第5話 歓迎公演
午後三時三十分。悪魔が放課後の報せを囁く。授業も終わり、苦境から解放されたかのように、生徒たちは表情を緩ませる。しかし一年六組では、二人の男子生徒による逃走劇が密かに繰り広げられていたのであった。
「敵は左斜め前、距離はおおよそ五メートル……。よし、勝機はある」
恒章は、友人の福徳の魔の手から逃れるために、逃走経路を呟きながら構築していた。理由はただ一つ。放課後にある部活の見学に行かないようにするためである。教室からは、廊下に近い扉から出て、その後はどう逃げるか。北階段か南階段かどちらから逃げるか。あえて遠回りして福徳を混乱させるか。脳内で作戦を練り続けていたのだ。
その刹那、ポンっと肩に手が置かれた。
「はい、お時間ですよ。東山くん」
振り向くとそこには、福徳が笑顔で佇んでいた。すなわち大きなる熊は、狸にあっさりと捕獲されてしまったのである。恒章は観念して、福徳に連行されてしまった。
*
「言い出しっぺが逃げようとするなんて、いい度胸してるじゃないか」
「あれは言い出しっぺじゃないって――」
なんだかんだ二人は言い争いながら、見学する部活の部室へと向かう。昼休みに見た部活動のポスター、そこに目が付いたのが『舞台創造部』だった。
「失礼しまーす」
福徳は、扉の向こう側に向かってあいさつした。
「あの、ポスターを見て見学に来たんですけど」
「はーい、そしたらその席に座って待っていてください」
女子生徒の一人が、二人をパイプ椅子へと促した。いわゆる客席ということなのだろう。そこには、すでに先客が何人か来ており、二人は少し後方の席に着くこととなった。
「では、こちらです……。ってあれ?」
女子生徒が福徳、恒章と順番に誘導したとき、恒章を見て一言。
「あれ、先ほど案内しませんでしたか……?」
「えっ、いや今来たばかりですけれども……」
女子生徒がふと前の方を見ると、一人で舞台を見つめている和信の姿があった。
「あっ、すみません……。人違いでしたね……」
「いえ、すみません」
戸惑う女子生徒をよそに、二人は席に着いた。
「やっぱり、お兄ちゃんは堂々としてるなあ。後でサインもらってきてよ」
「馬鹿言うなよ」
――ブー。
開演のブザーが鳴り、幕が上がる。すると、上級生らしき男子生徒が舞台上に現れた。観客の女子生徒たちがキャーッと黄色い歓声をあげる。
「今日は見学に来てくれてありがとうございます。部長の榊です。では、これから新入生への説明会を兼ねた歓迎公演を行います」
榊部長から、舞台創造部について説明があった。ステージにかかわるものなら何でも幅広く行う部活なのだそう。昔は演劇部やら軽音楽部やらさまざまな部活があったそうだが、運動部に部員を取られたり、部活に入らない帰宅部を選ぶ生徒が多くなったり、時代とともに複数の部活を吸収合併していったのだそうだ。
今では、演劇やライブなど活動は多様化し、演者としてでなく裏方を極める者も出てきたそうだ。
「では、今日は説明会公演ということで、いろんな姿を見てもらいたいと思います。それでは、お楽しみください」
一通り説明を終えた榊部長は、そう言って舞台袖へ捌けていったのだった。
先輩たちの創作劇から始まった。劇中に漫才やスクールアイドルなどといったあらゆる舞台の要素をぶち込んだものが繰り広げられた。混沌としているはずなのに、話はまとまっていて、いつの間にかその世界に引きずり込まれてしまっていた。
*
「よかった」
「うん、よかった」
二人が言える感想はただそれだけだった。思った以上にレベルが高かった。二人は目を合わせ、席を立つ。それにつられて、新入生たちも次々と会場を後にした。
「ありがとうございました!」
舞台を終えた部員たちが、新入生たちに挨拶していった。恒章と福徳もペコリとお辞儀を返す。
「すみません、今ここで入部届出してもいいですか」
後ろから和信の声がした。どうやら、その場で先輩に入部届を出したのだった。
「東山くんが入ってくれるなんて、心強いよ」
「これでうちも安泰だね」
和信が照れながらも先輩たちと和気藹々としている様子に、恒章は少し違和感を覚えた。
「勇気あるね、君のお兄ちゃん」
「僕はもうちょっと考えるよ……。兄弟で一緒って何だか気まずいし」
「普段の活動内容を見てから決めようかな……。仮入部ってやつ」
「そうだね」
そう言葉を交わしながら、二人は会場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます