第9話 嵐の強襲
ごうごうと鳴るの烈風が一層強まり始めた。
「ぎゃあああ――!」
「まったく、朔でも通常運転かい。奴らも飽きないね」
「イーリス、今の聲って!?」
あの聲で目を醒ましたらしい。ペオニアの焦燥のある聲が鳴った。暗闇でその
「この昏さじゃあ、逃げ場所も定かじゃない。でも他の者も救わねばならない。悪いけど此処に隠れていておくれ」
「え、ええ。わかっているよ」
応えるペオニアの聲は掠れ、揺らいでいる。イーリスは手探りでペオニアの手を引いて握った。その手は震え、視えぬともひしひしと恐怖が伝わってくる。ペオニアのその手は離すのを躊躇っているようにも思われた。イーリスは胸の痛む思いを感じたが、己の迷いを鞭打つようにして手を離し、大剣を引き抜いた。
「行ってくるよ」
イーリスは一言告げ、忍び足で岩場を出た。真闇の
(
不意に、イーリスの視界の端で僅かに影が揺れた。目を凝らすと、数人の男女が坐りこんで抱き合い、其れをひとりが捉えているように視える。イーリスは大剣を握りなおすと高く跳躍し、そのひとりの首筋を蹴りつけた。ぎゃ、という苦悶の音が鳴らされると、抱き合っていたふたりが聲を上げた。
「イ、イーリスかい!?」
「ああ、そうだ。無事かい」
「擦り傷程度だよ。助かったよ」
びょおびょお泣きながら、ふたりがイーリスに縋り付く。ただでさえ視界が塞がれているのだ。彼らの恐怖は尋常ではない。離れるのを恐れているのか、彼らはイーリスの腕を掴んで離さない。イーリスは低く、ふたりにしか聞こえぬようにして言った
「……あたしの居た岩場は少し離れている。そこにふたりとも、隠れてもらう」
「え、あたしらと居てくれないのかい?」
「他の者を救わねば」
「どうせ向こうはお
「そうはいかない。ほら、立ちな」
泣き立てるふたりをイーリスは立ち上がらせ、手を引いてペオニアの元へ運んだ。暗がりの中ふたりだけでは
「相手は
矢庭に真闇から男の聲が響く。どうやらイーリスを探しているらしい。イーリスは茂みに飛び込んで身を隠し、白装束と思われる者たちの動向を探る。彼らは手当たり次第に茂みや岩場を探っては聲を掛け合っている。そのそばには数人の
(そう言えば、さっきのふたりも直ぐに殺されていなかったな)
不図、イーリスは思い出して思考を巡らす。
(
狙いは己のみ。
イーリスはすっくと立ち上がり、高らかに聲を張る。
「薄ノロ、あたしは
その瞬間、
「追いついてみな」
「追え、追え!」
「捕らえろ!」
イーリスは音だけの世界を駆け抜けた。ごうごうと鳴る風音が周囲の音を
(しまっ……)
眼前に流れる大河に、イーリスは瞠目し急ぎ足を止めた。この付近の地理に疎いわけではなかったが、あまりに
「この、馬鹿女!」
矢庭に、少年の一喝が轟いた。イーリスは目を見開き、思わず聲を上げる。
「クスィフォス!?なんで
イーリスが説得しようと聲を張るも、前方から呻き聲や叫び聲が次々と鳴り、クスィフォスが向かっていることを知らされる。イーリスは急ぎ大剣を握り直して前方へ
「くそ。こいつ、ちょこまかと!」
「腕力は大したことない、殺れ!」
「クスィフォス、いいから早く逃げな!」
イーリスがふたたび聲を張る。クスィフォスはその聲を逃さない。全精力を持って聲主の方角へ駆けた。跳躍して目前の白服の肩に飛び乗るとその首筋を抉り、飛び降りて直ぐに別の白服の腱を断つ。横にいた白布の刃が脇腹を刺すが、その得物を掴んで引き寄せてその白布の胸を突き刺す。そうしてまた前へ進み、クスィフォスはイーリスの元へ飛び込んだ。
「逃げるわけ、ねえだろ。馬鹿女」
「クスィフォス、なんで……!」
クスィフォスの肩に触れると、ぬるり、と生暖かいものが触れてイーリスは口を噤んだ。暗闇で
「言っただろう、あんたの無茶は放って置かねえって」
刹那。
クスィフォスがイーリスを突き飛ばした。きっと最後の余力をすべて振り絞ったのだろう。イーリスは留める事もできず、大河へ放られる。イーリスの視界の向こうで、クスィフォスがにやり、と嗤った。
「――クスィフォス!」
イーリスの叫びは虚しく木霊し、掻き消された。
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