第3話 三人の英雄①

「第一王子、ウォルス様が失われたのは盟約です」


その声は、やはり誰よりも美しかった。


「ヴェガリーヤ様!!」


沸き立つ戦士たち。

彼女の偉容に声が出ないものもいる。


15の彼女は、女性にしては並外れて背丈が高かった。

白い髪は長髪にして流麗、白い肌はそれ自体が長い年月かけて生まれた宝石のように輝くようだった。


「盟約、、、ですか、ヴェガリーヤ様」


ナジャハットは己の太い鷲鼻をつまんで鼻をかんだ。


「隊長、聖女の前で汚いですよ!!」


と、みなが咎める。


「いえ、いいのです。私ももともとは貧民の出です。鼻水なんていつも垂れっぱなしでした、このように」


と、ヴェガリーヤは自分の鼻の下を指で示す。

その応答に彼女の侍女は顔をしかめたが、戦士たちは笑いあった。


「盟約、それはこの地に国を作れと、建国の王にサメイ様から与えられたというものですな」


「はい。盟約は、かつてこの地の占有者であった悪魔を潰し滅ぼしたたとされる一塊の岩に刻まれました。それが失われたのです」


ヴェガリーヤは俺のことなど一度も見ず、ナジャハットに言った。

これで分るでしょう、と。


「ウォルス様は、ナヤクの使命を果たすために、ビンジャー地区を得たい、扉は向こうだからな。そして、向こう様は、こちらが建国の正当性を失ったことを知っており、これ絶好の機会ということか。これもサメイ様の差し金かね、まったく神様というやつは」


俺はだんだん蚊帳の外なのが気に食わず、口を挟んだ。


「はいはい、もういいよ。難しい話は。要するに、向こうのナヤク、まぁ俺のいとこな訳だが、そいつは今、扉に潜ってねぇってことだろ、ったく、世界を救うことを優先しろってんだ」


俺は膝を叩いて立ち上がる。

そして、ヴェガリーヤの前に立った。自然と見上げる形になるのが気に食わない。


「で、お前なんかがここに来てもなんの役にも立たない訳だが」


ヴェガリーヤの青い瞳がこちらを見ている。

どうにも気圧されそうで、目を逸らすしかなかった。


「それで、我が国の新生ナヤク様、お前の未来の夫は来てくれるんだろうな」


俺の言葉に、彼女はすぐに答えた。


「いいえ、ウォルス様はいらっしゃいません」


「は?お前それがどういう意味か分かってんのかっ!?」


俺は溜まらず彼女の胸倉を掴んだ。ただし手を届かせるのが精いっぱいだった。


「第二王子!」


と、止めに入ろうとするものもあったが、目で制す。


「お前は今!ここにいる奴、全員に死ねって言ってるんだぞ!!」


「いえ、ここにいる者は死にません。そのために私が来たのです」


「お前、思いあがるのも大概にしろよ。本当に聖女気取りでもしてんのか?」


「いいえ、そうではありません」


「戦場で、何もできず、敵の前で突っ立ってただけだもんな、お前は、あん時俺が、、、」


「はい、そうです。私は死にゆく者を前にして何もできませんでした。あなたが助けてくれなければ、私も死んでいたでしょう」


「俺は、助けてねぇ!!」


そういって俺は営舎を飛び出した。

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