交渉の仕方――沖島 将
昔は漁業組合が管理していたらしい、小さな港町の建物。鉄骨とトタン板で組み上げられた倉庫部分と、ひび割れた鉄筋コンクリートで囲まれた事務所からなる素朴で前時代的な建物だ。
蜘蛛は天敵もなく自由に巣を張り、時にはネズミも見かけるようなアジトだ。
環境は最悪だが、役所仕事の連中を誤魔化すには丁度いい。
定期連絡もない。今日は潜水艦は来ないようだ。
弾が足りないのだがな。所詮保安委員会の仕事はこんなものだ。責任の追求を恐れる官僚たちは、共和革命戦線所属の潜水艦をリスクに合わせることを嫌う。員数外である我々有志がどれだけ血を流そうと、官僚たちは知らん振り。
だが敬愛するリュッツォウ最高指導者も、泥水を啜って革命を成し遂げた。怠惰な仕事で共和革命を妨げる同志官僚たちは、俺が高等の指導者になった時に排除すればいいさ。
潜水艦からの通信ではなさそうだが、衛星電話が鳴った。そういえばそんな時間か。
丸みを帯び始めた上弦の月を見上げながら、電話に応答する。
「
「沖島君、わたしたちが戦争で忙しいのはよく知っているだろうに。
まあ今回は、瑞穂の船が君たち革命隊の密輸に関わっていたと、武器商人たちが警戒を怠り防衛警察に目をつけられた結果さ。さすがに下請けの責任までは本国でも負いかねる」
いつもいつも、誰も彼も、責任逃れ。そして、責任逃れが出来ない奴から消えていく。
流暢に瑞穂語を駆使するザイドリッツは、
最高指導者のご意向も、彼を通して俺に伝えられる。
そして、今回俺に告げられる最高指導者のご意向は、少々困ったものだった。
「ところで、隊員
揺さぶる。つまり、脅す。
この局長も無茶を言うな。
「訪問? 揺さぶりなら外交筋からできなかったのか?」
「交渉とは、相手を不利な状況に追い込んでやるものだよ。
ほら、着いたみたいだ。頼むよ」
一方的に電話を切り上げたザイドリッツ旅団指導者に、思わず舌打ちした。
アジトにいる部下に話を通して間もなく、ワゴン車が倉庫に入ってきた。
どこで買った中古車かしらないが、かなり古い型の車だ。
陸警上がりと思われる護衛に守られ車から降りてきたのは、初老の男。かっちりした服ではあるが、いつものいかにも聖職者らしい白い服ではない。
部下たちが照明を照らすと、冬月は眩しそうな反応を見せる。
「ようこそ下界へ、猊下。わざわざ誇り臭い監獄までお越しいただけるとは」
冬月は、「ふんっ」と鼻で笑うような反応しかしなかった。
「お疲れのようです。ご足労をおかけしてしまい申し訳ございません」
「ああ。今回の件は地方への視察と称して総大司教には伏せてある。だが裏で手を回すのもこの上なく面倒なことだ。わざわざ来てやったんだ、その辺りは理解してくれ」
どっちが上か分かっていないような口ぶりだな。
いいさ、すぐに分からせてやる。
「お手を煩わせてしまいました。しかしこちらにも都合がございます。ご理解を。
お急ぎかと存じますので、早速
この度は私、沖島がZ-1を受け取ります。
Z-1は、現在研究所で最終確認中と伺っております。間違いございませんか?」
商談としては少しばかり強引だが、冬月は怪訝そうな顔をしながらも素直に答える。
「そうだ。島の研究所で、健康状態の確認中だ」
「よろしいでしょう。
ところで、納品はどのようになさいますか? わたくしとしては、直接この手で商品を受け取りたいと願います」
「その点に関しては、わたしの部下が貴国に運ぶ」
こいつは、俺のシナリオ通りに反応してくれた。
「ちょっと待ってください。まさか部下というのは、椿会のことを仰っていますか? 前回輸送に失敗したと伺っておりますが……」
「なっ!? どこで聞いた!?」
分かりやすくて結構だ。
「アイゼンファウストからの情報なので、間違いはないでしょう」
最高指導者がその気になれば、すぐに冬月をその鉄の拳で叩き潰すという意思表示。
国防に関わる人間ならどういう意味か察するだろう。
俺は続ける。
「Z-1とは別のヒューマノイドを輸送中、妨害に遭い、そのヒューマノイドを横取りされたとか。
はっきり申し上げて、椿会はもうまったく信頼できません」
奥歯をギリギリと噛み締める冬月は、その怯えたような眼の奥で何か思案しているようだが、そんな隙は与えない。
「つきましては、共和革命戦線の輸送型潜水艦を島に派遣します。私も同行いたしますので、その潜水艦に商品を積み込んでいただければと存じます」
「我が国の領海に潜水艦を入れるのか!?」
ほら、余裕がないからいちいち過剰反応する。
「ではどのように接触を?」
「それは――、海上警察を使って――」
「オリョールは瑞穂の海に入る権限がなく、瑞穂はオリョールの海に入る権限があると?」
「違う!! 瀬取りだ!!」
「リスクが大きすぎないですか? ただでさえ陸上輸送もままならなかったあなたたちが?」
押し黙った冬月。だがその目には反発心が見え隠れする。
頬を引き攣らせたかと思えば、吠え出した。
「己!! 貴様らが欲しがっているGeM-Huは我々の手の内にあるのだぞ!! 契約を反故する気か!! 口の利き方には気をつけろ!!」
あーあー。もう隙だらけだ。
冬月もここまで警戒心をかなぐり捨てたんだ、本格的に揺さぶりをかけるか。
「お前こそ口に気をつけろ。さもないと消えるぞ?」
「そんな脅しでわたしから何かを奪えると思うな!」
笑止。
脅しっていうのはこうするんだよ。
「ところで、お煙草はお吸いに?」
「何の話だ!? 吸わん!!」
「それはよかった。火の気があるとこの建物が消し飛ぶのでね」
面白いなあ。冬月の顔色がみるみる悪くなっていく。
そんなに気づかないか。ドラム缶や意味ありげなダンボールが積んであることに。
部下たちがワゴン車の退路にガラス瓶を叩きつけ、割れたガラスをばら撒く。
護衛たちは車がすぐには動かせなくなったと見て、ある者は部下に銃を向け、ある者はガラス片の除去を試みている。
下手な抵抗をすればお前たちも巻き込んだ大爆発が起きるというのに。
「あなたは敵陣のど真ん中にいると分かっていながら、自分に有利な話に持っていこうとしている。
相当に育ちがいいようだ。
若葉に交渉の仕方を教わらなかったのか?」
俺は冬月に歩み寄ると、無理やり彼の手を取る。
握手をするような格好だが、俺たちの手の内にあるのは、手榴弾だ。そのピンは俺の親指にかかっている。
こいつも少しは分かるだろう。下手に手を振りほどいたりすれば、手榴弾は起爆すると。
冬月は忙しなくもぞもぞと手を逃がそうとしているが、俺が手を離さない限り手榴弾はこいつの手の内にある。
「では、契約だ。
まず、俺たちを乗せた潜水艦が島の沖まで潜航する。手頃な船に乗り換えたいから、手配を頼むよ。
研究所でZ-1の状態を確認する。品質が話と違えば、アイゼンファウストがお前を消すだろう。
金は現場で渡す。Z-1と引き換えにだ。
そして、俺はZ-1と一緒に潜水艦に戻る。
この引渡しに妨害が入れば、お前は消える。準備は完璧に頼むよ? ――以上だ」
俺はわざと手を上下に揺らし大袈裟に握手する。
冬月は脂汗を滲ませながら、壊れたカラクリのように頷いた。
「教皇は、お前に感謝しないとなあ」
力関係が分かったであろう警察大臣は、俺の目を見つめて
「正直、この商談がなければ、共和革命戦線はお前たち聖職者どもを滅ぼしていただろう。
だが、お前には利用価値がある。俺たちにとって最強の兵士となるヒューマノイドを開発してくれるのだから。
ヒューマノイドを生産している間は、俺たちも瑞穂に手を出さないと約束しよう。最高指導者からそのように言付かった」
これで冬月も分かっただろう。
俺たちがボスだと。
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陸警――陸上防衛警察の略。
瀬取り――洋上で船から船へと積荷を移す作業。公海上では取り締まりにくいため、密輸する際の常套手段でもある。
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