第6話 たいそうぎ①

 カチカチっ……。

「あーっ、また負けた!!」

 暗闇と化した恒章の部屋からクリック音と彼の声がこだまする。恒章は片手の携帯ゲーム機をベッドに放り投げ、その身もまた飛び込ませた。気晴らしに、某配管工のゲームで通信対戦をしていたが、珍しくぼろ負けしたらしい。

「なんなんだよ、あいつ……。僕の今までの努力が……」

 パチッ――

「恒章、風呂空いたから早く入って」

「あっ、うん……。今行く」

 ノックせずに入ってくるなよ。とは言えなかった。とりあえず和信に声をかけられた恒章は、タオルと下着を抱え風呂場へと向かった。

「ゲームもいいけど、やることやれよ」

「わかってるよ……」

 和信の鬱陶しさに顔を叛ける恒章。そんな彼を見届けた和信は自室へと入っていった。


 *


「今日なんか機嫌悪いな。ゲーム負けたの?」

「通信対戦で『ドクターフクロウ』ってやつとやったんだけど、全戦全敗」

 通学の最中、恒章は福徳と同じ電車に乗り合わせた。

「そりゃあ、大変ですな」

 福徳はそう言いながら、耳にイヤホンをつけた。携帯プレーヤーで、自分のオーディションの課題曲を聴いているようだ。恒章は、携帯ゲーム機を使うことも考えたが、混雑している電車内では到底無理であるのは、想像に難くなかった。しかし理由はそれだけではない。一つ隣の車両には、兄が乗っている。兄と見比べられると思うと、そんな姿を見られたくないような気がしたのだ。

 教室に着いた二人は、それぞれカバンから教科書やノートを出す。福徳はほかの同級生に呼ばれて、教室を一旦出ていった。朝から不機嫌な恒明は、机に伏せてすやすやと眠りについた。

 チャイムが鳴り、六組の生徒は教室から一斉に出始めた。恒章はようやく顔を上げて、朝礼が始まるどころか終わったことに気づかされた。担任には、ちゃんと起きろと怒られた。福徳は、恒章に声をかけて、教室から出ようとした。

「あれ、大きい袋持ってどうしたのさ」

「一時間目、体育でしょ。それと舞台創造部の仮入部もあるから、二着持ってきてるんだけどね」

「たい……いく……?」

 体育。その言葉を聞き、恒章は急いで自分のロッカーを漁った。大きめの鞄の中も漁った。しかし、彼の体操着は出てくる気配はなかった。

「あれ、忘れちゃったみたいだ……? はは……」

 恒章は福徳に視線を向けるが、福徳はジトーッと少し冷めた視線を向ける。

「僕の体操着が、君に入るわけなかろう」

「……しゃーなし見学かな」

 福徳はため息をついてこう続けた。

「本当にいい加減なやつだ……。どうせ、舞台創造部に連れてかれるって思ってわざと置いてきたんでしょ」

「うっ……」

 思わず福徳から顔を叛ける恒章だった。福徳はため息をまた一つ漏らす。刹那、彼の頭の中にあることがよぎった。その瞬間、あくどい顔を恒章に向けた。

「そうだ、一組の中学の友達に用事あるから、寄って行こうか」

 恒章は何かを察知し、言い逃れを仕掛けた……。

「遠慮させていただき…」

「忘れた君が悪い」

 と福徳に遮られて、首根っこを掴まれながら一組へ連行された。


「フックやん、何しとるん?」

「あっ、トトロ。ちょうどいいところに。」

 一組、和信のクラスメイトの土呂亮平がいた。福徳は彼から借りていたアイドルのCDを数枚手渡していた。

「じゃ、これで返したということで」

「まいどー。」

渡したCDを見た恒章は思わず目を見開いてしまった。彼が渡したのは、演歌ではなく、東京の学生スクールアイドルのものだった。

「ふくちゃん、スクールアイドルに興味あったんだね……」

恒章はボソッと呟く。土呂は、恒章に気づいて思わず声を上げた。

「ひーやん?! いつの間にフックと仲良くなってん。さすがやわ」

「これは、東山(弟)ひがしやまかっこおとうと。うちのクラスメイト」

土呂は驚きの顔を隠せずにいた。

「すごくそっくりやな。性格はちょっと違うみたいやけど」

 土呂が教室に入り、和信を呼び出した。

「ひーやん! ちょっと来て!」

「土呂ちゃん、どうしたの……?」

和信が廊下に出てくる。恒章は少し顔がひきつってしまった。

「えっと、体操着忘れたから貸してほしくて」

和信はちょっと黙った後、ため息交じりにこう言った。

「ちょっと待ってて」

和信は自分のロッカーから緑色の体操着袋を取り出し、恒章へ軽く放り投げた。

「はい。今日部活で使うから後で返しにきて」

「うん」

「それじゃあお邪魔しました。ツネさん、早くしないと遅れるよー」

恒章と福徳の二人は、駆け足で更衣室へと向かった。その姿を、和信と土呂は見送った。

「いやあ、今日も平和やなあ……」

「というか、トトロって呼ばれてたの?」

「昔の話な!」

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