第13話 腹の探り合い
鳥池鴻二郎(とりいけ・こうじろう)は53歳。對田建設の常務であり、開業当時から對田らと一緒に働いてきた。
主に内部管理を任されている。
對田とは同じ大学の二年後輩で同じ研究室で勉強をしてきて村岩ともども仲が良かった。
對田の妻となったかおるに大学時代から思いを寄せていたのだが、對田の気持も知っていたので告白することもできず、對田が宴会の席でプロポーズをしたときもその場にいて精一杯お祝いを述べたが、心の中では涙が溢れていた。
三年くらい前だったか、たまたま社長室へ入ろうとしていた鳥池は社長と専務が言い合いをしていたのを聞いてしまい、専務が退室するのを待って社長室へ入り、
「社長、大きな声で議論なさるのは良いですが、人事課まではっきり聞こえてますよ。社員に動揺を与えますからもう少し冷静にお願いしますよ」
鳥池は笑みを浮かべながらそう忠言した。
「おー済まんな。専務が非を認めようとしないもんでついな……」
口ではそう言ったが社長は五月蠅いことは言うなって顔をしている。
「確かに、私も専務から考えを聞かされましたが、仕事を取るためだったら何をやっても会社の為という考えは如何かと思います。改めて私の方から専務に申し上げたいと存じます」
「うむ、そうしてくれると助かる。お前は俺ら二人の仲裁役だからな。ははは」
「ははは、社長、私も好きでそうしているわけではありません。すべてこの会社の為ですので……」
「ふん、分かってるって、俺の度量の足りなさが招いているこの事態、お前の助けがどうしても必要なんだ」
「はい、長い付き合いです。私も社長の言う経費の節約や大手企業と役所への日参参りは良いことだと思いますし、それが実際実績にも繋がっていると思います。専務にもその辺理解していただけるよう話します」
鳥池はまだ高知課長が生存している時に、
「私が大手ゼネコンの経理部長級の人間と飲んだ席での話では、節税を目的として経費の計上時期や額を操作して節税をしながら内部留保を厚くするというやり方を採用しているようなんです。
私もその方法は知っているんですがやって良いものか考えているんですが、この際そこに着手しても良いのではないでしょうか?」と社長に言ったことがあった。
「常務、言葉は巧みだが要は二重帳簿を作るということになるんだろう?」
社長は鳥池が言いたいことをきちんと理解してくれた。
「流石、その通りです」
社長は渋い顔をしたが、「許可してもらえるなら自分が高知課長とやります」
と言うと、
「不正は好まないが節税は大事だ」
社長は解釈の難しい言い方をしたのだった。
その後、鳥池常務は専務室へ向かった。
そして、「社長にも申し上げましたが、社長室での議論は結構だと思いますが、声が大きくて人事課の女性がすっかりビビッてますので、もう少し声を押さえてお願いします」
と忠言した。
「あーそうか、悪かった気を付けるな。でもな、鳥池よ、お前も社長の考え聞いてるだろうけどな、あんな清廉潔白、品行方正なやり方は大学の研究室ででも語れば良い話で、実社会のこの競争の激しい、戦争と言っても良いほどの厳しい状況のなかでは、売上は勿論、利益も出ないどころか潰れてしまう」
村岩専務が口角に泡をためて喋り出した。
「専務、私もそう思います。情報源にホステスを使うのは利口なやり方だと思います。言わずもがな、彼女らは金の向くまま色の向くままですから、こちらの情報も流れると思っていないと火傷をします」
「わかっとるつもりだ」
専務は言ったがコホンと咳払いをして窓外に目を走らせた。
「それと賄賂も時と場合によっては必要になるでしょう。その金の動きは私が高知課長と上手くやってましたし、今は山野井係長とやってます」
「なに、これまでの分もお前たちで表に出ないよう処理してくれていたのか?」
「勿論です。それが内部統制を所管する私の仕事だと思っております」
「そうか、そうか、いつも専務経費とだけしか言ってないから若干不安はあったんだ。良くやってくれた」
「それから、私には表では探偵をしている私の手足となる作業グループがありまして……」
「汚い仕事を熟す輩という訳だな」専務はにやりとして鳥池の言いたいことを察してくれた。
「はっきり言われると答えようがありませんが、特に役人には女も金も効かない奴がいます。そういう時にそいつの秘密を掴んでこっちの仕事をさせる、という方法もあります」
「お前それを俺にやれというのか?」
「いえ、あると言ったまでです」
「しかし、それには手は出せんな。危険だ……」
そう言いながらも専務の目には怪しげな雰囲気が浮き上がってきた。
そんな会話を社長と専務とはしていた。
鳥池にとっては對田の考えでも村岩の考えでも良かった。トップ二人が対峙することでの社内への悪影響を心配したのであった。
それで八方美人的に夫々に合わせたような言い方をしたのだが、どうしたものか考えあぐねていた。
その後、社長からも専務からもなんの話も無いので知らんぷりを決め込んでいた。
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