第14話 イーリス


 其処には、送者ディミオスの装いをしたイーリスが立っていた。送者ディミオスの長槍を携えている。予想だにしていなかった登場に周囲の送者ディミオスは目を剥き、騒々ざわざわと慄いた。うっすらと笑みをたたえ、イーリスはふたたび、凛とした聲を鳴らす。

 

「お前さんが純白の巫子イリオファーニアかい?あたしのクスィフォスが世話になったね」

「イーリス!?」

 クスィフォスが聲を上げると、純白の巫子イリオファーニアもこの女が彼女の求めていた「異質な混色ハオス」と心付いたらしい。両の金剛石ダイヤモンドまなこを見開き、唇を震わせて後退った。

「あなたが、混色ハオス……なのですか?」

「たぶんそうなんじゃないのかい?」

「そんな馬鹿な!その髪色はなんですか。わたくしたちは決して髪色を変化えることは叶わないはず」

「まあ、

 純白の巫子イリオファーニアの言葉にあっさりと同意するイーリス。白装束たちは恐怖した面持ちで長槍をイーリスへ向けている。イーリスは暫し何か考える素振りを見せると、高く結った己の髪を手でさらった。

 

「まあ、あたしは

 

 みるみるうちに、イーリスの髪から色が抜けていく。それは次第に、昊の綺羅星の光を受けて、何色にも変容わる髪色になった。それは見る者によれば翠玉エメラルドで、紅玉ルビーで、灰簾石タンザナイトだ。イーリスはにっと口端を持ち上げた。

「流石に、本来の髪色じゃないと力が出し切れないからね。此処までは久方ぶりに元の髪色で駆け付けさせてもらったよ」 

「無色!?そんな色、聞いたこと……」

「ないだろうね。あたしも自分以外見たことないよ」

 純白の巫子イリオファーニアの周囲が一層騒々しくなった。突然のことに純白の巫子イリオファーニアも動揺し、困惑を抑えきれない面持ちをして立ち尽くしている。その隙を狙ってか、イーリスの長槍がクスィフォスを囚える縄を斬り落とした。

「無事かい?クスィフォス」

「……お陰様でな」

 クスィフォスは素っ気無く応えると、やおら立ち上がる。イーリスは気不味そうに目を伏せると貌を背けた。

「そうか。なら、それでいい」

「……髪色の話は後でいい。それより武器、なんか持ってきてねえか?」

 冷ややかなクスィフォスの聲に、イーリスは驚いたように目を見開いて振り返った。クスィフォスは相変わらずの不機嫌面でイーリスの傍らへ歩行あゆんでいた。言葉を失った様子のイーリスに、クスィフォスは貌を顰める。

「ん?なんだよ」

「い、いや。あたしのこと、気味悪くないのかい」

「あんたが普通じゃないことは既に知ってるよ。どんだけ一緒にいたと思ってんだよ」

 クスィフォスは吐き捨てるようにして言い放つと、肩を回して己の身體の具合を見る。血が不足しているのに変わりはないが、それでも坐って待っているなど出来ようはずもない。イーリスは茫然としてクスィフォスを見詰めていて、うんともすんとも云わない。クスィフォスはイーリスの腕を抓った。

っ」

「ぼさっとすんな。持ってんの?持ってねえの?」

「あ、ああ。あたしの剣を持ってきている」

「じゃあ、どっちか貸して。彼奴あいつらが帰してくんなかった時、丸腰は厭だ」

 イーリスは長槍をクスィフォスへ渡した。クスィフォスは受け取ると、何度か軽く振り、純白の巫子イリオファーニアのいる方へ視線を向けた。

 一方で純白の巫子イリオファーニアは経験のない事態に混乱していた。漆黒の巫子セリノーフォスがいれば、双つ星に訊くことが出来たかもしれない。されど現在いまの彼女は孤独ひとりで、彩の地クローマの民を彼女が導かねばならないのだ。

純白の巫子イリオファーニア!」

 白布のひとりが聲を張る。我に返った純白の巫子イリオファーニアは聲主の方角ほうへ向いた。聲主は静かに云う。

純白の巫子イリオファーニア。無色など、理を外れた者は昊へ還すべきです。きっとあんな者がいるから、漆黒の巫子セリノーフォスが生じないのです」

 他の送者ディミオスも「そうだ、そうだ」と聲を張り、頷き合っている。純白の巫子イリオファーニアは迷い、思い悩んだ。あの無色の女を昊へ還すことで、双つ星の怒りを買うことはないであろうか。雨烏シーネフォが呼び聲に応じてくれなくなったりしないであろうか。痺れを切らした白服がふたたび聲を上げた。

純白の巫子イリオファーニア。迷いなさいますな。あれは此れまで存在しえなった者。在らないのが、正しい在り方なのです」

「……わかりました」

 純白の巫子イリオファーニアは小さく応え、俯向く。そして暫し口を噤んだ後、すっと面を上げて言い放った。

純白の王イリョスの巫子として命じます。あの者たちを昊へ還しなさい」

 純白の巫子イリオファーニアの言葉に、クスィフォスはにやり、と口端を持ち上げ、吐露する。

「まあ、そうなるだろうな」

 その傍らで正気を取り戻したのか、一時的に忘れることにしたのか、イーリスも送者ディミオスを見据え、湾曲した大剣を構え直した。クスィフォスはイーリスの脚を己の足で小突く。

「今度はひとりで戦う、なんて云わせねえからな。一緒に外へ出るぞ」

 イーリスは一寸言い淀んだが、すぐさまかぶりを縦に振る。

「……わかった。死んでくれるなよ」

「もちろん」

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