別に売ってません」

相変わらず、恒章が和信と顔を合わせようとする素振りがなかった。

「……次から気をつけろよ」

和信はそう言って、勢いよく閉めて出ていった。

「なんなんだよ……」

ふいに後ろを振り向き呟いた後、ゲームオーバーのBGMが流れた。

「ああ!」

恒章は、ゲームに敗れた。

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