10:カボチャと猫のささやく階段

 バサッとマントが重い音を立てて落ちた。

 掴んでいた手の感触も不意に消える。

 モゾモゾと落ちたマントの中で何かが動いていた。さすがにこれはちょっと予想外だったのでおっかなびっくりマントを持ち上げる。チビになった和戸素子がいたらどうしようなんてある意味恐怖な想像もして。

「やれやれ乱暴なことですね」

 声がした、まあ夢の中だ。何が喋ったところで驚くには値しない。仮にそれが黒猫だったとしても。

 問題があるとすればその言葉、その響き。

 懐かしさを伴ったいつか聞いた声。

「誰だよ、お前」

 絞り出した声は当然のように掠れていて、それを聞いた黒猫は、皮肉を隠すことなく続ける。

「あなたは誰だと思いましたか。ねぇ、守屋さん?」

 腹立たしい位にそれはそっくりだった。けれど、だからこそ黒猫の意図とは異なり、それを聞いた瞬間に俺は確信する。目の前のそれがあいつの筈がない、と。

 俺が借りを作り未だ約束も果たせずにいる壊れかけた吸血鬼人になりたがった女の子。『助けて』と手を伸ばすこともせずに消えた馬鹿野郎。

 そもそも向こうから会いに来る筈もなく、たまたま出会ってしまいましたなんてこんな中途半端な出会い方をしたら、皮肉の1つではなく事実含めて讒謗悪口が固まりになって飛んでくる筈だ。きっとあの時のままに。

 そうあって欲しいと思う程度には、俺はあいつと友達だったと思うのだけれど。いやこんな事あいつに知られたら、『何か嗜虐趣味者の囀る戯れ言が聞こえますね』位は言われそうではある。そんな結論に到った俺の周りで景色が歪む。

 クスクスクスクスと、囁きのような笑い声が重なった。それはいつの間にか現れ、並べられこちらを見つめている。カボチャだ。

 空でにやけ面を浮かべる化けカボチャに良く似ていた。これで全く関係ありません何て言われても誰が信じるか! レベルでそっくりだ。それが、空へと続く階段の上にも下にもゴロゴロと、挙句ビルの壁面にも張り付いている。悪夢だ。すでに夢の中ではあるけれど、正しく魘されて見る悪夢の類の光景だ。ここに来て手札を無造作に晒すのは、力の差を見せつけ此方の心を折る為か。

 まあ、正直どうでもいい話だ。今、俺は少々虫の居所が悪い。

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