第20話 堂々とした不倫

 数馬が山野井忠明の浮気調査を始めてから二週間が過ぎた。

これまでも何軒となく浮気調査を行ってきたが、今回は異質だと感じる。

本人が隠そうとしていないのだ。

「秋穂、今日終わったら飯行こう」

経理課係長の立場にありながら同じ部屋の目の前に座って仕事をしている栃坂秋穂にデートの誘いを平然と行っているようなのである。

数馬は山野井に付けたシール型盗聴器で何度もそう言った会話を聞いたのだ。

当然経理課にはほかにも女子社員がいて仕事を分担しているわけだが、その女性らに話を訊くと

「係長の不倫は公認されてるから」とか

「奥さんと別れることになってるから」とか言うのである。

確かに、調査を受けた時に奥さんは既に不倫していると山野井から聞いていたので、ただ、具体的にその相手の名前を知りたかっただけなのかもしれないなぁ、と数馬は思ったのである。

それでも調査報告書には五W一Hを記載しなけれなならないので調査期間内は忙しいのだった。

 

「山野井さんの事についてお訊きしたいのですが」

相手の栃坂秋穂に声を掛けて近くのカフェで話を聞くことになった。

数馬は先に行って窓側の席に座り寒風にコートの襟を立て通る人々を眺めながらコーヒーを啜っていると、三十分ほどで地味目なステンカラーコートを纏った秋穂が店に入って来た。

改めて挨拶をし少し雑談をし、彼女の手元にもコーヒーが置かれた後本題に入る。

「お付き合いは何時から?」

質問を始めたが秋穂は平然とコーヒーを啜っている。

「もう、五年になるかしら、今三十三で二十七のときからだから……六年かしら」

「山野井さんに奥さんのいることはご存じで?」

「えぇ勿論知ってます」

「はぁ、それなのに何故お付き合いを?」

「宴会の席でたまたま隣り合わせになって色々話を訊いたら可愛そうになっちゃって……」

秋穂はからっとした性格なのだろうか、何事も隠さず話してくれそうだ。

「男が女を口説く常套手段だったのでは?」

「それでも良いんです。私、元々係長好きだったから」と、悪びれる様子もなく話す。

「へぇ、若くて独身の男性も沢山いると思うんですけど」

不倫の経験もなく、不倫に嫌悪感を持っている数馬は尋問するような口調で問質していた。

「おたく、私が何か悪い事でもしてるみたいに言うけど止めてくれないかしら」

秋穂がムッとした表情で言う。

「あ~、済みません。……あの~あなたに子供が出来たらどうします?」

「随分な質問ね。そりゃ産むわよ。彼も産めと言ってくれてるし」

秋穂はちょっと眉を吊り上げて数馬を睨むような目付きになっている。

「生活は?」

数馬も訊かなくては先に進めないと気持を強く持って質問を続ける。

 ――内心はドキドキもの。苦手なタイプの女性のようだ……

「彼が認知もするし生活費も出すって……もしかしてその時には離婚を考えているのかもねぇ」

秋穂はそう言って遠くに目をやって微笑む。

「そう言えば、山野井さんが帳簿のことを何か言ってたことはありませんか?」

「えっ、帳簿って会社の帳簿?」

「えぇ、そうですが」

「だって私たち毎日その帳簿づくりをしてるのよ。どういう意味なの?」

「あ~そっかぁ、例えば、表に出せないような帳簿とか……」

「裏帳簿とか二重帳簿とかドラマで良く出てくるやつなら、彼から聞いたこと無いわよ。そんなもの現実の社会で実在するのかしら」

「それは俺にはちょっと分からないんですが、そうですか聞いたこと無いですか」

「ねぇ、そろそろ良いかしら。私これから行くとこあるのよ」

そう言われて数馬が時計を見ると七時を回るところだ。

「あ~山野井さんとお食事ですか」

「そう、良くわかったわね。あっそうか、あなた探偵だから尾行してたんでしょ。あ~嫌らしい」

秋穂はそう言って数馬に白い眼を向ける。

「えっ、そんな事言わなくても、これも仕事なんですから」

数馬はちょっとムッと来た。

「ふふっ、そうだったわね、ごめんなさい。では、ご馳走さまでした」

秋穂はコートを翻して小走りに店を出ていった。

数馬は秋穂の姿に何か虚しさを感じて恋人のめぐこと和崎恵(わさき・めぐみ)に会いたくなって電話を入れた。

 

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