第2話 三人の英雄①

「問題は向こうのナヤクがいつ出てくるか分からないということですな」


今回の征伐隊を率いるナジャハットが髭を弄りながら、さも当然のことを言う。


「それはこの十年変わらない問題だ。なんだ初めての隊長で緊張してんのか?今からデラ爺に変わってもらったらどうだ、あ?」


「そしてもう一つの問題は、我が征伐隊の肝となるお方が、このように刺々しく、心を乱していることだな」


ナジャハットは深い皺を伸ばすように笑みながら、周囲の者に同意を取る。


「相手が第一王子様ときたら叶わないもんなぁ」

「我らがヴァルタード様の負け戦とは、、、」

「そういうときは飲むしかねぇよ、なぁ坊主」

「王子でも失恋するのかぁ、世知辛いなぁ」


ペクシーラ国とビンジャー地区を隔てる、先代の王が建造したあたかも山脈のような壁を見ながら、なんとも気楽である。


「おい、ちゃんと作戦会議をしろよ。本当に敵のナヤクが出てきたらどうする」


俺の頭をぐりぐりと撫でるナジャハットの手が、止まった。


「なぁ、ヴァルタード王子よ。本当に姫様と仲直りしてこなくて良かったのか?」


「仲直りも何も、喧嘩なんてしてねぇ」


「聞くところによると、お前さんが弱すぎて、わたくしのことなんか守れませんわ、って言われたとか。あとは第一王子より不細工と言われたとか、いつも臭くて隣にいるのがかないませんわ、とか」


「そんなこと言われてねぇ!」


俺たちといりゃそりゃ臭いわ、と周囲がなお盛り上がる。

戦の前に、酒瓶がいくつも空くのはいつものことだ。


そんな中、一人ナジャハットは真剣な表情だった。


「、、、今回は、ナヤクが出てくるぞ」


「どうして言い切れる」


「1つ、我らが第一王子が神の化身と契約してナヤクとなられた。ナヤクの役目を果たすためには、ビンジャー地区に入らなければならない。」


「2つ、いつもは奇襲だけしてのこのこ帰ってくやつらが、明らかに部隊をそろえて壁外に出てきている」


「3つ、ここにペクシーラ国における最大の武であるデラ爺がいない」


なんとなく分かっていたことだ。

この征伐隊は捨て駒だ。囮であればまだましだが、その線も薄いだろう。


「あと一つ。これはお前さんに教えて欲しいのだが、、、」


ナジャハットは他の戦士から注いでもらった酒を煽って言う。


「第一王子がナヤクになった時、奪われたものは何だ?」



世界を統べる三神。


「ある」を司る神、「アステヴァ」

「あり得る」を司る神、「サメイ」

「あった」を司る神、「ヴィナシュ」


三百年前、アステヴァの予言者が唐突に現れた。

いわく、近いうちに世界は命で飽和する。ゆえに殺し合わなければならぬ、と。


その予言の波が世界の地平に響き渡る前に、すでにあらゆる戦いの火種は燃え盛っていた。

すでに三神の一柱、サメイの数百と言われる化身が世界に散らばっており、彼らと手を汲んだ人間があらゆる戦いを引き起こした。


その時である。

今度はヴィナシュの予言者が現れた。

いわく、サメイを誅した。ゆえに世界は飽和を迎える前に一度滅ぶ運命に定まった、と。


サメイの化身同士による争いが激化し、確かに世界は滅亡の一途をたどっていた。


そして、いわゆる「最後の予言」が与えられる。

滅んだはずのサメイの予言者が、時遅れて現れた。

いわく、己は滅びに近く、アステヴァも飽和した世界によって疲弊している。

だれもヴィナシュを止める者はいない。

ゆえに、神の代わりにヴィナシュを打倒する者を選ばなくてはならない、と。


その時からである。

サメイの化身と契約する人間から、最も大事なものが失われ始めたのは。

失いし者、ナヤク。

彼らは力を得る代わりに、初めからそこにあったように世界に現れた「扉」に挑むことになった。


__神の試練が課される「扉」。


ヴィナシュを滅ぼすため、そして大事なものを取り返すため。




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