第50話 現場検証

 現場はVIP用の駐車スペースが十台分用意されていて結構広い印象だ。出入り口と地下のエントランスも広角で監視カメラが睨んでいる。

 ―― 一台分の駐車スペースはトラックでも停まれそうなくらい広い設定になっていて、外車でも余裕だな……

入り口付近を注意深く見ていると、車が入って来た。

ヘッドライトの灯りで玄関の反対側の駐車スペースで何かがキラリと光った。常務が車を停めた位置からは二十メートルほど離れているので関係は無いかも知れないが、一心が駆け寄ってみると鎖の千切れたキーホルダーだった。

手袋をして拾ってみると黒っぽい何かがついている。

「これ、血かもしれないなぁ」

静を手招きして見せる。

「そ~やなぁ、でも、誰のもんでっしゃろ?」

交差したバットの上に野球のボールが乗っている形のキーホルダーだ。薄汚れている。

「随分古そうなキーホルダーだな」

「せやな、無関係かもしれんけど、桃子警部はんに調べてもろうたほうがえぇちゃうかなぁ?」

「勿論そうする」

「でも、どうして桃子はんとこでそれ発見できへんかったんかいなぁ?」

「分からんけど、VIP用の車でも停まってたんじゃないか。それとそこの天井に設置されてる監視カメラに犯行が写って無かったのかな?」

一心が天井の片隅に設置されている監視カメラを指さして言う。

「せやなぁ、桃子はん何も言ってなかったなぁ。ちょっと訊いてみますわ」

静がケータイを取り出す。

電話を切って「何かな、常務はんの車と誘拐犯の車は写ってたそうやけど、犯行は写ってなかったそうやわ」

「そうか、念のため俺らもちょっとその映像見させてもらおう」

 

 一心は静と一階のフロントへ行って事情を話し守衛室へ案内してもらう。

そこで警察が見たのと同じ録画を見せて貰った。

「確かに、車は写ってるけど殺害状況は写っていないなあ」

一心がそう言った時、静が「ちょっと、戻してくれはりますか?」と守衛に言った。

「どうした? 何か気になったか?」

映像が高速で逆戻りしてゆく。

「えぇ、ちょっと……えぇそこで停めて下はりますか」

映像が停まる。常務の車が入ってくるところだ。

「ほなら、動かしてくれはりますか」

静の声でそこから再び映像が動き出す……。

観ていると静が「そこっ! 停めて!」と叫ぶ。

誘拐犯と常務の車が並んで停まっている。

「一心、画面下の時刻を見てておくれやす……はい、進めて貰えまっしゃろか」

再び映像が動き出す。

「あーっ! 分かったぁ。時間が飛んだ」一心は叫んだ。

「守衛はん、これどういうこどでっしゃろ?」

静が守衛を問い詰める。

「あぁあの時停電があったんですよ。地下だけだったんで忘れてました」と、守衛。

「何かの故障ですか?」と、一心。

「いえ、原因は不明でした」守衛が応じた。

「どうして地下だけ停電になったんでしょう?」

さらに一心が訊くと

「電気屋も分かんないって言うんだけど、考えられるのは地下のブレーカーが落ちたとしか思えないんだよね」

守衛は腕組みをして首を捻る。

「でも、それじゃあ、手作業で何かをしないと通電しないよね?」

「そうなんですよ。……ちょっと電源設備見ますか?」

そう言われて地下の別室の「電源室」と書かれた部屋に案内された。

「ブレーカーを切っても入れても数十秒の停電が発生します。そういう仕組みになってます」

守衛がそう説明してくれた。

 電源室は学校の教室ほどもありそうな大きな部屋で様々な装置が並んでいて、ブーンと言う低音が室内に充満している。

その壁に階毎なのかブレーカーがずらりと並んでいて、一番端に「地下」と表示されたブレーカーがある。

それを指さして「今、これが『入』になってるでしょう。このスイッチを下げて『切』にすると地下だけが停電するんですよ……あの時も停電は二回ありました」

「なるほど、じゃ、誰かがここへ来てそれをやった。そして数十秒の停電後にまた『入』にした、という事以外考えられないという事ですね?」

「あぁ、そうなんだけど。この部屋には鍵が掛かってるから誰も入れないよ」

「ちょっと済みませんその鍵を見せてくれますか?」

そう言って一心が鍵を見せてもらうと、一般的なドア鍵で複製もできるし、ピッキングで開けることもできるものだった。実際にドアの鍵穴を見て確信した。

それとブレーカーのスイッチにも気になる点があった。

一心は礼を言って退室し地下のエントランスを出たところでもう一度殺害現場とカメラの位置を確認した。

そして丘頭警部に再度鑑識の検証をお願いした。

「もう一点、停電になったら入口のガラス戸は手動で開けられます?」

「えぇ、そうでないと人が閉じ込められちゃうので女性でも開けられるよう設計されています」

守衛の答えを聞いて一心の中に推理の大雑把な枠ができ上がった。

「よし、これで良いだろう」

一心が言うと、

「そやなぁ。ほしたら、一心、何か食べて行きまひょ」

言うより早く静に腕を掴まれ、強引に最上階のレストランへ連行されて行く。

 ――やっぱり誤魔化せなかったか……トホホホ……

 

 財布をすっかり軽くしてしまった一心は満足顔の静を連れて道すがら浅草署に丘頭警部を尋ね、キーホルダーを渡して拾った状況を説明した。

 

 帰宅後、對田社長に面会の申し入れをすると、仕事の都合があると言われ翌週の月曜日に時間をとってもらう事になった。

誘拐犯は帳簿を常務に渡したというが、常務の身辺には見当たらないと丘頭警部から報告を受けているので、三千万円を出した社長に渡ったのではないかと考えたのだ。

 

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