第57話 家出娘の父親

 楓から電話が入ったのはそれから三日目だった。初めは娘の声を聞くことすら拒否したと言う。

「どんな父親なんだ、麗ちゃんが可愛そうだ」

一心は些か腹が立ってきた。

「せやなぁ、同じ頑固じじぃにしても行き過ぎ思いますわ」

静にそう言われて一心は心にチクチクと痛みを感じる。

 

 藤家宅に着いたのは午後の二時過ぎ、約束は二時半だった。

しばし応接室で待っていると時間より早く主の藤家陽三(ふじいえ・ようぞう)がぶすっとした顔をして腹を突き出して入ってきた。その後ろから楓が続く。


「で、麗の言葉は?」陽三は挨拶をすることもなくいきなり用件に入った。

「俺、岡引一心、これは妻の静です。奥様の依頼で麗ちゃんを探して、話を聞いてきました。その様子を録音したものをお聞かせしますが、現在住んでいる場所については麗ちゃんの希望でお伝え出来ませんので悪しからず」

一心はそう前置きをし「では、お聞きください」と言って再生させた。

 

 最後まで聞いた陽三は

「何を好き勝手なことを言ってるんだ。誰のお陰で大学まで行けると思ってんだ。おい、お前の躾が悪いからこんな訳の分からんことを言うんだぞ!」

そう言われても楓は一言も返せない。じっと俯いたまま膝の上で拳を固くしている。

「で、探偵! 娘は何処にいるんだ? 教えろ!」

娘を支配したい父親は怒鳴り一心に迫る。

母親は何も言わない。

「奥さんはどう思いますか?」

一心が母親の意見を聞こうとするが

「うるさい! これの意見なんかはどうでも良いんだ。俺が娘の居場所を訊いてるんだから、探偵! 答えろ!」と、怒鳴る。

「陽三さん、あなたはいつもそうやって家の中で怒鳴ってばかりなんですねぇ、それじゃぁ、娘さんの理解は得られませんよ……麗ちゃんはもう二十歳ですよ。大人です。自分の道は自分で決められる立派な大人ですよ。どうして認めてあげられないんですか? いつまでもあなたの玩具じゃ無い! そんなことも分からないんですか?」

一心は陽三を咎めるように目力を込め、語気を強めて言った。

「何ぃ、貴様誰に向かって口きいてるんだっ! たかが探偵の分際で生意気な口を聞くなっ! 娘の居場所を言えっ!」

と、また怒鳴る。

一心はそれを無視して

「奥さんはどう思いますか?」

しつこく母親に感想を訊く。

「おい探偵っ! どっち向いて喋ってんだ!」

一心は父親の怒鳴り声を無視して何回も同じ台詞を繰返す。

「奥さんはどう思いますか?」……

「奥さん……」、

……

 

 やがて、楓がポツリ

「……子供の言うようにさせてあげたい」

と言った。

「何ぃ、お前何言ってんだっ!」

火のような怒りの色を顔中に漲らせて楓を怒鳴りつけ平手で殴った。

ソファから転げ落ちた楓は痛そうに頬を押さえながら、それまで見せたこともない様な憎悪に満ちた顔で陽三を睨みつけ、

「私もいつここを出ようか迷ってました。娘が帰って来たら庇う人がいないとあまりに可哀想だから……だからずっと我慢してきたんです!」

と言って、一旦部屋を出てすぐ戻り、用意していたんだろう自署捺印した離婚届をテーブルに置いて部屋を出て行ってしまった。

陽三は拳を振り上げ立ち上がってすでに見えなくなった楓の後ろ姿に

「二度と敷居は跨がせん、ばかもの! 勝手にしろっ!」

怒鳴ったあとは、ドンとソファに腰を下ろしたまま呆然としている。

 

 少ししてキャリーバッグを引きずる音が玄関から外へと消えていった。

それからしばらく沈黙が続く。

一心はもうここに居てもやるべきことは何も無いと思い、

「では失礼」

静を促し共にその家を後にした。

 

 翌日、一心は静を連れて再び宇都宮を訪れていた。

そして、娘に両親との会話を聞かせた。

麗はそれを聞きながら「お母さん」と呟いて頬を濡らした。

「お母はんに連絡しよし。麗はんの味方でっしゃろ」

静が言うと麗は静を潤んだ瞳で見詰めて大きく頷いた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る