第5話 三人の英雄①

「お前の計算違いを一つ、教えてやろう。お前が今でも、美人でありかつ性格の良い女の暴力性というものを知らない若造だということだ」


哨戒任務につきながら、タマハルが言う。

10歳年上で幼馴染の彼は、任務中であるにも関わらず酒を飲んでいる。

そんなことは真面目が売りの彼にはかつてこれまでなかったことだ。


「俺は惚れてねぇ」


「誰が、とは言ってないのだが」


「そんなのは文脈で分かるだろうが!」


「お前は早熟だが、知能が高いからと言って大人ではないんだなとほっとするよ、むしろ」


俺はタマハルの盃を奪って飲み干す。


「あーあ、ヴァル、大丈夫か、そんなに飲んで」


「うるせぇよ、てかあいつはなんでこんなとこに来たんだ」


タマハルは苦笑しながら、足元の小石を蹴る。


「死に行くのに、聖女は必須だろ?」


「お前は死なねぇよ」


「勇むねぇ、ただ今度ばかりは無理だろうよ。あの時はヴェガリーヤを身代わりにした。今度は?」


「今度もあいつに頼ればいい、丁度ここにいる。都合がいい」


「頼る?お前がそんな言葉珍しいな。それでも、まぁ、無理だろうよ」


俺は次の言葉を接げなかった。

タマハルは分かっている。


「ここにいる誰も、いや、この国にはガジャ・ペクシーラを倒せる人間はいない」


「でも前回は凌いだ」


「あれは驚いただけだ、向こうさんが。ナジャハット殿が言ってただろう。勝算がついたんだ、だからああして出てきてる」


敵の野営の松明が、終焉の時間を実体化したように、遠く水平に揺らめいている。


「俺は、ペクシーラ国第二王子だ。その名において、誰も死なせない」


「は!本当はその名を捨てたがってるんだろう?」


「そんなことは一度も考えたことないね」


タマハルは目の端をかりかりと人差し指で搔きながら、


「俺の人生で一番幸福だったのは、ヴェガリーヤが王城に来てから、第一王子の婿になるまでだったよ。しかめっ面しかしてなかったお前が、ヴェガの一言一言に笑って、怒って、それを見るのが何よりも好きだった」


「あいつは少し年上だからってからかってやがるんだ」


「知ってるか、砂浴びが趣味のヴァルタード。お前がいつもぼろぼろにしてくる武具やら服やら、誰が夜な夜な直してるか」


「はっ!それなら知ってるか、和が友タマハル。俺の服直しの侍女はな、余りに不器用すぎて、針やら金槌やらで毎回無様にも手を痛めていることを。そしてその手は誰が治してやってるのか。下手すぎてそろそろクビにしてやろうかと思ってるくらいだ」


その言葉に、タマハルは少しばかり驚いた顔した後、あきれ顔で、


「我が友よ、はたして不器用なのはどちらだろうか」


と、そう言った。


「ねぇ、二人で何の話ですか?」


ヴェガリーヤは戦前夜とは思えぬ華美な格好で二人の間に割って入った。

誰かが、この一夜が今しばらく明けぬようにと願っているかのように、月は独り明るかった。








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双剣のヴァルタード 屋代湊 @karakkaze

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