双剣のヴァルタード

屋代湊

第1話 三人の英雄①

「ヴァル、ヴァル、これを見てください」


__ああ、これは夢だと分かる。


「壁外の、ビンジャー地区から降ってきた紙です」


__慈愛に溢れた、深い青の瞳。


「貧窮して食べ物もない、若者達は夢もない、ただ誇りだけはあると書いてあります」


__彼女はいつだって、他人のために涙を流す人間だった。


「誇り?誇りだけでお前を守れるなら、俺はこんなに頭を悩まさなくていいな」


__俺はそんなませたことを言ったのだった。


__12の自分は幼稚だった。それは今でも変わらない。


__そんな俺に、彼女は言ったのだ。



「ヴァル、あなたに私を守ることはできません」


「断言します」


「あなたは、私を、守ることなどできない」



========================


~~2年前~~


「そろそろ仲直りをしたらどうですか」


侍女の女が言う。


「仲直り?あのな、喧嘩ってのは対等な人間同士で起こるものだ」


「それはそうでございます。この件に関して、ヴェガ様は全くお怒りになってません。ゆえに喧嘩ではないでしょう」


「あ!?それは俺が一人で、勝手に、怒ってるって言いたいのか?」


「それ以外に何があるというのですか?私はヴェガ様がお怒りになったとこなど見たことがございません。あの方は必ずや偉大な王女となることでしょう」


俺は頭の中で手に届く全ての罵詈雑言をやたらに投げつけ、居室を出た。


俺はペクシーラ国、第二王子だぞ。

あんな貧民上がりの女とは違う。

あいつが怒らないのは、心が広いとか、聖女だからじゃねぇ。


、、、俺とは、何もかも違うんだ、あいつは。

、、、あいつは、俺に興味なんか、ない。

、、、だから、怒るなんてこと、あるわけないんだ。


居城の外廊下を歩いている時だった。

中庭には、女どもが集まっているのが傍目に見えた。

その声も聞こえる。


「ねぇ、あれヴァルタード様じゃない?」

「あら、いくさから帰ってきたのね」

「他の娘から聞いたけど、今回も帰ってきたとき砂まみれ傷まみれだったそうよ」

「さすが【砂浴のヴァルタード】様、また遊んで帰ってきたのね」


そんな言葉が聞こえる。あるいは聞こえるように言っているのだろう。

どれも同じ声だ、と思う。

戦場で聞く、敵の雄々しい叫びも、死ぬ間際の哀願も、すべて同じ声。

人間は、みんな、大して変わらないものだと思う。

命乞いをするときの顔に、美醜の差はない。

人の陰口を言うときも、同じ顔になる。


そんな中、風に体を貰ったように、白髪の髪が流れるのが見えた。


「みなさま、私の前でヴァルタード様の悪口はいけませんわ」


澄んだ、高く天空を飛ぶ鳥のような通る声だ。


「あの方は、国のために戦っているんですもの」


貧民出身でありながら、とある事件がきっかけで国の救済のシンボルとなった少女。


「それに、です。あの方はいずれ、私の弟となる方ですから」


ヴェガリーヤ。

ペクシーラ国、第一王子の許嫁はそう言って微笑んだ。





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