第19話 親の疑惑

 一心が家族を集め誘拐事件の調査状況を確認していると、トントントンと階段を軽やかに上がってくる足音が響いてきた。

「ごめんくださ~い」

若い女性の声だ。

一心が振り向くとカップルが踊り場でこちらを見て頭を下げている。

「どうぞ」

一心が手招きをして、席を空ける。

「俺がこの探偵事務所の所長の岡引一心です」そう言って名刺を渡す。

二人は其々名刺を出して對田弥生と村岩正二郎と名乗った。

二人とも對田建設工業の社員となっている。

「もしかして社長さんと専務さんのお子さんで?」

「はい」二人は笑顔で答えた。

「どんなご用件で?」

「実は……」

 

 二人の説明では對田建設工業の對田社長と村岩専務の二人が業務推進の考えの相違から法に反する行為をやっているんじゃないかと心配しての調査をして欲しいとの依頼だった。

「会社の中の話を俺らが調べるのは難しいんだよなぁ……自由に会社に入れないし。まぁメールとかSNSとか出来ることもあるけどな」

一心は正直受けるか断るか迷ったが……

「まぁ良いでしょう。他の事件に絡みもあるし」

一心が答えると二人は怪訝な顔を向けるので「ちょっと、質問に答えてください」

そうお願いをすると二人は頷く。

 

「お二人は小学校二年生の片川美鈴ちゃんを知ってますか?」と、一心が訊く。

「えっ、美鈴ちゃんって? 親戚にはいませんが……正二郎は知ってる?」

「いや、知らない」

「その子がどうかしたんですか?」

弥生が心持ち不安げな顔をして言う。

「えぇ、実は美鈴ちゃんが誘拐されまして、現在捜査中なんですが、犯人から帳簿を要求されてるんですよ。だが、その子は母子家庭の子で帳簿には縁のない家なんです。ただ、捜査を進めていくとその母親がお宅の会社の経理課長の高知さんと不倫関係にあったことが分かってきたんです。そこで経理課長さんですから当然帳簿に関りがある。ただ、その課長さんが殺害されてるんでそこから先がさっぱり分からないと言った状況なもんで、何かご存じではないかと思ったわけです。ただ、今俺の言った誘拐事件は誰にも言わないでくださいね」

一心は藁をも掴む心境で二人に話してみたのだったが当てが外れたようだ。

「え~そうなんですか、あの課長が不倫を……」弥生がそう言うと

「通常の企業の計数はディスクロされてますから何も帳簿を要求する必要はないはずです。とすればその帳簿と言うのは何か表に出せない帳簿とか意味のあるモノなんでしょうね」

と、正二郎。

「は~、何かお詳しそうだね」

「え~僕は経理課にいますんでその辺のことはわかります」

「失礼ですが、表に出せない帳簿とかそんな帳簿はあるんだろうか?」と、一心が尋ねる。

「いや~、うちの会社には実際は無いと思いますよ。僕は目にしたことはありません」

「じゃ、過去にはあったという事になりますね。じゃないと誘拐犯の要求が成り立たない」

 ―― 一心が思うに、亡くなった課長がその帳簿を美富に渡した? でも美富は隠しているはずはないから課長が自宅とかに隠し持っているという事になるが……。それなら空き巣は美富宅じゃなくって高知宅に入るはずだから、高知課長と美富に関係のある場所に隠していると考えるのが妥当か?

「会社の中に高知課長の所有物はもう無いんですよね?」

「はい、全部段ボールに詰めて自宅へ持って行って奥さんに渡しました」

正二郎が嘘を言うはずもなく一心はその言葉を信じた。

「そうすると、高知課長の会社でも自宅でもないところに高知課長のモノが保管されているって事になるんだが……」

弥生が「銀行の貸金庫とか奥さんが鍵を持っているとか?」と言う。

「あ~その可能性があるな。お二人さん、ここから先は我々がやりますので任せてください。それと、二人の父親の調査の件確かにお引き受けしますので、費用等は静から聞いてください……じゃ、静頼むぞ」

そう言って一心はもう一度考えを纏めようと腕組みをしてソファに深く座り直した。

「あっそうそう、それで社長、専務の部屋に盗聴器でも付けて……と弥生と話してたんですけど、盗聴器を僕に売ってくれませんか?」

と、正二郎。

「あら、正二郎ここにいる友達の妹さんがそれ作ってるって言ってたわよね? 未だ買ってなかったの?」

弥生が正二郎を見据えて突っ込む。

「あ~、なんやかんやで忘れててさ……今思い出したんだ。で、どうでしょう?」

「それは、無理だな」

一心が再び身を乗り出して言う。

「盗聴器は音声を発信する方、なんで受信機もいるんだよ。で、うちの盗聴器の音声はパソコンで受けてるから受信装置は一つしかないんだよ」

「そうなんですか……残念。あったら何か情報を得られるかと思ったんだけど……」

正二郎は諦めきれないようだ。

「盗聴は違法行為だから警察に御用になるよ。それと裁判とかの証拠とはならないんだ」

正二郎の様子を見て一心がそう忠告する。

「えっでも数馬くんが探偵業で使ってるって言ってた」

正二郎は不満げに強い口調で言う。

「あ~数馬の友達なの?」

「え~飲み屋で知り合った飲み友達です」

「そっかぁ、……いや、仕掛けるならこっちでやるから任せてくれないか」

一心が説得してようやく正二郎が諦めたようだ。

 

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