第10話 令息の尾行

 對田社長と村岩専務の仲は悪循環の罠にはまってしまってる。息子としては對田のおじさんのことが嫌いじゃないし、子供のころから世話になっているので少々辛い。

社長は毎日のようにゼネコンや役所を歩き、社内では徹底的な経費の節減を繰返し、一方の親父は毎日のように夜の街へ出ていっては女の手配に歩き回っている。

 

 あれは高知課長が亡くなる前の年だった。

正二郎が経理課の自席でパソコンに向かって日常業務を熟していると、時折、對田社長と経理課長の高知悟がパソコンを持ち出して何処かへ出かけていることに気付いた。

それで、係長に「銀行へ行ってきます」と断って二人を尾行した。

二人はファミレスに入って並んで座りパソコンを開いて話し込んでいる。

何だろうと思って隣の席で後ろ向きに座り耳を澄ませていると、

「高知、この科目で二千万ほど動かしてくれないか」

「社長、これは上限設定がされている科目なので一千万円が限界ですよ。……残りの一千万はこの下の科目でやったらどうでしょう……」

「ふむ、対前年比とか大丈夫か?」

「はい、ですが……」

「……裏のやつはどうなってる?……」

……

そんな話が耳に飛び込んできた。

おそらく経費の仕分けについての相談のようだったが、それなら何故社内で話さないのか首を傾げた。

その後も一時間近くあれこれ話して二人はファミレスを後にした。

正二郎にはまったく気付いていないようだったのでほっとした。

 

一方、村岩専務は相変わらず日参参りのように歓楽街に流れて行くので、そっちも尾けてみたが自分の親父なので何か浮気の証拠を掴もうとしているようで妙にこそばゆい。

村岩はバーやキャバレーに入るのだが、足取りに迷いが無く端から入る店を決めているようだ。

そしてボックスに座ると必ず女性を指名する。

正二郎はその隣の席に背中合わせに座り店の名前や指名したホステスの名前をメモしてゆく。

「おー、かんな今日もなかなか色っぽいぞ」

村岩はにやついて言ったあとはまじな顔をして

「どうだった?」と訊くと、かんなと呼ばれた女は村岩にもたれかかるようにして耳元で声を落して答えている。

聞こえずらくなって正二郎は自分に付いた女の口に人差し指を立てて後ろの声に集中する。

「……あの課長はあたしの色気に負けて乗り気になったみたいだけど……ただ、決定権は部長みたいなのよ。部長知ってる?」

「あ~確か、富田とか言ったな」

「そう、その富田っておやじはロリコン……。村さん女子大生とかいないの?」

「何人かいるが、ガキっぽい方が良いってことだな?」

「そうじゃないかしら。来週一緒に飲みに出てくるらしいから、私とその娘で相手するかい?」

「うむ、頼むわ。お前が課長と打ち合わせして日程決めてくれ。場所は同じキャバレーにしてくれ。それと盗聴器とか大丈夫か?」

「え~、予備あるから」

「決まったら教えてくれ、いつもの奴に写真撮らせるから」

「ホテル別々かもよ。良いの?」

「あ~大丈夫だ」

村岩はテーブルに封筒を置いた。恐らく報酬なのだろう。

その店を出て二軒ほど寄って同じような話をして、封筒を置いた。

正二郎には盗聴とか写真とかが何故必要なのか理解できなかった。

そして三軒目に入った店には女性客も結構いるのを見て、弥生を呼んで話を聞かせようと思い一度店を出て電話を入れた。

 

 弥生が来るのを待って一緒に店に入り専務を探して近い席についた。

それから間も無く、

「正二郎、男ってこんなにすけべな奴ばっかなの? 腹立ってくるわ」

弥生が周りの男達の話や仕草を見て目くじらを立てる。

「ははは、まあ、そう怒るな。そう言う欲求が経済を発展させる原動力になってるんだと思うよ」

「へぇ~、じゃ、正二郎も私がいても他の女に手を出すってことなのね」

弥生が口を尖らせて言う。

「えっ、まさか、俺は弥生一筋だから。他をみる余裕なんてないよ」

「うまいこと言っちゃって、どうしてそんなに暑くもないのに汗掻いてるの?」

正二郎を見る弥生の目が所謂疑いの眼差しってやつになっている……次の言葉に詰まり焦る。

「えっ、いや、これは……」

 ――浮気なんかしたら弥生に殺されそうだ……

弥生は後ろで賑やかに談笑している村岩が気に入らないようで眉をぴくぴくさせている。

「もういいわ、お腹空いたからご飯食べいこ」

正二郎の返事も待たずに立ち上がってすたすた歩きだした。

仕方なく尾行はここで終了、弥生のご機嫌取りに汗することになった。

そんな笑える尾行でもあった。

 ――こりゃぁ、呼ばない方が良かったかな……へへっ。

 

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